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13 hands  作者: さんどまん
3/9

copper 3



 命の重さ、というのは質量のことだと思う。


 なぜなら虫をいくら射殺しても、僕の欲求は解消されなかったからだ。


 長野のパーキングエリアでミゲルを殺さなかった時は、衝動で身体が溶けてしまいそうだった。いま、この瞬間に釘打ち機で昆虫を殺しているが、鉄に触れる高揚しか感じない。


 下品な言い方をすると、自慰行為に近い。


 これでは、何一つ、欲しいものを得られていない。


 長いこと一つの欲求と向き合い続けた結果、僕はある真理に辿り着いていた。欲求というのは下位互換で埋め合わせると、余計ひどくなる。


 ミゲルは僕が射殺用に購入した昆虫を苛めて遊んでいる。僕はそういう時、本気で窘める。


「遊びで殺したら駄目だよ」


 滑稽だった。


 老人の姿が浮かんだ。戒めなさい、と言われた。いわゆるアダルトチルドレンだった僕は、あの一言で以降の行動を全て取り締まられていた。



 夜勤の日に、山崎先輩が言った。


「なんか事件起きひんかな」


 知力と体力に溢れた優秀な先輩ほど、こういう物騒なことを言う。

 

 山崎先輩は僕より5つ上のノンキャリア組の先輩だ。


 最初に会った時は鋭い目つきと鷲鼻から猛禽類のような印象を受けたが、実際に付き合ってみると国民的警察漫画の主人公のような人だった。怠惰で規律を守らない人情家。漫画との違いは結婚していて子供もいる所だ。


「何言ってるんですか。平和が一番ですよ」


 これは本音なのだが、山崎先輩は生ぬるい目でこちらを睨む。


「お前が言うと白々しすぎて怖いわ」


「じゃあ事件起こってほしいですね」


「すぐ掌を返すなボケ」


 そう、どうせなら発砲できる事件が起こってほしい。


 10:0で犯人に非があり、誰が見ても射殺以外に方法がない状況が起これば良い。


 それが起きたら、と僕は妄想する。


 まるで思春期の学生みたいに自分の夢想するシチュエーションに酔う。きっと先輩だったら躊躇する。人の親になった先輩は、犯人にも親がいることを考えてしまうだろうか。


 それとも、意外と気にせずに撃つんだろうか?


 僕なら、と何度もその場面を想像した。


 まず、絶対に誰よりも早く射殺する。


 理由なんて後からでっちあげればいい。


 命を弾丸で奪う喜びを、誰にも奪われたくない。たとえ、それがもとで怪しまれようと構わない。誰よりも早く撃ち殺す。そして可能なら命が少しでもあるうちに次弾を撃ち込む。


