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コスモス  作者: 騨篠穂
4/5

「ところでさ、シュウ?」


「何?」


幾分かお気楽な口調で言ったのだが、シュウの冷酷な一撃によって全ての熱エネルギーは吸収されてしまった。


さて、時間はあれから小一時間が経過し、食器の洗浄も済ませ、今はお互いに好きなことをしていた。


シュウは相変わらず壁にもたれるように座って刺繍をしていたし、私はというとベッドの上でノートを広げ、ある計画を立てていた。


要は娯楽タイムである。


で、私は少しばかりシュウに聞きたいことがあったのだけれど、まぁ相変わらずあの口調ですからちょっとたじろぐわけですよ。


しかし聞かないわけにもいかないので、いや、別にそんな重要なことじゃないような気もするけれど、でも聞ける時に聞いておいた方がいい質問だったので、私は引かずに質問した。


「シュウはチョコかチーズかって聞かれたらどっちが好き?」


突然の質問に、というか唐突な質問内容に、シュウの針を動かす手が少し止まった。


それはそうだろう。


言っておいて何だけれども、チョコとチーズだなんて比べるべき類似点が殆ど見当たらないのはこの私でもわかる。


敢えて言うなら二つとも食べ物っていうぐらいなんだけれど、それは比較するにはあまりにも範囲が広すぎると思う。


金魚か猫か、どっちが好きかと聞かれても私は易々とは答えられない。


シュウは質問には答えず、


「どうしてそんなこと聞くの?」


と私の意図を探るように言い返してきた。


正直賢明だと思う。


私は指の上でシャープペンシルをくるくると回し、顔を向けずに答えた。


そういえば、このシャーペンは昔兄さんから貰ったものだ。


今頃何してるかな、兄さん。


紗紀ちゃんには宜しく言っておいてくれたかな?


まぁ、今この瞬間においてはどうでもいい事か。


「いやね、今日の夕飯奢ってもらっちゃったからさ、明日の昼ぐらいにケーキでも作ろうかなって思って。で、私のスキルではチョコケーキかチーズケーキぐらいしか作れないから、どっちがいいかなって尋ねた訳」


そういう訳ですよ。


そう言って、しばらく待ってはみたものの、シュウからの返事はいっこうになく、私は見ていたノートから顔を上げてシュウの方を見る。


額に手を当てて、なにやら本気で考えてる御様子です。


いや、そこまで本気で考えられても。


「もしかして、ダイエット中だったり?」


「そんな俗っぽい考え方を私に当て嵌めないでくれる?」


これには素早く反応してきた。


てかダイエットって俗っぽいのか?


確かにシュウには必要ないとは思うけどさ、そういうのは客観的視点よりも主観的視点の方が優位に立つからもしかしたらな〜と思ってのことであるよ。


「あんまり長く考えているとそういう妄想を抱かれるから、チョコでいいわ」


と、今まさにそのような妄想を抱きつつあった私に向かってシュウはそう言った。


よかった、チョコケーキで。


どっちかっていうとこっちの方が混ぜるだけで楽なんだよね。


「じゃあさ、もう一つ質問なんだけど……」


こちらの方が重要な問題。


ていうか死活問題だ。


シュウの好みははっきりいってそこまで重要じゃなかったんだよね。


「この辺で一番近いデパートって何処?」


ケーキを作るにあたっても、今後の生活を考えてみても、やはりデパートの存在は欠かせないだろう。


コンビニでもいいんだけれど、品揃えなどを考慮すると少々不安になってしまう。


コンビニにゴム箆は売ってまい。


いや、あるのかな?


最近のコンビニは何でもあるっていうのが売りだから、もしかしたらあるかもしれない。


まぁ、私の知ったことではないけれど。


私がいろいろ思考を巡らせている間、シュウは、デパート、デパート、と小声で呟いて、脳内検索エンジンをフル稼動させているようだ。


「一番近いデパートは……隣の駅前のデパートかしら?」


かしら?と聞かれても答えられません。


てか隣町ですか。


どれだけ寂れているのでしょうか、この町は。


「丁度いいんじゃない?隣町なら通学で使う道だし、買い物がてら学校まで歩いてみれば?」


そういえばそうだった。


私の通うことになっている学校は、ここから駅まで行って電車に乗り、そこから更に歩かなければならないということを今の今まで忘れていた。


全く、これでは寮の意味があまりないではないか。


無意味もここに究めりである。


「心優しいシュウさんはもしかして私を案内して……」


「くれる訳はないわね。残念、一人で行ってきなさい」


つ、冷たい。


セリフを強制中断してまで言われてしまった。


嫌ですか?


そこまで嫌ですか?


……まぁ、嫌でしょうけれど。


初対面の輩に休日の半分を潰されるのは私にとっても大ダメージである。


「とまぁ、そんな訳だから。一人で頑張って行ってきなさい。駅はここから南に真っ直ぐね。降りる駅は泉醐ってところだから」


じゃ、頑張って、と最後に言い放って、まるで私のするべきはもはや全てしましたみたいな顔して刺繍に戻ってしまった。


これ以上シュウから情報を聞き出すのは無理だろう。


私はノートに『駅、南』とだけメモしておいた。


そしてパタンとノートを閉じて、ベッドから降りて伸びをする。


ん〜、寝転がってばかりいたから伸びが気持ちいい。


「あ、そういえば……」


あることに気がついた。


「ねぇシュウ、お風呂ってどういう風に入る?」


「どうって……。いくら質問の意味を考慮しても適切な答が出てこないけど」


もっと詳しく説明しなさい、とのご注文だった。


「いや、湯舟にお湯を張るのかな〜って思ってさ」


どういう風に勘違いされたんだろう?


