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コスモス  作者: 騨篠穂
3/5

夢及び食事風景

あの後すぐに眠りについた私は、夢で兄さんに会った。


頼んでないので、その兄さんは本当の兄さんではない兄さんなのだろうけど、それは変に現実味があった。


真っ白い部屋の中で、兄さんと私だけが椅子に座っていた。


間にあるテーブルには白いテーブルクロスが敷かれていて、二人分のミルクティーと、真っ白な鈴蘭が真ん中のグラスに活けてあった。


なにもかもが白の空間。


私と兄さんだけしか色を持っていなかった。


「久しぶり」


唐突に兄さんが口を開いた。


「久しぶりね、兄さん。数時間ぶりだけどね」


そう言ってクスクス笑う。


兄さんの顔にも笑みが浮かんでいる。


「どうしたの、兄さん?こんなところに呼び出して」


「いやなに、仕事の合間に話し相手が欲しかったから招いただけだよ」


「仕事って、バイトのこと?」


「それもあるけど、今は違うよ。仕事場所はここだし、真由も紗紀も知らない仕事」


そう言って、ゆっくりと紅茶を口に含む兄さん。


「まぁ、この前始めたばかりだけどね」


その顔も少し笑っている。


「その仕事って儲かるの?」


「いや、利益はゼロだよ。殆どがボランティアだからね、要は慈善行為だよ」


「それじゃ仕事じゃないじゃん」


「いやいや、助けた人の笑顔が何よりの報酬だよ」


「偽善者だね、兄さんは」


「確かに偽善者だね。でも悪いことじゃないだろ、見掛けはいい人なんだから」


その笑顔が少し黒い。


「はいはい、ごもっともで」


そう言って私も少し笑う。


私の笑顔は何色だろう?


「ところで、紗紀ちゃんは元気?最後に見た時は泣いてたから心配で心配で」


「元気に駄々をこねてたよ。今は泣き疲れて眠っちゃってるけどね」


それは嬉しいね。


本当に可愛い妹だこと。


「本当にいい子だね、紗紀ちゃんは。私や兄さんの妹だなんて信じられないくらいに」


「だよね。それはずっと思っていたよ。本当にいい子で、可愛くて、驚かしがいがあるよ」


「あまり変なこと吹き込んじゃ駄目だよ、兄さん。紗紀ちゃんだけは白い人間にしようって私は決めてるんだからね」


「はいはい、解ってますとも」


そうして兄さんはまた紅茶を飲む。


私も喉が渇いてきたので頂くことにした。


私と兄さん、正直言って腹の中はかなり黒い。


ブラックコーヒーよりさらに黒い程である。


ただいつもそれを外に出している訳ではない。


それが故、私たちはお互い偽善者ということを認めている。


偽善者と聞いて一般の人はどう考えるだろう?


多分いい印象は与えないだろうとは思うのだがよく考えてほしい。


偽善者は本当に悪いのか。


私は悪くないと思っているからこそ自分自信を偽善者と認めているし、兄さんもきっとそう思っていると信じている。


だってそうでしょう?


どれだけ裏で利害損得の計算をしていようが、どんな考えを持っていようが、それを表に出さなければ普通の善意と何等変わりはないのだから。


見掛けが変わらなければ本質だって向こうからは同じに見える。


しいて悪いとしたら、それが最後にバレた時だけでしょう。


私たちは滅多にそんなヘマはしないから、偽善者だっていいじゃないかという考えを持っているのだ。


そう、滅多にしないんだけど……。


「ん、どうした?」


兄さんの声にハッと我に還った気分だった。


思考の中に意識が少し入り込み過ぎたらしい。


兄さんの目が真正面から私を見ている。


「ううん、なんでもない」


そう言って、持っていたティーカップを受け皿の上に置いて頬杖をつく。


そのままジーッと兄さんの顔を見ていると、不図違和感を感じた。


なんだろう、この違和感。


「あれ?」


私は違和感の正体に気がついた。


「兄さんピアスなんかしてたっけ?」


兄さんの右耳には、今まで私が見たことのないピアスがぶら下がっていた。


金色のそれは、この白い空間では異様な感じを醸し出していた。


「あれ、今頃気付いたの?」


兄さんは右手の人差し指でピアスを揺すって言った。


はい、今気づきました。


何でだろう?


