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死に戻りのマヤ  作者: あさむら咲


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4/4

5周目、そして終わり

 マヤは静かに目を開けた。見慣れた天井。自宅のベッドだ。隣を見れば、真也が寝ている。

 また戻った…

 マヤは真也を起こさないようにベッドをそっと抜け出した。心の整理がつかず、真也と向き合うのが怖かった。朝食を準備し、部屋を片付け、8時に真也を起こす。真也と話さなくてはいけないことは山ほどあるように思う。だが、実際に口に出そうとすると、何を言えばいいのか分からなくなってしまい言葉が出ない。

 それに、どうせ何を話したところで、真也が私を殺すことは変わらない…もう4回も殺されたのだ。

 マヤは真也と話し合おうとするのをやめた。真也の「マヤにできることなんて何もない」という言葉を、それを口にしたときの真也の顔を思い出すと、分かり合えることなんて何もないだろうと思った。真也とマヤは年齢が11歳離れていたから、多少の子ども扱いは仕方ないと思っていた。でも、あんなに見下されていたのかと思うと、悲しいやら、悔しいやら、色々な感情が湧いてくる。最後に残ったのは怒りだった。


 努めて普通に振る舞い、真也を出張へと送り出した後、書類関係をまとめて放り込んである段ボール箱を押入れから出してきた。

 確か、ここに保険の契約書を入れたはず…

 段ボールの中の紙の山をかき分けて探すが、それっぽいものは見当たらない。仕方ないので、1枚1枚箱から出して確認していく。結婚式の見積書やマンションの不動産売買契約書が入った分厚いファイルなどが出てきて、図らずもこの1年間の結婚生活を思い出す作業となる。箱の紙が半分くらいになったところで、保険証書が入ったファイルを見つけた。死亡保証の欄に1000万円の記載がある。受取人は真也だ。

 あぁ、そうだ。1000万円の保険に入ったんだった…

 今の今まで、自分がどういう保険に入ったのかも失念していた。母が「専業主婦なのにそんな高額の保険に入るの?」と驚いていたのを思い出す。真也と付き合いがあるという保険屋さんがマンションに来て、その場で契約した。北海道から東京に引っ越してきて、結婚式を挙げ、マンションを購入して、家具・家電を揃えて、新居の内装を考えてと人生の大きなイベントが次々と起こり、もう何が何だか分からなくなっていた時期だ。少し立ち止まりたかったが、真也はどんどん進めていってしまうし、しかも仕事が忙しい真也は最初のとっかかりを作るだけで「あとはマヤちゃんに任すね」と丸投げにされるので、マヤはパニック状態だった。

 初めて契約書類をじっくりと読む。母が言う通り、無職のマヤがこんな高額の死亡保険に入る必要性があったのか疑問に思う。掛け金だって上がるのに、日々の生活では締まり屋の真也がこの保険を選んだのが不思議だ。

 最初から、私を殺すつもりだったのかしら…

 マヤの目に涙がにじむ。悲しみの涙ではない。これは悔し涙だ。しばらく書類を手にその場に座っていたが、床に散らばっている書類たちを再び段ボールに放り込むと、立ち上がった。

「殺してやる」

 マヤは呟いた。都合よく利用されて殺されるなんてまっぴらだ!逆に殺してやる!そう決意した。

 しかし、どうすれば…

 分からないことだらけだったこの一年、何かあればとにかくインターネットで検索して凌いできたが、夫の殺し方がネットに紹介されているとは思えない。

 それに、後で警察に調べられたときに、そういう検索履歴があったら疑われてしまう…そう、警察にバレないようにしないといけないから…

 マヤは前々回にインターネットカフェで読んだ漫画を思い出す。死体が見つからなければ殺人事件にはならないというセリフがあった。

 出張の予定を立てたときから私を殺す可能性を考慮していたのなら、真也はアリバイ工作をして帰ってきているはず…出張先にいることを証明できるようにしているのだろう。それを逆手に取ればいいのだ。死体さえ見つからなければ、出張先で失踪したことになる。多少の粗があっても、捜査がなければその粗を見つけられることはない。

 マヤは漫画で得た知識を総動員して考える。やがて良いアイディアが浮かんだ。様々なピースがピタッとハマる感じ。私は天才かもしれないと、一人ほくそ笑む。

 マヤは外に出て、玄関ドアの隣の物置から巨大なクーラーボックスを出した。半年程前、真也が仕事関係者を招いて釣りイベントを催したときに購入したものだ。漁船をレンタルして本格的な海釣りをし、無人島で釣ったばかりの魚でバーベキューをした。生きた魚に触れるのも初めてのマヤだったが、スマホで動画を見ながら大量の魚を必死の思いで捌いたものだ。一体何のためにこんな辛い思いをしなければならないのかとあのときは思ったが、今このときのためだったのだろう。

