手紙
目の前に現れまするは、中世のヨーロッパ風のお部屋なり。
へぇ〜、凝ってますね。
こんなことするお金あったら植林やら貧しい子どもたちに愛の手を差し伸ばせよ。
世界には戦争にかりだされたり、明日の食べ物もない子どもたちだっているのだぞ。
NGOだってMFSだって頑張っているんだ。
我々がやらねば誰がやる。
「何してるの?」
部屋の真ん中で突っ立って、イラクやアフガニスタンの情勢について深く思いを巡らせている私に向かって、何やら怪しいものを見るような目付きでシュウが聞いてきた。
てか必要以上に関与されたくないんじゃないんかい。
おもいっきりそっちから関与してるじゃん。
さて、私は返答に困る。
まさか正直にイラクやらアフガニスタンについて語れるまい。
私が語り出したら半日は止まらないぞえ。
いや、問題が問題なだけに丸一日かかるかもしれない。
だって政治についてだよ?
その国の時代の背景やら国交の現状やら語り出したらキリがない。
こんな時に平気で嘘がつけたらどんなに楽か。
「いや、別に……」
結局そうやって素っ気ない返事を返すしか出来なかった。
「ふ〜ん」
特に何も思うところはないというような冷めた顔で、すたすたと私の横を通り過ぎてベッドに横になる。
そして縫いかけの刺繍らしきものの制作に取り掛かってしまった。
高校生らしからぬ趣味である。
てか絶対やってけないよ、こんな状態じゃ。
私は肩であからさまにため息をつき、私のベッドらしきものの隣にある幾つかの段ボール箱に目を向ける。
ぽんぽんぽんと無造作に置かれた段ボール箱。
本当に造作もない。
いまからこれを出す気にはなれないが、必要最低限の荷物を取り出すために、一番上の段ボール箱を開けた。
なに、学校が始まるまであと数日あるさ。
それまでにやっとけばいいさ。
明日は明日の風が吹く。
吹く風に気付く頃にはどうせ手遅れさ。
だったらいいじゃないか、楽にいこうよ。
ビリビリとガムテープを剥がして、取り敢えず寝巻は欲しいかなとか思いつつ段ボールの中をあさっていると、見覚えのない箱が発掘された。
辞書二冊分くらいの大きさの箱には、しっかり鍵がなされており、上部にはなにやら手紙らしきが張り付けられていた。
はて、このようなものを入れた覚えはないのだが。
まぁ大方予想はつくよ。
誰が入れたかくらいは。
私は手紙を手に取り、まだシワの寄っていないベッドに寝転んだ。
丁寧に手紙の封を切り、逆さまにして内容物を枕の上に出してみる。落ちてきたのは一枚の便箋と一つの小さな銅の鍵。
寸分の狂いもなく四つ折にされた便箋を広げ、天井の電気の光を当てて読んでみる。
前略
この手紙を読んでいるということは、無事に寮に着いて身支度を整えている頃なのでしょう。遅ばせながら、進学おめでとう。なかなか言う機会もなかったからね。兄も紗紀も、真由の成長を心嬉しく思っているよ。そんな訳で、二人で前々から作っていた物があるんだ。邪魔にならなければ受け取って欲しい。二人とも、真由の学校生活を遠く離れたこの地から応援しているから、真由も紗紀のことを応援してやってくれ。では、あまり長くなり過ぎると読まれずに捨てられる可能性があるから、この辺てお暇させて頂くよ。じゃあ、また今度手紙を書くときに会おう。
親愛なる真由へ
空、紗紀より
だってさ。
相変わらず定型文だな。
しかも鍵について一切触れられてないし。
それに紗紀ちゃんの応援だけしてればいいのかよ。
兄さんへの分は?
なんだかツッコミどころ満載の手紙だったが、なんだか心が温かくなってきた。
まぁ、どんな兄さんが書いたどんな手紙だろうが、やっぱり貰ったときの嬉しさは比じゃないね。
思わず顔がにやけてしまう。
私は布団の上に落ちている鍵を拾い、箱についている鍵穴に差し込んで鍵を捻る。
カチャッ
錠が開く音がした。
ゆっくりと、箱の蓋を開ける。
「うわぁ〜」
おもわず声が漏れてしまう。
中に入っていたのは、小さな小さな鶴が繋がれてできた見事な千羽鶴だった。
所々に形がいびつな鶴があったが、多分紗紀ちゃんが作ってくれた鶴なのだろう。
これもこれで味がある。
「何それ?」
私の感嘆の声を聞いて、刺繍をしていたシュウが寄ってきた。
なんだこいつは?
