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13 hands  作者: さんどまん
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copper 1



 小学生の頃、将来の夢というお題で作文を書いた。


 僕の夢は「警察官」だった。ちょうどその日が出席番号だった僕は、クラスのみんなの前に立ち、朗読した。


 僕は読むのに夢中で、だんだんとクラスがざわつき始めているのに気が付かなかった。やがて、ざわつきはクスクス言う笑い声に変わった。


「だから、悪い人たちをたくさん■■したいです。―――おわり」


 当時、どんな理由でこの作文を書いたのか覚えていない。ただ、この時の気持ちだけは今でも本当に思っている。


 思っている。思いすぎて、日常生活に支障が出るほどだ。


 読み終えて、顔を向けると先生は無表情になっていた。思えば、それが初めて見るオトナの表情だった。子供向けに調整されていない、大人の顔だった。


 僕が次の指示をまって顔を見つめていると、先生ははっとなり、ぱちぱちと拍手をした。教室がなげやりな拍手に包まれた。


「ちょっと個性的な将来の夢でしたねえ。みんな、拍手~!」


「ソウマやべ~」「こわ~い」などと笑い声がかかる。


 それで僕は自分の発表した夢が、冗談と捉えられていることを知った。卑しい子供だった僕は先生の顔色と周囲の反応から自分の思想があまり一般的じゃないことを理解した。


 幸いにして、僕は模範的な子供だった。


 一〇〇回のうち九九回が正常であれば一回の異常性は見逃してもらえる。僕は、もう二度と間違えないように、自分の思いを心臓の奥にしまい込み、鍵をかけた。親にも信頼する兄にも、この想いを伝えることはなかった。


 だというのに。


 大学在学中、一度だけ。


 気を許した女の子に僕の考えていることを伝えてしまったことがあった。


「小学生の頃、そんな事があってね」


「……」


 史学部だった彼女は、歴史の中で起こった異常行為に照らし合わせて、なるべく、理性的に、僕の思想が現代的でないことを教えてくれた。喋りながらも彼女の瞳孔が少しずつ大きくなっていくのを僕は眺めていた。


 生体学の講義の内容――瞳孔の収縮の理由、光、興味、強い恐怖……。


「待って。なにか怖がってる?」


 冗談っぽく笑って手を取ろうとすると、彼女は震えた。


「そんなことないよ」と彼女はさらに冗談めかして、僕の部屋を見回した。それは犯罪心理学で学んだ、強いストレスに晒された被害者の行動に似ていた。


 過去に何か、怖い目に遭ったことがあるのかと思った。


 翌週に彼女はサークルを辞め、僕とは自然に疎遠となった。友人たちは僕を慰め、それを肴に飲み会を開いてくれた。


 彼女は先生と同じような感想を僕に抱いたのだと思う。


 僕はまた間違えてしまった。一〇〇回のうち、二回目の異常性を示してしまった。


 次はもうない。



 大学を卒業して、僕は警察官になった。


 昔から勉強するのは嫌いじゃなかったし、模範的な役目を演じるのは得意だった。


 人は、望むものの近くにいようとする傾向があるようで、僕は警察学校に入ったその日に貸与された「それ」を愛撫した。


 引き金を引く時のカチリ、という音を聞くと頭がスッキリして嫌なことを忘れられた。リボルバーを回していると、自分の心拍数が上がり集中できた。仕事中は発砲音を録音したものをノイズキャンセル付きのイヤホンで垂れ流していた。


 はじめてのボーナスで釘打ち機を購入した。


 届いたその日の夜に、誰もいない深夜の公園で試し打ちをした。発射する時の引き金の抵抗が心地よくて眩暈がしそうだった。


 平日の深夜になると、出歩くのが僕の習慣になった。一度だけ巡回中の警察官に職務質問を受けたが、同業だと分かると事なきを得た。立場というのは大事だ。特に僕のような奴にとっては。


「近場で何度も」は人の注意を引く。


 僕は遠征と称して、夜中のドライブをするようになった。


 他県の公園や人気のない所に行っては、釘打ち機を好きなだけ撃った。柔らかい土に、草や木に。いよいよ我慢できなくなってきて僕はぬいぐるみを購入するようになった。Amazonで大量に届いたぬいぐるみを中古のレクサスの後部座席に乗せて、深夜に県をまたぐ日が続いた。