 これ、他で使う予定もないし大きくて場所をとって邪魔だから捨てたかったのだけど、ものすごく高かったからもったいなくて残してたのよね…まさか、こんなところで役に立つなんて。

 クーラーボックスの中には、魚の匂い対策に用意した専用の防臭袋も残っていた。また、車輪が付いているので転がして運ぶことができる。これならば中にどんな重いものが入っていても、簡単に移動させることができるだろう。

 死体の保管場所に、なんてお誂え向きなの。

 マヤはクーラーボックスをキッチンに運ぶと、ニンマリと笑った。そして、コンロ脇の引き出しから、布巾に包まれた刃渡り30cmほどのプロ仕様の出刃包丁を取り出す。これも海釣りの日のために購入したものだ。大きすぎて包丁差しに入らないので、引き出しにしまい込んでいた。

 これも、普段使いできないし必要ないと思ったけど、高かったから残していたのよね。残しておくものね。

 包丁で突き刺すと、自分の手も刃で大怪我をすると漫画に描いてあったから、使い古したタオルを持ってきて柄側の刃を厚く包むように巻きつける。

 あとは、そうね…普通に対峙したら私が負けるに決まっているから、何か工夫しないと…

 マヤは玄関とそれに続く廊下の電球を外した。また、廊下の先のリビングドアのガラス部分に段ボールを貼り付けた。寝室やリビングなどの廊下に面したドアを全て閉めると、玄関と廊下に差し込む光が無くなり真っ暗になる。思った以上の暗さに、マヤは満足する。これなら外から帰ってきたばかりの真也には何も見えない。自身は暗闇に目を慣らしておけば、一瞬の隙くらいは作れるだろう。これも漫画から得た知識だった。前々回にあの漫画を読んだことも、このときのためだったのだろう。


 午後11時に、マヤは家中の灯りを消し、カーテンを閉めて、玄関ドアの前に出刃包丁を持って座り込んだ。玄関はマヤが狙った通り真っ暗闇だ。いくら目が慣れたとはいえ何かをするには暗すぎる。何もすることのないマヤは落ち着かない気持ちを持て余していた。時間の進みが遅く、もう2時間は座り込んでいるように思えるが、真也は一向に帰ってこない。

 落ち着いて…大丈夫、きっと上手くいく…

 何度も何度もそう自分に言い聞かす。3時間は経ったかと思う頃、玄関の外から人の足音が聞こえた。

 きたっ

 マヤの心臓が跳ねる。

 ピンポーン

 インターホンが鳴らされた。マヤは数回深呼吸をして気持ちを鎮めてから立ち上がると、鍵を開ける。カチャっと思いの外大きな音がした。そして、ドアを薄く開けるとすぐに閉めて、玄関脇のシューズクロークの扉の影に身を潜めた。

「マヤ?なんでドアを閉めたの?」

 真也が戸惑いつつ自分でドアを開けて入ってくる。バタン。ドアが閉まる音がした。

「うわっ、真っ暗じゃないか。なんで電気を消しているの?」

 真也が手探りで玄関を進んで廊下の電灯のスイッチを押すが、マヤが昼間に電球を外したから当然灯りはつかない。

「あれ?電気切れてる…」

 真也がそう言ったのと、マヤが横から真也の脇腹に思い切り出刃包丁を突き刺したのが同時だった。体重をかけると刃渡り30cmの包丁が深々と真也の体内にめり込む。

「…え?」

 真也は何が起こったか分からないようだった。マヤは包丁を引き抜いて、真也から少し離れる。真也が傷口を手で押さえるのが見える。その手を濡らす血の感触で、自分が刺されたのを理解したようだ

「お前、誰だ…」

 真也が刺された方向へと手を伸ばす。マヤがその手を避けると、真也はよろめいて床に倒れ込んだ。

「…ぐぅ…」

 真也の口からくぐもった呻き声が漏れる。床に血が広がっていく。真也はまだ生きているが、この出血量で助かるとは思えない。マヤは真也をそのままにリビングへと移動し、ドアにもたれて座り込んだ。死後硬直が始まる前に死体をクーラーボックスに入れないといけなかったが、空が白みはじめてカーテンから薄く光が差し込むようになっても、その場に座り込み続けていた。

 マヤは気づいていなかったが、リビングへと向かう途中で小さな箱を蹴飛ばしていた。箱は壁に当たり、中身が溢れ落ちた。血溜まりの中に落ちたそれはピンクゴールドの指輪で、内側には「1st Anniv. S to M」と刻印されていた。


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