きっと今までこの空間そのものが違和感だらけで、それに慣れた頃に本当の違和に気付いたのだろう。


と、自己分析をしてみたり。


「彼女からの贈り物?」


「そんな高貴な物じゃないよ。先輩からの頂き物だよ」


「先輩?」


「そ、先輩。さっき言ってた仕事のやり方とかを教えてくれた人だよ」


「ねぇ、どんな人?」


「そうだねぇ……、まずぱっと見は女性なんだけど本当のところは不明。眼鏡掛けてて掃除好きで、なんだかよくわからない魔法を使う人だよ」


「魔法?」


「そ、魔法」


兄さん、なんだかニヤニヤしている。


魔法、魔法、魔法。


魔法とは何ぞや?


「で、その魔法とやらは兄さんも使えるの?」


「ほんの少しね。先輩から教えてもらったから、仕事に必要最低限の魔法なら使えるよ。真由をここに呼んでこれたのもその魔法のおかげだね」


あ〜、これで兄さんの辞書から『不可能』という文字が完全に抹消された。


てか仕事用に教えられたのに、私情で使ってるし。


いいのかそれで。


よくないと思うぞ、私は。


「まぁ結論から言わせてもらえれば、このピアスは先輩から頂いた物で、真由が心配するような事態ではないってことだよ」


「兄さんに彼女が出来ると、何か心配しないといけない事でもあるの?」


「あるでしょ、妹なら。小姑いびりは結構恐いよ?」


「兄さんならそんな人連れてこないよ、多分」


「断定しないところが真由らしいね」


私たちはお互いに顔を見合わせて笑った。


私にとって本当に笑いあえる相手は兄さんと紗紀ちゃんしかいないと思う。


だから家族との時間は楽しい。


ずっと続いてほしいと思わせるくらいに。


「さぁ、そろそろお別れの時間だよ」


兄さんはおもむろに両手を胸の前で叩き、椅子から立ち上がろうとする。


えっ、もうなの?