言ってることとやってることが矛盾しまくりだ。
「これ?多分兄さんと妹が作ってくれた千羽鶴。結構上手く出来てると思わない?」
てか素人の技じゃない。
さすが兄さん。
シュウは私が誇らしげに持ってる千羽鶴をまじまじと見て、
「まぁ、そこそこ上手ね」
と褒めてくれた。
ここでシュウが千羽鶴を馬鹿にして、私がキレるというシチュエーションを半ば本気で想定していただけに、この言葉は意外だった。
どうやらこの分岐はしないらしい。
なんだ、臨戦態勢だったのに。
私は少しだけ可笑しくなって、小さな声で笑った。
その笑い声を聞いて、シュウが少し不機嫌そうに、
「何?」
と聞いてきた。
「いや、シュウって結構話せるんだなって。第一印象が少し厳しそうな人みたいだったから」
ここで下手に冷たい人とかは言うべきにあらず。
それで気分を損ねたら台なしである。
「それは暗に冷たい人って言ってる?」
あらら、お見通しですか。
しかもそれ言う声も冷たいし。
「私だって別に人間嫌いみたいなことする必要もないし、さっき言った必要以上の関与っていうのは、馴れ馴れしくされるのが嫌いって意味よ。知り合い以上友達未満なら拒みはしないわよ」
そう言うシュウの目は冷たいながらに真剣だった。
「馴れ馴れしくしないならルームメイトぐらいにはなってあげるわ」
最後にそう言い放った。
なかなか高飛車な性格である。
嫌いじゃないけどね。
「じゃあルームメイトとしてよろしくお願いね、シュウ」
私も一応礼儀として言っておいた。
「それにルームメイトなら信頼も何もないからやりやすいわ」
「どういう意味?」
眼鏡の奥が冷たく光る。
「信頼のないところに裏切りはない。そういうことよ」
私はさらりと言い、立ち上がって台所に向かう。
「ところでルームメイトのシュウさん、あなたはこの寮に来てどれくらい?」
「もう三年もなるわよ。私は付属中学から通ってるから」
シュウは自分のベッドに戻り、刺繍を再開しながら答えた。
へぇ〜、そういうパターンの生徒もいることに今気づいた。
さすが私立、附属中学もあるとは。
でもこの答は私にとっては好都合。
「ここって食堂とかある?」
そう私が気になっていたことはズバリ食堂について。
これがあるかないかで自炊が否かが決まってしまうのだ。
このコンディションで自炊だなんて、正直ロクなものが出来ないと思う。
夜食にホットケーキはどう考えてもミスマッチだしな……
そんな私の不安もよそに、シュウはただ一言、
「ないわよ、そんなもの」
と、さらりと言った。
やっぱりないよな、そんな都合の良いもの。
「では第二問、ルームメイトのシュウさんは同室の飢えた住人に何か奢ってくれる程の優しい心の持ち主でしょうか?」
「残念。ご縁がなかったようね」
そうですか。
そうですよね。
作ってはくれませんよね。
今夜はホットケーキ決定だ。
いや、お好み焼きにでもするか。
材料さえ揃えてしまえば、作る工程はさほど違いはしないさ。
取り敢えず冷蔵庫を覗いて食材チェック。
結構買いだめしてあったり。
「冷蔵庫の食材、勝手に使っていい?」
「それ相応のものを作ってくれるなら」
「今の私にはお好み焼きしか作る気力が残ってないよ」
返事が返ってこない。
まさかお好み焼き嫌いか?
お好み焼きなのに。
不安になって向こうを覗くと、シュウが立ち上がってこちらに向かってくるところだった。
「?」
「あからさまに不思議そうな顔をしないでくれる?」
そう言われましても。
「今日は私が奢ってあげるわ。お好み焼きよりかはマシでしょ」
そう言って、手でシッシッと私を追い払う。
「今日は休んでなさい。できたら起こしてあげるから」
それ以上は何も言わず、冷蔵庫の方へと目線を移した。
以外といい人だ。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
ありがとね。
私は御礼を言って、重いからだをベッドの上に落とす。
兄さんからの小箱を横に除けて、枕に頭を埋めて目をつむる。
疲れた体は休みを欲し、重たい瞼は自然に落ちる。
意識が遠退くのにそれほど時間はかからなかった。