4周目
そして、マヤは再び自宅のベッドで飛び起きた
はぁっ…はぁっ…はぁっ…
「どうしたの?マヤ…」
マヤの隣で真也が眠そうな声を出す。
「真也!よかった、無事で…」
「…寝ぼけてるの?」
真也が体を起こし、不審そうにマヤを見る。
「ううん…あ、いや、そうなの、変な夢を見たの」
マヤは慌てて笑顔を繕う。
「昨日も遅かったんでしょ。まだ寝ていて。8時に起こしにくるね」
「ああ、ありがとう」
真也は巻き込まない。そう決心して、マヤはキッチンへと向かった。
真也には何も言わずに出張へと送り出した後、家の掃除や買い物をすます。なるべく最初の日と同じように過ごすよう心がけた。そして、夜の9時頃に家を出て、駅前のインターネットカフェに来た。
前回、ここにアイツは来なかった…ここにいれば、大丈夫だろう…
そう考えると、マヤの緊張がほぐれる。リクライニングチェアに深くもたれて目を閉じると、そのままウトウトとしてしまった。目を覚ますと、0時少し前だった。
そろそろアイツがインターホンを鳴らす頃ね…アイツは一体誰なんだろう…殺されるほど恨まれる覚えはないわよ。
実際、心当たりは全くない。遠距離恋愛だった真也と1年前に結婚して、勤めていたカフェを辞めて北海道から東京へと引っ越してきた。人見知りのマヤには、1年経った現在も挨拶や世間話をする程度の知り合いしかいない。どの人とも、恨みを買うほど深い付き合いはしていない。マヤは別の切り口から考える。
犯人は何故鍵を持っているのだろう?ウチの鍵を持っているのは、私と真也だけ…どこかで合鍵を作られたのだろうか?
SNSにあげた写真に写った鍵から合鍵を作れるというニュースをテレビで見たのを思い出す。マヤはSNSをしていないが、真也はヘビーユーザーだ。家の中で撮った写真や、近所の写真、マヤが写り込んだ写真なども投稿している。個人情報が漏れそうな写真の投稿はやめてほしいと、結婚して間もない頃にやんわりと伝えたのだが、自意識過剰だと笑われて取り合ってもらえなかった。「会社を経営していると、こういう社会とのつながりが大事なんだよ」。そう言われると、専業主婦のマヤにはそれ以上強く言うことができなかった。
真也はいつでも何でも写真に撮ってはネットにあげていたから、鍵が写り込んでいる写真があったのかもしれないわね…
そこでハタと気がついたことがあった。
でも、犯人は最初インターホンを鳴らすのよね。鍵を持っているのに、何故最初から使わないのかしら?インターホンをわざわざ鳴らして私を起こす理由は何?私が起きていない方が殺すのには都合が良さそうなのに…犯人は鍵を使いたくなかった…鍵を持っていることを知られたくない?
ブブブブブ
バイブレーションモードにしてあるスマホが振動した。真也からの着信だ。周りの迷惑にならないよう着信を切る。時計を見れば前回と同じく0時5分過ぎ。
この電話は何だろう?
マヤは疑問に思う。
前回は、私が出張に行かないでほしいと朝に話したから、真也は帰ってきてくれた。そして、家に私がいなかったから、心配して電話をくれた。でも、今回、私は真也に何も話していないのに…
心の中に黒い霧が広がっていくのを感じる。ザワザワする気持ちを押し殺し、通話スペースに移動して電話を掛け直す。今回も真也はすぐに出た。
「もしもし?こんな時間に電話なんて、どうしたの?」
「あぁ、良かった。元気そうだね。いや、家にいないからどうしたのかと思って。電話してみたら切られるし…心配したよ」
「どうして、家にいないと分かったの?」
マヤは心の霧が一段と濃くなるのを感じる。ねぇ、何か変じゃない?…心の声が警告する。
「明日のプレゼンに必要な資料を忘れてしまって、取りに帰ってきたんだよ。これがないと、まとまるものもまとまらないからね」
「…」
「マヤ?」
前回はそんなこと言っていなかった…その前もその前も、真也はこの時間に帰って来なかった。私が違う行動をとることで、異なる会話や出来事が生じることはこれまでにもあった。でも今回は…今回は何が違って、真也は資料を忘れたのだろう?
