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13 hands  作者: さんどまん
5/9

copper 5




 運転手は、一言も喋らない。


 この人も同じようにドライバーみたいな名前がついているんだろうか? 考えていたが、目的地にたどり着くと、あっさりと僕たちを降ろして来た道を戻っていった。


 僕たちは三人だ。


 一人はあの時の背の低い女医。彼女は「はじめまして、ドクターです」と車のなかで名乗った。僕も指揮者に付けられた名前を名乗った。冗談を言うと愛想笑いをされた。


 もう一人は黒一色のパンツスーツを着た高身長の女性だった。眠そうに目を細め、僕が名乗っても反応しなかった。


「たうちゃん。名前」


 ドクターがそう呼んで揺すると、たうと呼ばれた女性は首をかしげるみたいに僕に目をやった。初めて気づいたように微笑んだ。


「イケメン……」


 彼女がイケメンというコードネーム、というわけではない。彼女は「Pianist」と良い発音で名乗った。


 僕たち三人は静岡県の国道近くで降ろされた。僕は拳銃とショルダーバッグ(予備の弾だ)以外、ほぼ手ぶらだった。ドクターは白衣の上からダウンジャケットを羽織り、TUMIのバックパックを背負っている。ピアニストはトランクから出したチェロケースを背負っていた。細腕でふらふらと背負おうとするので「持ちますよ」と声をかけたのだが、


「イケメン……」


 彼女はさっきと全く同じイントネーションでそう言い首を横に振った。爪先でチェロケースの下を蹴ると、あっさりと彼女の背中に収まったのだった。警察学校で受けた柔道の技を思わせる動きだった。


 ドクターがタブレット端末を起動して、周辺の地図を出す。


 三人でそれを覗いた。ドクターが僕に向けて、人差し指を立てた。


「じゃあ、おまわりさんのためにもう一度説明しますね。

これから私たちが行うのは楽団としてのお仕事のひとつ。『狩り』です。マーカーのつけられたエリアに、定刻までに辿り着いて、そこから狩猟対象を殺すだけ。ここまで大丈夫ですか?」


 僕は頷いた。事前に指揮者から聞いていた通りだった。


「『狩り』の間は、指定エリア内に民間人は入ってきません。入って来てもそれは国民ではないので殺害が許されています。これは心配ないと思いますが、チーム同士での殺人は戦略的理由がない限り禁止です。私たちのこと射殺したら駄目ですからね」


 僕は苦笑した。そんなことできるわけがない。


「とりあえず、そんな所でしょうか。それと『狩り』の間は、狩猟対象にも我々への殺人が許されています。私たちが全員死んだ場合、彼女は所属する国家機関に回収されます」


 それは初耳だった。僕は手を挙げて質問した。


「それはつまり、僕らが負けたら彼女は日本の法で裁かれず、帰国するということですか?」


「そうです。『狩り』は多様な主権所持者の思惑がかかわっています。そして……」と何かを言いかけてドクターは口をつぐんだ。「まぁ、殺されないようにしましょう」


 ピアニストがおずおずと手を挙げた。


「はい、たうちゃん」


「数は?」


「十四です。主要狩猟対象はハンナ・ペトロヴナ。元バレリーナのウクライナの殺し屋です。米国でⅮEAに飼われていましたが、無差別に殺しすぎて謹慎。謹慎期間中に日本に留学……詳細はもう知っていると思うので省きますね。残りの一三人は彼女をそそのかした売人大学生三名と、彼女の義足の調整をしに来日した義足師のスタッフ10名です」


 十四人。十四人も射殺できる。


「義足師?」


 ピアニストは技術者が狩場にいるのが解せないらしい。


「彼らがいなければハンナさんの機械の下半身は動かせません。『狩り』の開始前時間を利用して、義足を調整する、というのが表向きの理由」


 ピアニストの目が高速で瞬いた。彼女は息を吐くと、言った。


「義足のために、私たちを殺すつもり……?」


 ドクターは頷いた。


「正解です。義足のスタッフであり、ちゃんと戦える正規の傭兵でしょう。彼女のヴァージョンを更新した後、彼ら自身も『狩り』に参加してくると思います」


 話の展開が早すぎてついていけない。僕は挙手をした。


「すみません。分からないんですけど、どうして犯罪者のために傭兵が出てくるんですか?」


 ドクターは僕を見た。


「あなたの拳銃は撃てば当たります。撃たれた相手は多くの場合、死にます。彼女は死にましたか?」


「いや、弾を避けられました。でもそれは彼女が化け物だからで……」


 ドクターはため息をついた。


「化け物なんていません。彼女の義足はただの機械です。彼女はあの脚で踊るためにいくらか脳に調整を受けています。彼女の身体一つに、私が一生に稼ぐ額の100倍くらいのコストがかかっているんです。全く羨ましいとは思いませんけど」