「ふう」


 連射された釘で頭をずたずたにされたぬいぐるみを拾い上げ、小さいプラスチックの箒で辺りを掃除していた。糸1つ残さないように、慎重に。


 綿をゴミ袋に詰めている瞬間は、いつも後悔に襲われる。今年で二十五にもなる良いオトナが平日の深夜に何をやっているんだ、と。


 周囲の清掃が終わると、僕は立ち上がった。いつでも終わった後の時間は心地よい気怠さでいっぱいだった。欲を言うなら、このまま眠ってしまいたかった。


 つまり気が緩んでいたんだろう。僕は一部始終を見られていた。


「こんばんは」


 その老人は燕尾服に茶色いカーディガンを羽織っていた。整えられた白い髭と穏やかな表情を見て、すぐさま通報するような人ではないだろう、と僕は安心した。


 そして、リボルバーを回すみたいに、頭の中で用意しておいた言い訳をくるくると吟味する。


『サバイバルゲームの練習で』

『僕を捨てた恋人の持ち物を破壊したかったんです』

『工具の開発部に勤めていて、性能のチェックを』


 相手の年齢や風体から、どれが最も納得してもらえるか考える。くるくる、くるくると。


「すみません。仕事のストレスを発散したくて」


 僕の口から出た答えは、思ったよりも正直なものだった。


 老人から説教を引き出そうとしたのかもしれない。若いうちは色々あるさ、みたいな返事をもらい、少し愚痴を聞いてもらって、二度とこの辺りには来ない。それで解決するはずだった。


「心臓の位置を正確に捉えている。こちらは脳幹だな。生命の弱点を摘み取る才能だ」


 老人は、しげしげとぬいぐるみを眺める。


 その動作があまりにも緊張感がなくて、僕は舌がもつれそうになった。まるで日常会話みたいだ。


「いたぶる趣味もない。結構なことだ。ロールプレイであっても、すでに命を失ったものを撃つことに意味を感じないだろう。過剰な連射は私のような突然の訪問者に対する擬態だろうか」


 独り言のようにぶつぶつと僕の行動を分析する老人に、背中から汗が吹き出た。


 迂回している。


 坂道をうろうろとめぐる自転車のように、この老人はゆっくりと、正確に僕を理解しようとしている。行動を言語化された喜悦があり、それを理解される恐怖が勝った。


 生まれて初めて、保身のために人を殺さなくては、と思った。


 この老人に全て理解される前に、この老人に僕という化け物を理解される前に、釘打ち機を向けて、今すぐに。


「戒めなさい」


 老人は呟いた。


『それは本当に、目撃者を消すための行為かな?』


『君はいま、自分が本当に望んでいることをやろうとしているだけではないか?』


 うううううううう。


 撃ちたい撃ちたい撃ちたい撃ちたい撃ちたい撃ちたい撃ちたい撃ちたい撃ちたい撃ちたい撃ちたい撃ちたい撃ちたい撃ち殺したい撃ち殺したい撃ち殺したい撃ち殺したい撃ち殺したい撃ち殺したい撃ち殺したい撃ち殺したい撃ち殺したい撃ち殺したい撃ち殺したい撃ち殺したい撃ち殺したい射殺したい射殺したい射殺したい射殺したい射殺したい射殺したい射殺したい射殺したい射殺したい射殺したい射殺したい射殺したい射殺したい。


 僕は泣きながら、引き金にかかった指を上向きにへし折った。



 気が付くと、老人はいなくなっていた。


 僕は折れた指をテーピングしてからいつものようにぬいぐるみをゴミ袋に入れた。それから鼻をかんで、ティッシュをゴミ箱に捨ててから車に戻った。


 明日も仕事だった。


 翌月になってから、僕は平日深夜の楽しみを減らした。いつのまにか頻度が上がっていることに気づいていなかった。公務員向けのケアサポートに連絡して、メンタルヘルスのクリニックを紹介してもらった。

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