「ねぇ、マヤ、今どこにいるの?」
「え…その…」
心の声が居場所を教えることをためらわせる。マヤが言い淀むと
「言えないような所なの?」
真也の口調が少しキツくなる。真也のこの詰問調の声音を聞くと、マヤはいつも落ち着かなくなり、逆らうのが難しくなってしまう。
「ううん、そんなことない…あの…えーと…」
「どこにいるの?」
真也の口調が一段とキツくなる。
「…駅前のインターネットカフェ…東口にある…」
うまい誤魔化しを思いつかずマヤは正直に答えた。
「なんで、そんなところに?」
「その…一人で家にいたら、怖くなってしまって…人がいるところに来たの…」
「まったく、マヤは。本当に子供なんだから」
真也の口調が和らぐ。いつもの優しい真也だ。
「仕事に戻る前に、少し会いたいな。ちょっと出てきてよ。そうだな、駅の東口にあるさくら公園で待ち合わせよう」
マヤはさくら公園へと向かっていた。気分が重い。
ねぇ、真也は毎回家に帰ってきていたんじゃないの?そう、ちょうど0時に、家に帰ってきていたんじゃない?
心の声が問いかける。
鍵を持っているのにインターホンを鳴らすアイツ。鍵を持っていることを知られたくない…つまり、こっそり合鍵を作ったのではなく、鍵を持っているのが当然の人間なんじゃない?
鍵を持っているのは、私と真也だけ…そこまで考えて、マヤは頭を振る。いや、そんなはずない、そんなことある訳ない…心に浮かぶ考えを否定する。しかし、心の声がまた囁く。
まっすぐに寝室にやってくるアイツ。アイツは寝室の場所を知っている。SNSにあげた写真くらいで、部屋割りまで分かる?
前回は飛んで公園に向かったマヤだが、今回は足取りが重い。それでも、真也の先ほどの不機嫌そうな声を思い出すと、公園に行かないという選択肢はないように思えた。
だって、まさか、そんなことあるはずない。真也が私を殺す理由なんてないじゃない。それに、今会社が大変なのに…わざわざ戻ってきて私を殺すなんて、そんな暇、真也にはないはず。本当に、どうしても必要な資料を忘れたのよ。
さくら公園では大学生らしいグループが騒いでいた。
前回は、あの人達がいなくなって、ちょっとしてから殺されたのよね。
マヤは公園を見渡す。大学生グループの他に人はいない。自宅マンションからこの公園に来るなら、マヤが今入ってきた入口ではなく、左手にある入口から来るだろう。マヤはその入口を斜めの位置から見ることができる木立の後に身を潜めた。とにかく、本当に真也が来るのかをまず確かめよう。もし真也が来たら、そのときは様子を窺って、それから…それから、どうしよう…
どうするか決めかねている内に大学生グループが公園から去り、人気がなくなって静まりかえる。そのとき、背後で葉っぱを踏む音がした。マヤはハッと振り返る。真也がいた。
「…マヤちゃん、隠れているの?」
マヤが後ずさると、その分真也が前に出る。
「何をそんなに怖がっているの?」
マヤがさらに一歩後ずさる。真也が一歩前に出る。
「気づいちゃったんだね。なんでだろう?不思議だな」
真也がふっと笑う。
「…私を殺すの?」
真也は微笑んだまま、何も答えない。
「どうして?私、何か悪いことした?」
「何もしてないよ」
「じゃあ、なんで…」
「お金がいるんだ」
「会社が大変なのは知っている。そのために真也が今頑張っているのも知っている。明日の支援のお願いがうまくいけばなんとかなるんでしょう?」
「実は、その打ち合わせは今日だったんだ。断られたよ。どこも大変みたいでね」
「え、でも、明日って言ってたじゃない…なんでそんな嘘…」
「まあ、うまくいくかは五分五分だと思っていたよ。だから、うまくいかなかったときのことも考えてたんだ」
「…」
「ほら、結婚したとき、僕と一緒にマヤちゃんも生命保険に入ったでしょう?あのお金があれば、当座はしのげるんだ」
真也はまるで夕飯の相談でもしているかのように、こともなげに言う。マヤは打ちのめされる思いだった。踵を返して走って逃げようとしたが、真也に肩を掴まれ投げ飛ばされる。マヤは傍の木に背中と頭を強く打ち付け、ズルズルと地面にしゃがみこんだ。どこで拾ったのか、真也が大きな岩を手にこちらに歩いてくるのが見える。逃げなくちゃと思うが、先ほど木にぶつけたせいで頭がフラフラする。
「殺さないで…お金だったら、私も一緒に頑張るから…私も…」
「マヤに何ができるの?マヤにできることなんて何もないでしょ。でも、マヤに掛けた保険金なら会社を存続させることができるんだよ。だから、ごめんね」
真也がマヤに微笑みかける。その表情はいつもと何ら変わらない真也だった。マヤは信じられない思いで真也を見つめる。この人にとって私は一体何なのだろう。どれだけ人を馬鹿にすれば、こんなことが言えるのだろう…涙が溢れて止まらない。
「ごめんね、マヤちゃん、さよなら」
真也が岩を振り下ろす。マヤの頭にガンッと衝撃が走った。