「なんでそんなのが町田で暴れてたんですか」


 ドクターは深いため息をついた。


「本当になんででしょうね?」ドクターの顔が崩れ、萎れていく。「なんでドープ漬けの企業秘密に普通の大学生活を送らせようとしますかね。偉い人の考えることはよくわかりません」


 新人である僕のために、礼儀正しい装いをしていたドクターの化けの皮がぺりぺりと剥がれていくのが見て取れた。


 ともかく。


 彼女の義足はアメリカにとって大事なものらしい。それを回収するためにこの『狩り』が開催された。僕たちはある意味で日本代表なわけだ。


「そんな大事な『狩り』に新人の僕が出て良かったんですか」


 ドクターは朗らかに言った。


「何事も経験ですよ。それにハンナさんともう一度踊りたいんでしょ?」


「はい」


「そうですよね。何かあってもたうちゃんいるし、どうにかなりますよ」


 ピアニストは両拳を持ち上げてふんすふんすと鼻息を鳴らしている。ドクターはもともとやる気のない人だったのか、説明義務を終えるとタブレットをしまい、よいしょ、とバックパックを背負いなおした。


「じゃあ、行こうか。ちょっと歩くことになりますよ」


 ちょっと、どころではなかった。自分が銃を撃ちたいだけの一般人であることを改めて思い知らされた。ドクターによれば、『狩り』の開始時間まで周囲の地形をうろつくことはアリらしく、ピアニストは冗談みたいな兵隊用ヘルメットをかぶって森の奥へと消えてしまった。僕はへばって、木の根に座り込んでいた。


「大丈夫ですか? 水飲む?」


 ドクターはそう言って、ミネラルウォーターを渡してくれた。タンブラーみたいな容器に入った水だった。量が多くて、美味しい。


「ありがとうございます。すいません、早く指定エリアに入らないといけないのに」


 そういうとドクターは首を振った。


「エリアにはもう入っているから大丈夫ですよ。この時間はインターバル。たうちゃんは色々仕掛けに行

ってます。私たちは陣取りですね」


「陣取り、ですか?」


 ドクターは人差し指をぴっと立てた。


「正面から武装した13人+バレリーナとやり合う訳にはいけませんからね。おまわりさんが撃ちやすい、高度の高い所に移動しておこうと思いまして」


 そう言って左手でタブレット端末を取り出す。指定エリアの全域が表示された。


 エリアは二つの山に跨っていた。いま僕たちが登ってきた山を自陣とすると、敵陣は反対側の山となる。主な戦場になりそうなのは山と山の間にある渓谷だった。


「これくらいまで登っておけば、あなたの眼があれば、近づいてくる相手は何とかなるでしょう?」


 相手がどんな武装をしていようと、僕の眼と、運動量を殺さない『反射』があれば射殺できる。……木のような繊維質のものは『反射』しづらいような気もするが。


「ええ、たぶん」


 息を落ち着ける。


 今回の『狩り』。装備を見るにドクターもピアニストも長射程の装備を持っていないようだった。そういえば聞いていなかったけれど、二人はどんな芸当ができるんだろう。チームでの狩りだというのに、仲間の能力を聞いていなかった。良い機会だから聞いてみるべきか。しかし、僕は自分の能力を教えろ、と言われるとなんだか手の内を晒すみたいで、恥ずかしくて良い気持ちがしない。


 そうしてしばらく休んでいると、頭に軍用ヘルメットを被ったピアニストが手を振りながら、こちらに走ってくるのが見えた。


 運動神経はあまり良くないのか、純粋に山道で走るのに慣れていないのか、ピアニストは大きく転んだ。それから銃声が轟いて、彼女が撃たれたことが分かった。二発目が彼女の胴体に穴をあけた。遅れて聞こえる銃撃の音。


 音は止んだ。


 ピアニストの死体は僕たちから300メートルほど先の木陰にある。


「狙撃だね。伏せて」


 ドクターが淡々と言った。「たうちゃん、メット意味なかったね」


「いや、ピアニストさん死ん……落ち着きすぎじゃないですか?」


「ここで焦ったら次は私たちですからね」


 ドクターは僕の手首に触れた。


「方角は分かる?」


 敵陣営の山の南東だ。ピアニストが分かりやすく手を振っていたお陰で、彼女の倒れる方向がしっかり観察できた。2,3度瞬きをして、そちらを注視すると、暗緑色のギリースーツを着た兵士と、スコープでこちらを窺う観測手が視えた。