まだ全然話したりないのに。


「もう少し話さない?」


私は話したりなくて、思わず兄さんを引き止めてしまう。


兄さんは少し困った顔をして、頭を掻きながら、ごめんね、といった。


「さっきも言ったけど、仕事の合間なんだ。次のお客さんももうすぐ来るだろうし。それに、真由だってそろそろ起きないといけないだろ?」


その言葉に、私はシュウに夕御飯を作ってもらっていることを思い出した。


ご飯を作らせておいて隣で寝ているだなんて、居心地が悪い気がしてならなかった。


「そだね。今日はこれでお開きにしよう。またいつでも会えるよね?」


「仕事の都合と真由の都合が合えばね」


「それと、私がお客さんになれば会えるよね」


兄さんはそれには答えず、ただ苦笑するばかりだった。


「じゃあ、元気でね」


「兄さんも。紗紀ちゃんにも宜しく言っといてね」


「はいはい」


兄さんがそう言い終わると、私のからだは不思議な白い光に包まれた。


意識が胸の中に落とし込まれるような錯覚を覚え、私の思考はそこで途絶えた。






白い光が消えたあと、白い空間に立っていた青年はゆっくりと椅子に腰掛けた。


ティーカップに手を伸ばし、それを口に運んでゆっくりと味わって飲む。


程よい温度の液体が喉を通過する。


少年は白い液面をじっと見つめたあと、


「真由にはお客さんになってもらいたくないんだけどな」


と呟いた。


カップを受け皿に戻すと、青年の前に新に白い光が輝き始め、それは次第に人の輪郭を形作る。


そこに現れたのは青年と同じくらいの年齢の、なんだかひと昔前の服装をした男子だった。


この男子、何が起きたかわからないような様子で、あたりを見回している。


青年はそれを意に介するわけでもなく、


「あなたの願はなんですか?」


と単刀直入に用件を述べた。


二人のティーカップには、それぞれ新しいミルクティーが注がれていた。






「あら、お早いお目覚めね」


目覚めに受けた第一声がそれだった。


シュウは食事の支度を済ませ、食卓に頬杖をついてこちらを眺めていた。


お皿の上に盛りつけられているムニエルがとても美味しそうである。


どうやら待ってくれていたようだ。


が、その言葉に刺を感じてしまう以上、皮肉を言っていることは間違いなさそうだった。


「起こしてくれれば、あるいはもう少し早く起きれたけど」


覚束ない足取りで椅子のところまで歩いて行き、なかば崩れるように椅子に座った。


普段は寝起きはそんなに悪くないはずなのに、今日に限って最悪だった。


兄さんが関係していることは言うまでもなかった。


「私が起こさなかったと思う?」


これまた皮肉たっぷりに言われてしまった。


「何度声を掛けても、どれだけからだを揺すっても、何事もなく寝続けてた人がいたからね」


「それはそれは。今度紹介して下さいね」


と、軽く流した後、


「すいません」


と一応謝っておいた。


特に反応されなかった。


シュウの機嫌は傾いたままだったが、私たちは取り敢えず夜食を頂くことにした。


ムニエルのお味は、とてもよろしかった。


「ところでさ……」


食事を始めて数十秒、なんとなしな沈黙に耐えかねて口を開いてしまった。


困ったことに先を考えていない。


「……何?」


不審そうな目で見るシュウが、私を一層焦らせる。


口を開いたのは失敗だった。


「え〜と……あのさ」


少しだけ時間稼ぎをした後、


「シュウって結構いい人だよね。最初はちょっと冷たい人かなって思ってたけど、夕飯おごってもらえたし」


と言ってみた。


ほんの試みに。


それを聞いたシュウは、あからさまにため息をついて、持っていた箸を置いた。


「独断と偏見でものを語るのはよくないわよ」


そういった語りだしだった。


「あなたと私が実質的に共有した時間はまだ一時間たらずなのよ。その程度でいい人悪い人を決めるということは、それは独断と偏見によるものよ」


そういって、私を冷たい目線で見る。


あるいは、私の心の内を探るように。


「私はあなたのルームメイトである以上、それ相応の行動と協力は必然だけど、でもそれ以上の行為はするつもりはないわ。そこには善も悪もない、ただそれがそうあるのみ。一々善悪なんか考えていたらそれだけで疲れるだけよ」


淡々と言葉は紡がれていく。


紡がれては消えて、紡がれては消えて。


また紡がれて。


「私はあなたのことを善だとも考えていないし悪だとも考えていない。親しみやすいとか親しみにくいとか、面白いだとか面白くないだとか、そんな物事を自分で決定するような傲慢な精神の持ち主じゃないの。傍観主義、冷笑主義、そう言えば聞こえはいいかもしれないけど、ただの社会生活力欠如及び対人関係不得手。それが私。いい人なんて呼ばれる筋合はないわ。」


言って、お箸を再び持ち、シュウはご飯に箸をのばした。


「もっとも、学校での私の噂を聞けば、いい人なんて言葉は出なくなるわよ。今の内ね」


最後にそういって、シュウは食事を再開した。


どんな噂だろう?


少し気になったが、話の流れからして悪評なのは聞くまでもなかった。


それでも、一言聞いてみたかった。


今のシュウには、私はどう映ってるの?


私がいい子さんだと思う?


本当の話、それはないよ。


私ほど人間として愚かな人はいないんじゃないかな。


どんな噂かは知らないけれど、多分それを聞いてもまだシュウのことをいい人って言えると思うな。


だって、最悪を基準にしたらみんないい人でしょう?


シュウは黙々とご飯を召し上がっている。


けれど、いっこうに箸が動かない私を見て、さすがに言い過ぎだと思ったのか、大きなため息をついた。


「これ……」


そう言って食卓にのってるお皿を箸で指す。


「えっ……?」


「明日はあなたが作ってよ」


そう言ってまた黙ってお食事モードに入ってしまった。


最後に、

「二倍返しだからね」っていうセリフが聞こえたけれど、二倍でも三倍でも奢ってあげよう。


なんだかんだ言って、やはりシュウはいい人だと思う。


これからもきっと難無くやっていけるだろう。


そう思うと心が軽くなり、なんだかお箸も軽く感じた。

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