copper 7
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「森のキッチン作戦、成功~……」
ピアニストが小さく拍手する。
僕はもう、十人も射殺できた快感で、脳みそが蕩けていた。自分の撃った弾が他人の命を削り取る、この感触は本当に何者にも代えがたい感動を僕に与える。一人撃つたびに、僕という存在が世界に承認されている気がする。生きていていいと言われている。
もちろん、命を奪う行為は最低だし、それが同族であればなおさら最悪だ。教えられた倫理として理解しているし、社会で生きていく上で僕のような存在は許されないだろう。
ここにいれば。この楽団に所属している限り、僕は自分のまま生きていくことができる。
怪訝そうな顔で拍手をしてくれるドクター。どこか抜けているようで、思いやりに溢れたピアニスト。
そして他にもメンバーがいるらしい。きっと皆、助け合ってやってきているんだ。僕もはやく、その一員になりたいと思った。名簿に名前があっても僕はまだ新人だ。
この二人みたいに、他の団員を助けられる存在になりたい。強くそう思った。
「鼻血が出ていますよ」
ドクターが近づいてきて、ポケットティッシュを渡してくれた。ついでに僕の手首を人差し指でなぞった。
「『反射』を1分間連続で使用するのは負担が大きいみたいですね。アドレナリンも出しすぎです。心臓がお釈迦になる可能性があるので、人を撃つ時はあまり緊張しないように。深呼吸などをして、落ち着きましょう」そして妙に火照っている僕の顔を見上げる。
何かを悟った顔になるドクター。
「あー……。射殺が気持ち良い方の興奮ですね」
「……すみません」
恥ずかしい。すごく恥ずかしい。
「謝らないでください。ただ、興奮しすぎてその後の生活に支障が出てもよくないので」ドクターはそこで言葉を切った。少し考えてから言った。
「そうですね。おまわりさんは射殺に慣れてください。射殺するたびに一喜一憂しないこと。射殺に感動して立ちすくんでいたら、思わぬ反撃を受けることだってあります」
僕はなるほど、と頷いた。でも射殺する悦びを遮ることなんてできるだろうか? 思い出したら、また射殺したくなってきた。
「射殺以外のこともちゃんと考えることですね。でないと……」
頭上の葉が揺れる音がした。
それは、話し合いを続けていた僕たちの頭上を通過し、離れた位置で拍手し続けていたピアニストの真上へと続き。
雲が月を覆い、周囲に影が落ちた瞬間。踵に装着されたブレードがピアニストの首を掻き切った。
「あ」
噴水のように咲いたピアニストの血を浴びて、白いビスチェのバレリーナが降り立った。
僕の抜き打ちした9ミリは柔らかい地面に蹴り落とされた。バレリーナは森の中へ姿を消した。
「たうちゃんがまた死んだ」
あちゃあ、なんて声をあげてドクターが言った。さっきは防弾着やメットがあったが、今回は首の動脈を切られているようだ。どんなトリックを使っても、どんなに思慮があってもピアニストは生き残れないだろう。だが、ドクターはバックパックを背負ったままピアニストへと駆け寄った。白衣を腕まくりしている。僕は思わず聞いた。
「即死では?」
「普通ならそうですね」
「ピアニストは吸血鬼だったりします?」
「彼女はただの学者ですよ」
「ドクター、まさか彼女を蘇生できるんですか?」
「まぁ、そういう役割ですからね」
ドクターはピアニストの首すじに手を当てた。それをなぞり、「断面が綺麗すぎるのも問題ですねぇ」と言った。それから隣で警戒していた僕に、顔を向けずに告げた。
「ここはいいので。あなたはハンナさんを追ってください」
「ですが……」
ドクターは片手で処置を行いながら、人差し指を立てた。
「今からピアニストの臓器に直接輸血を行います。私は貧血になります。死にかけているピアニストと貧血の私はまともに戦えません。あなたが負ければ、私たちは全滅です。それが分かっているから、彼女はあなたを森へと呼びこんでいるんです」
バレリーナの消えた森に視線をやった。樹々の闇の間を、白い影が踊るように行き交うのが見えた。誘われている。
だが罠ということは? 『狩り』はチーム戦だ。もしも残った3人の大学生が、僕が森へ行った隙にドクターを襲撃したら……?
「おまわりさん。あなたがここにいると、彼女はこちらにやってきます。彼女はあなたに恋い焦がれているようですが、周囲に利用できるモノがあれば利用するでしょう」ドクターの呼吸が少し荒くなる。手元は見えないが、何かがドクターを消耗している。
「『供にある内は扶けあう。』私を信じて扶けてください、おまわりさん。あなたができることは射殺です。あなたが彼女を射殺すことで、私たち全員が助かります」
自分の人生の役割と、自分のやりたいことが重なっている人は世界にどれくらいいるんだろうか? 僕は、いつか自分がのたうち回って、発砲事件を起こして惨めな最後を迎える確信があった。『射殺なんか』が好きな自分はなるべくひどい死に方をして、早く人に忘れてもらうべきだと思っていた。
こんな事を言うのはこれが最後だ。
僕はたぶんすごく幸運だった。紳士に出会えて、楽団に誘ってもらって、彼女たちに出会えて、そうした一つ一つの要素が積み重なって、いまこの瞬間に繋がっているんだ。
我慢して、我慢して、気が狂わないように調整して、人の振りをして、社会に溶け込んでいれば、こんな事もあるんだ。
生き残りたい。彼女たちと供に生き残って、祝杯を挙げたい。綺麗な景色を見たい。ミゲルとドライブに行きたい。
ここを生きて、乗り越えたい。
求められていることはシンプルで、僕の望みも合致していた。
「目標を確認」
僕は森に目を向ける。白い影が踊っている。狂ったように、踊り続けている。
「射殺します」
僕は森へ向けて駆け出した。