「1キロくらい離れてますね」


「鉄砲でいける?」


 鉄砲じゃないです。ニューナンブです。拳銃の弾は300メートルくらいでエネルギーと速度が下がる。撃ち合いになったら勝てるはずがない。


「まぁ、やってみます」


 ドクターは僕の手首を何度か撫でた。


 彼女に撫でられていると、心拍数が穏やかになり、恐怖心が薄まった。


「もしかして、何か投薬してます?」


「抗不安剤とブドウ糖」


 そう言われて、病院での出来事を思い出した。


「鼻血出ないように抑えるから、存分に眼を使っていいよ」


「ありがとうございます」


 こめかみの辺りがドクンドクンと脈打ち、血流が脳の温度を上げる。ともすれば失神してしまいそうだ。視界が色を失い、輪郭だけになる。ドクターの撫でる手が冷たくて心地よい。温度が上がった傍から、冷却されていくのが分かった。


 彼女がいれば、複雑な長距離の軌道計算にも耐えられる。観測手が僕たち二人を見つけ、狙撃手に合図を送るのが視えた。


「抵抗を確認」


 僕は銃口を斜め45度上に傾けて、発砲した。


「射殺します」


 山の標高が高いほど、風速は速くなり、コリオリまで働く。これらを感覚で手懐ける狙撃手には頭が上がらない。僕の撃ちだした銃弾は、ゴルフボールのように弓なりの軌道を描き、東向きの風と重力加速度の力を得て、1000メートルと少し離れた観測手の指に着弾した。


 足りない分は重力で補ったにせよ、いかんせんエネルギーが足りない。石つぶてが当たった程度の威力しか出ていないだろう。僕は『拳銃に狙撃された』事実と予想外の痛みに恐慌する観測手を遠目に眺めていた。隣の狙撃手は冷静で、観測手の混乱を他所に、黙々とこちらに狙いを定めていた。プラスチック製狙撃銃の引き金に、指がかかった。


 鼻の奥に激痛が走り、眼から涙がこぼれる。


 ――こんな真似は二度としたくないな。


 僕はニューナンブを発砲した。


 秒速1500メートルで狙撃銃から撃ちだされたNATO弾は、僕らの目の前で9mmと衝突した。運動量を完全に吸われ、僕の支配下となったNATO弾は、跳弾しながら持ち主の頭へと真っすぐ帰っていった。


 ヒット。


 狙撃手のメットが血で染まった。


「……~~~~~~!」


 悦びが脳髄を駆け巡り、奥歯がガチガチ鳴った。脳髄に快楽が迸り、涎が垂れる。声にならない嗚咽が漏れて、その場でガッツポーズをとってしまった。はじめて、ちゃんと射殺することができた。


 人間に生きている意味は、ある。これだ。これこそが、人の生きる理由なんだと思う。草の匂いで夏が近づいてきているのが分かった。蝉や鈴虫の鳴き声が一拍おいて、聞こえてきた。


「射殺するの気持ちよかった?」


「は、うぇっ、はい」


 ドクターに見られていて途端に恥ずかしくなる。手首を握っていてもらって、というのも恥ずかしくてたまらない。補助輪突きで、自転車に乗るのを褒められた子供になった気分だ。


 僕は垂れていた涎を拭いた。手を9mmで撃たれただけの観測手はこちらに狙撃手がいると思い込んだのか、遮蔽を利用して撤退していった。


「観測手が逃げます、ドクター?」


「いいよ。相手の弾が飛んでこないと、この距離では仕留められないでしょう」


 どうだろうか。木に反射して距離を稼ぐ、というのは難しい気がしている。そして気付いたのだが、僕

が『難しい』と考えていることは、たぶんできない。


「運動量保存則があるのは理解してる?」


「一応は」


「なるほどね。反発係数って言葉は?」


「よく知りません」


 ドクターは人差し指を立てた。


「おまわりさんの正体がわかってきました」と説明が続くのかと思いきや「……あ、たうちゃん」と思い出したように言った。見れば、死体だと思っていたピアニストが倒れたまま、ぶんぶんと白旗を振っている。300メートル先。


 ドクターはリュックをその場に降ろすと、山を駆け降りて行った。僕もそのあとに続いた。狙撃手が二組いることを考えなかった訳ではなかったが、この山の中ではドクターの白衣の方が目立つ。