 死因は失血性ショックだろうが脳挫傷だろうが何でも構わない。


 ただ死にゆく人の最期を弾丸の速度で奪いたかった。


「何をにやにやしとんねんアホ」


 思わず先輩を見てしまった。いけない。口元に触るが口角は上がっていない。先輩は面白そうにこちらを見ていた。


「やっぱお前ソシオの傾向あるな~。そのうち銃乱射して捕まるんちゃう?」


「そん時は山崎さん捕まえてくださいよ。すげぇ抵抗しますから。……僕、にやにやしてました?」


「いんや」首を振る山崎先輩。この人から学び取れることはまだまだ多い。「どっち役か分からんけどめっちゃ妄想しとるなぁ思てな」


「どっち役か分からんって何ですか。捕まえる側以外にあります?」


 山崎先輩は少し黙って、こちらを見る。


「そうやなくて人差し指動いてたやん。ありゃ引き金? それとも女弄る方か?」


「うわ、セクハラ」


「も~、お前ほんま。ほんまお前な。俺ら男やぞ。男で上司と部下やぞ? セクハラも何もあるかいな。も~最近のやつはなんでみんなお前みたいに小賢しいん?」


 先輩はガリガリと頭を掻いた。追及について身構えていたが、それでこの話は終わったようだった。


 セクハラ云々で誤魔化せるはずがない。あれは先輩なりの危機管理なんだろう。僕は言外に注意されたのだ。ただでさえ、一般市民からの評価が厳しくなっているのだから。



 七月の蒸し暑い夜、先輩と僕はとあるマンションの前で待機していた。


 車内は空調が効いていて外に出るのが嫌になる。僕たちは、そのマンションに住んでいるとある大学生の部屋を監視していた。


「お前、やったことある? クスリ」


「あるわけないでしょ。何てこと言うんですか」


 山崎先輩は窓を開けて、煙草の煙を逃がした。熱帯夜の空気が窓の隙間から忍び込んでくる。先輩はちょっと笑っていった。


「モラルを反射で答えんのは二流やな」


「先輩はあるんですか?」


「カルカッタに行った時な。まぁ、ヤニの方が美味いわ」


 そういう抜け道があるのか。こんな話が上に伝わったら先輩はどうするつもりなんだろう。先輩ならのらりくらりと避けそうな気もする。


「駄目って言われると、やりたくなるんが人のサガやしな。ただ駄目って言われるもんは、実際やってみると、思ったより良くないモンや」


「そうですかね。実際やってみたらかなり良かったりするかもしれませんよ」


 先輩は苦笑する。


「急に早口なるなや。二流言うたんは取り下げ。お前やっぱ一流のソシオの才能あるわ」


「二流って、警官としてじゃなかったんですか」


「当たり前や。お前みたいな人殺しそうな奴飼うとるんやからな。常にその度合いを測っとかんとまずいやろ。野放しになったら俺らのせいになるやん」


 真顔でそう言われる。山崎先輩は冗談を言う時ほど真顔になった。逆に笑う時は真剣なことを考えている。


「じゃ、野放しにされたらまず先輩ん家行きますよ」


「勘弁せえ」


 先輩は笑った。


 それからしばらく、マンションの玄関を眺めていた。車のデジタル時計は午前1時45分を示している。先輩が気を抜いて、シートを後ろに倒した時だった。真っ赤なドレスを着た女がマンションの玄関に近づいていく。


「先輩、赤女です」


「マジやないか」


 事前の情報にあった嘘のような存在が本当に出現し、先輩は眠気を吹き飛ばされたようだ。女はまっすぐマンションの玄関に消えていった。


「追うわ。応援呼べ」


 先輩は車を出てその後を追った。僕も無線で連絡を入れ、続いた。


 そのマンションに住んでいる大学生は、サークルで麻薬を売っている売人だ。


 彼の住む部屋は売人たちのプラットフォームに改造され、いわば前線基地のような役割を持っている。


 数日前、東京と神奈川の県境で、彼らの手足の1つが殺されてしまった。


 それだけならただの不始末で済んだのだが、殺された学生は馬鹿正直に自分たちのサークルのことを殺人者にペラペラ喋ってしまったらしい。幹事長は脅えに脅え、情報と引き換えに自分たちの保護を警察に頼んだ。


 一部の幹部と事情を知らない下っ端学生は拘留されている。意図的に、サークルを潰すために入りこんだ者を探し出すため、いまあの部屋には幹部以上の大学生が集まっていた。もし裏切者が混じっていれば、このタイミングでなんらかのアクションがあるはずだ。


 現れた赤い女。


 赤女とは、県境で殺された大学生が生前、ストーカーされていると周囲に吹聴していた女だった。どこへ行くのにも、赤いドレスを着た女の姿がある。警察にも相談するわけにも行かず、一度など女に話しかけにいったらしい。その時どういうやり取りがあったかは記録に残っていない。なぜなら、その大学生は死んでしまっているのだ。


 すでに赤い女の乗ったエレベーターは行ってしまっていた。先輩は悪罵を放ちつつ、階段へと走る。僕も続く。階段の途中で先輩を追い抜かして6階の踊り場に出た。


「おい、先走るな」


「大丈夫です」


 僕は微笑んでいた。こんな、幸運なことがあっていいのだろうか。


 予感があった。


 ああ、予感があったからこそ、先輩はあんな話をウダウダとしたのだ。僕は今日、人を射殺する。生まれて初めてヒトを射殺できるんだ。


 父さん、母さん、僕を産んでくれてありがとう。僕はいままで立派に擬態することができました。道を外すことなく、願望を果たすことができます。ありがとう、現代社会。ありがとう、警察官制度。


 僕は僕のまま、人を撃つことができる!


 興奮で指が蠢いた。僕は急いで拳銃を構えた。間違えちゃいけない。威嚇射撃のあと暴発を装って、バカか? そんなもの先輩にばれるに決まっている。いやもう、いい。ほとんどばれてるんだ。先輩に目撃される前に正確に相手を射殺する。


『戒めなさい』


 黙れ、爺。射殺するぞ。


 僕は競歩のような歩き方で、だというのに最大の速度で玄関に辿り着いた。

中からは悲鳴と何か硬いものがぶつかる音が聞こえてくる。


 僕は深呼吸をして、ドアノブを開いた。


「動くなァ! 射殺するぞォ!」


 ズキン、と頭痛がした。


 赤いドレスを着た女がいた。女は裸足だった。ピンヒールは地面に転がった大学生の顔面を貫通して突き刺さっていた。



 は?



