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魔法の友情  作者: 雪花
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魔法の友情

「あ~あ、魔法の世界に生まれてたら良かったのになあ」

 机の上に突っ伏して、ため息まじりにそう言ってみる。

 小さい時から、ずっとずっと夢見ていることだ。

 魔法が使えたら、きっと楽しいのに。

 「急だねぇ…」

 ちょっと困ったように琴音が笑いながらこちらを振り返る。と同時に、琴音の鞄から吊り下げられた鈴がチリンと澄んだ音を立てる。

 琴音が持っているのは、…人体化学の本。

 ……琴音って不思議な子だよな、とよく思う。

何を考えているのかよく分からないし、いつでもマイペース。でも、そんなミステリアスな雰囲気も、魔法使いっぽくて私はうらやましい。

 「怜歌はそのままが一番いいよ」

 視線を合わせず、いつものようにのんびりと琴音が言った。

 「うーん、そうかなあ?」

 私はどうもそうは思えない。

 怪奇現象の本をしまいながらふと外を見ると、雲一つないのに霧がかかっているようだった。

じっと見ていると景色がどんどんぼやけていくように見えて、違う世界に引き込まれるような、変な感じがした。

 二人で並んで図書館を出ると、いつものように裏山へ向かった。

裏山は、登るまで少し時間がかかるけれど、町全体を見下ろせて、とても眺めが良い。

滅多に誰も近寄らないから、私たちだけの秘密基地みたいで、登るたびにわくわくする。

私のお気に入りの場所だ。

「…あれ?」

 ところが、なぜか途中で道に迷ってしまった。

今日は珍しく霧が深いとはいっても、何百回と登った山だ。道は全て覚えているはず。

それなのに、この道はとんと見覚えがないのだ。

 「戻ろう。なんか変だよ」

 「うぅん…」

 曖昧な返事。もしかしたら、琴音はこのまま進むつもりなのかもしれない。

 私はあせって、

 「ちょっと、戻ろう?」

 と少し強く言った。

すると、突然風が吹いてきて、私は思わず目をつぶった。

 チリリリン…。

また琴音の鈴が揺れて、ぴりぴりと辺りに音を響かせる。

 風がやむと、ようやく琴音は引き返してくれた。

私はほっとしながら、琴音と一緒に山を降りて、町へ戻った…はずだった。

 「……?」

なぜか町の中心には見覚えのない時計台が立っている。歩いている道も、コンクリートではなくレンガの石畳になっているのだ。

いつもと全く違う景色に、私は混乱した。

 怖くなってきて、そっと琴音に耳打ちしてみた。

 「なんか…町、違わない?」

 そう、ちょうど私がよく読む本に出てくる、魔法の世界みたいな。中世ヨーロッパ風の街並みが続いている。

 琴音がふり返ると、

 「その辺の人に聞いてみたらいいんじゃない?」

 と言って花の手入れをしている女の人の事を指さした。

 なんだろう。私が知っている「人」の雰囲気とどこか違う感じがした。

 私はどきどきしながら、

 「あの、道に迷ってしまったんですけど。王滝町ってどこですか?」

 と訊いた。

 すると、女の人はちょっと考えた後、

 「ごめんなさいね。聞いたことがないわ」

 「……え?」

 聞いたことがない?

 やはり、霧が深すぎて道を間違えてしまったのだろうか。

 …いや、このご時世に、周辺の町のことを知らないなんてある訳がない。

 「じゃあ、ここは…?」

 「あら、知らなかった?ここは、浮田尾村よ」

 浮田尾村…?