 ドクターが狙撃されたら、僕が位置を特定して射殺すればいいのだ。


「たすけて~……」


 冗談みたいなセリフがくぐもった声で聞こえる。ピアニストはうつ伏せのまま、全面降伏みたいな姿勢で妙に白く光る旗を振っていた。


「頭と胸を撃たれた~……」


 近づいたドクターが処置をする横で、ピアニストの外されたヘルメットが転がってきた。ヘルメットの内側に多層張りのガラスのようなものがあり、弾が留まっている。


 味方が生きていた喜びよりも、ふざけたヘルメットの防弾性能に嫌悪感が湧いた。こんなものが流通していたら気持ちよく射殺できない。撃つ人が可哀想だと思わないのだろうか。


 ドクターが上着を脱がしているのだろう。僕は周囲の警戒を買って出た。


「たうちゃん、なんですか、これは。防弾シャツ?」


「フィブロインに真空混ぜたやつ」


「また自分で性能テストしたんですか」


「誰か撃たれた方が、おまわりさん、撃ちやすいと思って……」


 離れた位置で周囲を警戒していたのだが、不思議と聴覚も鋭くなり、聞かないようにしていた二人の会話も耳に入ってくる。


「ちなみに、狙撃はまたくると思います?」


「おまわりさん、観測手見逃した、よね……。①1キロ以上の距離だと、おまわりさんの拳銃じゃ殺せない。でも、②あちらが狙撃した場合に反射で射殺される、っていうのが、伝わっていれば、ない……」


 本来であれば、戦闘が起こるのは山と山の間だったはずだ。


 ところが、変なヘルメットをつけたピアニストが味方の位置へ走って合流しようとするのが観測された。「罠」にしてはヘルメットまでつけているのがおかしい。胴体に一発、駄目押しに頭に一発と、相手の狙撃手は最小限の動きで、ピアニストを仕留めた――はずだった。


 結果として、ピアニストによる「釣り」は成功し、狙撃手は位置を特定されてしまった。ふざけたヘルメットは囮で、胴体には防弾性能の高いらしいシャツを着込んでいた。そして念入りに頭を撃たれた場合でも、実は対狙撃用のヘルメットという二重の罠だ。


 このピアニストは全て、計算尽くでやっていたのだ。


「新人さんがいるからって張り切りすぎですよ」


 呆れたようなドクターの声が聞こえる。


「でも、撃たせてあげたいなって……」


 ピアニストの声が聞こえる。


 嗚咽が漏れそうになった。


 今まで、家族にも誰にも理解されなかった、僕の嗜好を理解し、尊重してくれる人がいる。それだけでも幸せなのに、この人は……僕に射殺させるために、自ら体を張ってくれたのだ。


 楽団のことが分かってきた。『供にある内は扶けあう』。僕たちは数が少ないからこそ、身内のために全てをかけることができるのだ。僕はずびずびと鼻水を啜り上げた。ちょうど治療が終わったのか、上着を着たピアニストとドクターが戻ってきた。


「おまわりさんが泣いている」


「泣かないで……」


「何がですか? 泣いてないですが」


「おもいきり泣いてますよ。少し気持ち悪いのと、大きな音を出さないようにしてください」


「な、泣かないで……」


 僕は二十五歳にもなって、口元を手で抑えて涙をぼろぼろ零していた。それを年上だが同年代だか年齢不詳の女性二人に慰められる始末だ。ピアニストが慌てて声をかけてくる。


「だ、大丈夫。観測手には逃げられたけど、道は作ってあるから……」


 どうやら僕が1人を射殺し損ねて、ダダをこねて泣いているのだと勘違いされている。さすがにそんな子供ではない。ドクターは「あの荷物は、罠じゃなくておまわりさんのための道具だったんですね」と納得している。


 そういえば、ピアニストは担いでいたチェロケースを失っている。ドクターが雑談がてらに教えてくれたのだが、ピアニストは「道具」を使って殺人を行うタイプらしい。「殺人ピタゴラスイッチ」というのがドクターによる評価だった。


「おまわりさん。フライパンなら、反射できるよね……?」


 フライパン。金属。面。


 なぜ調理器具なのかは分からないけれど『フライパン』に弾を当てて跳弾させる、というのは僕の中で具体的なイメージとなった。


「できると思います」


「じゃあ、あっち見て……」


 ピアニストの示す方向を見ると、木の枝から紐でフライパンが吊り下げられている。そこから数十メートル先には、金属製のおたまが。鍋が。皿が。


「なんで調理器具なんです?」とドクターが尋ねる。


「イケメン、料理、しそう」


 恥ずかしそうに口ごもるピアニスト。何一つ理解できないが、僕はこのピアニストを全面的に妄信したい。ピアニストは斥候にいったわけではなく、わざわざ、これらを取り付けにいってくれたのだ。


 ――新人の僕のために……!


「うわぁ、またおまわりさんが泣いている」


「泣いてないですよ」


「泣かないで……」

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