 僕は威嚇射撃として、女を撃った。

 

 女は、それを避けた。


 ズキンズキンズキンズキン。


 狭くて足場の悪い廊下だ。床には大学生の死体がいくつも転がっている。


 女は壁に跳ねて、三角飛びのように壁を跳ねて、その銀色のかかとが僕の首を刈り取るようにしなり、眼前に迫っていた。


「アホォ!」


 山崎先輩に突き飛ばされた。


 先輩に覆いかぶさられた。次の瞬間、致命的な重みがかかった。ズブリという音とともに命が失われていくのが分かった。


 先輩の命が。


 女はY字バランスのようなポーズをしていて、ああ、かかと落としか、とシンプルな感想を抱いた。

死神の鎌みたいな重さの踵落としが、僕の上になった先輩に落ちる、落ちる、落ちる、落ちる、落ちる、落ちる、落ちる、落ちる、落ちる、落ちる、落ちる。


 軽快なリズムでそれは繰り返される。


 ぐほ、あひ、という先輩の末魔が断たれ、ただの物体になってもかかと落としの雨はやまなかった。横着だ。少し座標をずらせば、僕も殺せるだろうに。


 彼女はかかと落としが僕に届くまで、先輩の身体を建機みたいに貫き続ける。


 少しは戒めろよ。


 頭痛が少しだけおさまり、女の姿がよく見えた。下半身は、義足か何か知らないけれど妙に光を反射している。合成プラスチックだろうか。射殺できそうにない。上半身はどうだろう。駄目だ。避けられる。


 この女は弾を避ける。


 せっかく射殺できると思って来たのに。初の殺人が弾を避ける女だなんて。


 射殺に拘っている自分が馬鹿みたいじゃないか。


 吐き気すら感じる頭痛の中で、まるで当たり前のように、僕はこう思った。


 避けるなら、()()()()()()()()()()()()()()()、と。


 そして、僕はそれができる気がしていた。


 都合よく、先輩の身体の下で銃口を斜めに向けた。先輩すいません。まさか、こんな使い方をすることになるなんて。


 女のかかと落としが先輩の骨を穿つ瞬間、僕は女の脚に向けて銃弾を撃ち込んだ。


 弾は、女の銀色の脛に弾かれた。


 だが。


 甲高い音がして、跳ね返り、跳ね返り、それは最終的に女の尻に当たった。奇しくも最後の一撃を放つために、決め顔でY字バランスをとっていた女の顔が歪んだ。


「失礼」


 僕は先輩の死体を押しのけ、起き上がりついでに玄関に向けて1発撃つ。玄関の扉で跳弾した弾はまっすぐ女の顔面に向かって飛んでいき、女は脚の回転でそれを捌いた。


 頭痛は完全に止んでいた。


「なるほど、なるほどね」


 僕は3発目を廊下の奥に向けて撃った。3発目はリビングのレール金属に当たり、高い音を立てて女の背中へと、さらに4発目を女に向けて撃った。


 女は2発の跳弾を踊るみたいに避けて下がった。いや、脛で斜めに逸らした。


「せめて、普通に撃ち殺されてくれないかな」


「弾はあと何発?」


 女が喋った。日本育ちではないのか、妙なイントネーションだった。


「2発」


「そう」


 本当は弾切れだった。僕がゆっくりとしゃがんで、先輩の腰からニューナンブを拾った。


 女は壁に飛んだ。左右の壁を飛びながら、こちらに近づいてくる。


 この狭さは反射して戦う彼女にとって有利だった。


 そしてどうやら弾を跳弾させることができる僕にも同じことが言えた。


 治まっていた頭痛が再びぶり返し始めた。これは演算による熱だ。僕の脳が、どうすれば効率的に射殺できるかを計算しているんだ。その演算が激しくなるほどに、頭痛が起こる。


「抵抗を確認、射殺します」


 計算終了。


 僕は床にめり込んでいた銃弾に向けて、弾を撃った。めり込んだ銃弾が息を吹き返し、跳ねる。そして、跳弾させた跳弾をさらに撃った。跳弾が跳弾し、運動量の減衰を最小に抑えて、廊下を跳ね続ける。


 女は跳躍中になんとバックステップし、廊下の奥へと逃げる。僕の跳弾は乱反射しながらそれを追い続ける。


 言ったろう。この狭さは僕にも有利なんだ。


 秒速250メートルをほぼ維持しながら、3つの弾丸は女とワルツを踊る。彼女の防弾加工された足すらも自らの反射に利用して、先に踊りつかれるのはどちらの方か。我慢ができないのは僕の方だ。そろそろ射殺させてほしい。


 僕は女の足を撃った。正確には駆動部位のアクチュエーターに最後の弾をめり込ませた。


 途端、壊れた人形みたいにその場にくずおれた女に、3発の弾丸が刺さる。悲鳴一つ上げないのはどうか。頭と心臓と内臓に当たるように調整したのに、1つは弾かれ、2つは貫通したのに女は生きている。頭と心臓を撃ったのに、死ぬ気配がない。


「化け物」


「どっちが」


 綺麗に射殺できなかったことが悔しくて、漏れた呟きに女が反応する。女は片足で器用に立ち上がると、血反吐を吐きながらベランダに出ていこうとする。


「あまり動かない方がいいよ」


 失血死するならここで死んでくれ。僕が射殺で死んでいくの見たさにそれを言うと、女は中指を突き立てた。そのまま、ベランダから上半身を投げ落とし、夜の闇に消えていく。


 僕は死体だらけの部屋でソファに座り、目を瞑った。遠くでサイレンが鳴っていた。

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