3周目
再び、マヤはベッドで目を覚ました。
はぁっ…はぁっ…はぁっ…
「どうしたの?マヤ…」
飛び起きたマヤの隣で真也が眠そうな声を出す。
「真也!?」
「7 時か…」
真也は枕元の目覚まし時計に手を伸ばし時間を確認すると、もぞもぞと布団を被り直す。
「昨日も夜遅かったんだ…もうちょっと寝かせて」
「そう…そうよね。ごめんなさい。起こしてしまって」
「いや、いいんだ…8時になっても起きてなかったら起こして」
スマホのカレンダーを確認すると、また真也が出張に出掛ける日の朝に戻っている。では、夢から覚めたと思ってからも夢だったということ…?それなら夢で見たことが次々と現実になっていったことに説明がつく。夢の中なら何でも有りだろう。しかし…
「今日の出張は、どうしても泊まりじゃないとダメなの?」
マヤが淹れたギネス級に濃いコーヒーを飲みながらスマホをいじっている真也に、マヤは声をかける。
「んー、明日、朝イチで向こうで打ち合わせだからなぁ」
「家からじゃ間に合わない?」
「うーん…明日のはかなり大事なプレゼンだから…」
真也はスマホをいじるのをやめ、マヤに向き直る。
「…やっぱり怒ってる?」
「え?何を?」
「出張を入れたこと。ごめんね、明日はせっかくの結婚一周年なのに、仕事で一緒に過ごせなくて」
「ううん。ううん」
マヤは慌てて首を振る。
「それはいいの、会社が今大変なのは私も分かっているから。ただ、ちょっと…」
怖い夢を見たから一緒にいてほしいなんて、そんな子供じみたことを言ったら真也に呆れられるだろうと思い、マヤは言葉に詰まる。
「うん?」
「何でもない。仕事がんばってね!」
「ありがとう。ここを乗り切れたら、お祝いしようね。どこに行きたいか考えておいてよ」
「そうね。何か美味しいものを食べに行きたいな」
夜、マヤはインターネットカフェにいた。今日も夢で見たのと同じような出来事が起こり続けた。スポーツニュースで、真也の贔屓チームの逆転さよならホームランを見たとき、恐怖でいたたまれず家を出た。行くアテもなく、かといって家に帰る気にもなれず、たまたま目についた24時間営業のインターネットカフェで朝まで時間を潰すことにしたのだ。
まだ夢の中にいるのかもしれない。一体いつになったら目が覚めるのだろう…
マヤはリクライニングチェアに深くもたれて、ため息をついた。
いや、本当に夢だったらどんなにいいか…全部現実で、同じ日を繰り返しているような気がする…
姪っ子が好きだと言っていた推理漫画をブースに持ち込んで、パラパラと読み進める。とても漫画を読むような気分ではないと思っていたが、気づけば夢中になっていた。今日は一日中真夜中の来訪者が気になって何も手につかなかったが、漫画を読むことで少し頭がスッキリした。スマホを確認すれば、もうすぐ0時になろうかというところだ。アイツは今日もインターホンを鳴らすのだろう。
でも、私がここにいることは誰も知らない。だから、今夜は私を殺すことはできない。そう、後をつけられていたのでもなければ、私がここにいることは知りようがない。アイツが来るのは深夜0時。家を出たのは9時頃だから、見られているはずはない…
ブブブブブ
バイブレーションモードにしてあるスマホが振動した。真也からの着信だ。ブースのパーテーションは低く、ここで話せば声は周囲に筒抜けになってしまう。マヤは着信を一旦切って、通話スペースに移動して電話を掛け直す。真也はすぐに出た。
「どうしたの?」
マヤが問いかけると、
「マヤこそどうしたの?大丈夫なの?」
と真也が心配そうに問う。
「え…大丈夫だけど…なんで?」
「だって、家にいないから。今朝、様子がおかしかったから、ちょっと帰ってきたんだよ。そしたら、家にいないし、電話してみたら切られるし…心配したよ」
「え!?帰ってきたの?明日、大丈夫?」
「うん、まぁ、この後すぐ戻るけどね…マヤがあんなこと言うの珍しかったから。仕事も大切だけど、マヤちゃんはもっと大切だからね」
「真也…」
ずっと心細かったマヤは、真也の言葉に緊張が緩み思わず涙ぐむ。真也なら、一日が繰り返されていることを、今夜殺されることを話しても、ちゃんと聞いてくれるかもしれないと思った。
「泣いてる?やっぱり今日のマヤは少し変だね」
「ねぇ、戻る前に少し会えないかな。今、駅前のインターネットカフェにいるから、駅の近くのどこかで…色々あって、今夜は家にいるのが怖くなってしまって…」
「マヤに会うために帰ってきたんだから、もちろん会いたいけど…じゃあ、今夜は家には戻らないの?」
「うん…ごめん…私、どうしても…」
「いや、いいんだよ。じゃあ、東口のさくら公園で会おうか?」
「うん。ありがとう、真也」
「すぐに行くよ。また後でね」
「うん、待ってる」
真也との電話を切ると、マヤはすぐに公園へと向かった。一刻も早く真也に会いたかった。そして、不安な気持ちを話したかった。
いや、でも、やっぱり、こんな変な話を真也にしたら、仕事の邪魔になるわよね…
大口の取引先の倒産や支払い遅れなどの不運が重なったとかで、真也の会社は資金繰りが急激に悪化したらしい。お金を集めるために、銀行や取引先を回ってお願いを続けているようだが、あまり色良い返事はもらえていないようだ。明日(0時をまわったから、もう今日だが)は長い付き合いのある取引先に支援をお願いするとかで、これを断られるとかなり苦しいんだと真也は言っていた。
2個隣のベンチで騒いでいた大学生らしきグループがどこかに行ってしまうと、公園内は人気がなくなり、しんと静まり返った。マヤは再び心細くなる。
真也、遅いな…
先ほどの電話から30分以上経っている。家から駅までゆっくり歩いても15分くらいだ。もうとっくに着いているはずの時間なのに、どうしたのだろう?電話を掛けようとスマホを取り出し、マヤはふと不安になる。
真也はさっきの電話をどこから掛けてきたのだろう?
家に私がいないから電話をしたと真也は言っていた。
家から掛けた…そう考えるのが自然よね…
鼓動が速くなるのを感じる。
あの電話がきたのは0時過ぎだった。アイツが家に侵入してくる時間のちょっと後…あの電話のとき、アイツも家にいて、電話の会話を聞いていたら…「さくら公園で会おう」と真也が言ったのを聞いていたら、私がここにいることをアイツは知っている…?
逃げなくちゃ。マヤが立ちあがろうとしたとき、頭にガンッと衝撃が走った。マヤは膝から崩れ落ち、地面に倒れる。倒れると同時に、後頭部にもう一度、先ほどよりもさらに強い衝撃が走る。意識が遠のいていく。最期にマヤの脳裏によぎったのは、真也を巻き込んでしまったかもしれないことへの後悔だった。