謎である。


「もしかしたら、シャワーだけ浴びるタイプの人かもしれないし」


「私はそんなに欧米人に見えるわけ?」


皮肉たっぷりで返ってきた。


いや、シュウは純日本人って感じはするけどさ。


髪だって漆みたいに黒いし、背はちょっと小柄でそこも日本人っぽいし。


その眼鏡の奥から発せられる冷たい視線さえなければ凄く綺麗な人だと思うよ。


まぁ、視線が冷たくても充分綺麗なんだけどね。


でも最近は文化だって混ざりあっているし、一応聞いておいたわけです。


「じゃあお風呂汲んでくるね。お湯の温度はどれくらい?」


「三十八度」


「合点承知」


私は風呂場の扉を目指して歩いて行った。







「ふぅ〜」


ため息をつきながら湯舟に体を沈める。


お風呂を洗って、お湯を汲んで、シュウが先に入るかな〜と思ったけれど、先に入っていいわよ、私はこれをもう少しやってるから、と言われてしまったので、お言葉に甘えて只今私が入浴中。


良かったのかな、先にお風呂入っちゃって。


なんかシュウって一番風呂を好むタイプに見えたけど。


他人の入ったお湯には入りたくないって言うかと思った。


まぁ、易くも外れたけどね。


もっといろいろ考えないといけない。


今月の的中率は群を抜いて悪いからな〜。


様々なことに於いて。


明日からはもう少し考えて行動しよう。


うん。


ピチョン……


ピチョン……


蛇口から滴り落ちる、哀れな水滴の音が風呂場に響く。


並々汲まれたお湯は、普段よりも多くの熱を私に供給する。


それはそうだ。


家ではもっと温度が低かったんだから。


でも、シュウに奪われた熱をお風呂に供給してもらうのも悪くない。


ていうかシュウは大丈夫か?


お風呂に入って溶けたりはしないだろうか。


真面目に心配になってきた。


まぁ普通に考えればそんなことは有り得ないんだけど。


さて、今日はいろいろ考えないといけないことがありそうだ。


シュウの事とか、学校での暮らし。


シュウはあんなこと言っていたけど、実際シュウはそこまで曲がってはいないと思う。


芯はしっかりとした人だ、と。


だから、どちらかというと学校での暮らしの方が私は心配だ。


どんな学校だろう、とか、友達は出来るだろうか、とか、そんな普通な事を心配しているわけではない。


もっと特殊で、重大な事。


あるいは普通な事かもしれないけど、私の場合少し状況が異なる。


私は普通に生活したい。


けれど、屈折した私の考えがそれをそうさせない。


気をつけていても、私の黒い部分がすぐに表に現れる。


やめたいけれど、やめられない。


麻薬みたいなものに、私は取りつかれている。


「はぁ〜……」


やめた。


考えていて悲しくなってきた。


いいさ、なるようになる。


裏の私が出て来たら、出した奴が悪いんだ。


私に非はないさ。


少し工夫さえすれば、きっと周りにバレないだろう。


ならいいさ。


もっと楽しくやろう。


一生に一度の学園生活だ。


楽しまずして何をする。


「よし……」


思考がだんだん明るくなったので、景気付けにシャワーを浴びることにした。


何の景気付けかは不明だが。


シャンプーをつけて髪の毛をワシャワシャして、ザーっと流してリンスをつける。


触ってて思うんだけどさ、どうして私の髪ってこうも硬いのかね。


色も微妙だし。


シュウみたいに黒くてさらさらは羨ましいよ、本当。


どうして神様はこうも世の中を不公平に創ったんでしょうかね?


全知全能なんて嘘じゃないか。


怨んで祟って呪ってやろう。


後悔なんてさせないからね。


あの世で悔やみな。


全ての教徒を敵に回しそうなことを考えながらもう一度シャワーを浴びてリンスを落とす。


もう一度湯舟に浸かり体を温めて、お風呂から出て体を拭いて、パジャマを着るまでわずか数分。


見よこの早業。


ドライヤーで髪を乾かそうと思ったけど、ドライヤーって以外と電力くうし。


暗所恐怖症ってわけでもないけれど、好き好んでブレーカーを落す程物好きでもない。


どうせサラサラヘアーでもないんだし、いいか。


ガラリとお風呂場の扉を開けて戻ってみると、シュウはすやすや眠っていた。


壁にもたれるようにして、人形のように目をつむって。


夢の世界へ旅立っていた。


右手には完成したと思われる刺繍が握られている。


ラベンダーの模様かな?


そんな刺繍が施されていた。


それを握る指も細くて綺麗で。


本当に、寝ている姿は可愛いくていいな。


起きてるとね、ちょっと色々あるからね。


さて、ここで起こすのが優しさなのか、それとも寝かしたまんまにするのが優しさなのか、悩み所である。


しばらく考えた結果、起こさない方がいいという最終決議案がだされた。


私はシュウが起きないようにそっと移動し、電気を消して布団に潜り込んだ。


今日は昼寝をした筈なのに、なんだか今はとっても眠い。


すぐに意識がなくなりそうだ。


「おやすみ、シュウ」


小声でそう呟いたのが、その日の最後の私の記憶だった。

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