聞いたことがない…。

 「でも、地域の事なら、占い師に聞いたほうが早いわ」

 「占い師って…あの、未来とかを予知する人ですか?」

 「ええ。私なんかよりずっと頼りになると思うわよ。私が生まれる前から、ずっとこの村に住んでいるもの」

 その人に占い師の居場所を聞いてお礼を言うと、二人で言われた通り占い師の家を目指した。

 「…ここか」

 私は地図から顔を上げた。

 そこは、村はずれの風変わりなあばら家だった。扉はなく、のれんがかかっていた。

 のれんの模様も変わっていた。植物の蔓のようなものがぐねぐねと渦巻き、その中心には目のような紋章が入っているというもの。

 正直、ちょっと不気味だ。

 「お、おじゃまします」

 おそるおそるのれんをくぐると、シャリンとおしゃれな音が響いた。

 「いらっしゃい」

低い声がして、奥から一人の背の高い男の人が出てきた。

その男の人は、大きくて長いコートを着ていた。フードを深くかぶっているせいで、顔は見えない。

 「私は久留米 カンア。占い師だ。…お前ら、見ない顔だが、何者だ?」

 カンアと名乗ったその人は、水晶玉の前にゆっくりと腰を下ろした。

そして、とがった目を更に細め、全てを見透かすようにじっと見つめてきた。

嘘は許さない、そんな圧倒的なオーラをまとっていた。

 あれ、さっきの女の人は、「私が生まれる前から住んでいる」と言っていた。

 それなのに、なんでこの人しわが無いんだろう。

そんな不気味な占い師に、私はすっかり縮み上がってしまった。

 「あの、裏山に登ってたら、霧が出てきて…」

 自分でも笑ってしまうくらいに小さくて甲高い声で、私はこれまでの事を説明した。

 霧のせいなのか、道に迷ってしまったこと。

 よく分からないまま町に降りたこと。

 女の人に尋ねたら、どうやらここは自分たちが住んでいたところとは違う場所だということ。

 その人が、占い師に聞けばいいと教えてくれたこと。

 「…で、ここに来たんです」

 占い師は、

 「霧…町が違った…」

 何やらブツブツとつぶやきながらしばらく考え込んでいた。

 と、突然口を開くと、

 「これはあくまで私の憶測だが、聞いてくれ。おそらく、お前たちはこの世界の人間ではない」

 「…は?」

 「お前らは、ここが魔法の世界だということを知らないだろう」

 その言葉を聞いた瞬間、思考が止まった。ずっと願っていたこと、夢にまで見たこと。

ここが、ここが…。

 「魔法の世界⁉」

 信じられない気持ちと嬉しさがまじりあって、思わず大きな声を出してしまった。

 「そうだ」

 占い師は事もなげに返事をしたが、私にとっては大事件だ。

 「もしかして私達もここでは魔法って使えるんですか⁉」

 「いや、違う世界から来た者に魔法は使えない」

 まあそうだよね…。残念だ。

 「それでお前らは、元居た世界に帰りたいのか?」

 「はい。帰りたいです」

 魔法の世界に来れたのは嬉しいが、家族と会えないのは嫌だ。

 「よかった」と琴音と私は笑い合った。

 「そうか、それでは説明するぞ」

 占い師の頑なだった表情が、一瞬だけ柔らかくなったような気がした。




 説明を聞き終えて、外に出るともう夕暮れだった。

 「疲れたね~」

 そう言って琴音を振り向くと、

 「うん、そうだね。明日はたくさん歩くから、もう休もうか」

 と言って琴音は笑った。

 少し寂しそうに見えるのは、疲れてるからだろうな。

琴音はマイペースだけど頼りになるから、私は琴音を少しお姉さんみたいに思っている。

 その日は占い師が「今日は遅いから、泊まっていけ」と言ってくれたお金で宿屋に泊まった。



 

 次の日。

 琴音が、

 「この服装だと目立つでしょ」

 と言ったので服を買って着ると、なんだか気分が上がった。

 白いワイシャツに茶色でチェック柄のベスト。黄土色のズボン。

 琴音はTシャツに藤色の短パン、それにフード付きのローブを羽織っている。

 よくあるゲームの冒険者みたいだ。

 だとすると、私が「冒険者」で、琴音は「魔法使い」かな。

 昨日占い師が、「魔法界で他の世界を行き来できる程の魔力・実力を持った魔法使いは、大抵山の奥深くに住んでいるんだ」と地図を見せながら説明してくれた。

 この辺で一番近いところにいる優秀な魔法使いは、その点は例外であるそうで、人里の傍に住んでいるらしい。(地図を見て私は遠いと思ったが)

 占い師にもらった地図によると、ルナという魔女は山を4つ越えた場所に一人で住んでいるらしい。

 「神来社 ルナか…」

 歳は、私より一つ上らしい。

私達が魔法の世界にまぎれ込んだのは、その魔女がなにか意図してやったことだろうとの事だった。

 そして、ルナの家に行くまでの山の中に、障害はたくさんある。それを二人で回避しなければならないのだ。

 「う~ん…」

 私たちは地図を広げて座り込んでいた。

 最初の難問は、深い崖だそうだ。

その崖を越えるには、近くにある洞窟に入り、その中にいるドラゴンに乗って飛んで行くしか方法はないと占い師が言っていた。

 本当に他に方法はないのか、実際に崖に行ってみた。

 「なるほど…」

 当然跳んで越えられる距離ではない。橋もない。橋の代わりになりそうな木も無い。縄も無い。

 どうやらこの辺には全く人が行き来することは無いようだ。

 ということは…。

 「…ドラゴンを起こすしかないね」

 ドラゴンがいるという洞窟は、すぐに見つかった。中からは、ここまで聞こえるほど大きないびきが聞こえてくる。

 琴音は気圧されることもなくさっさと入っていこうとするから、急いで追いかけた。

「琴音、怖くないの?」

 広いせいで、いやに声が響く。

 「んー、お化け屋敷よりはマシ」

 そんなどうでもいいことを琴音が言うので、少し気が抜けた。

 「たしかに」

 二人でくすりと笑いあい、洞窟の奥を目指した。

 やっぱり、琴音は頼りになるな。


 グオオオオーーーーー

 地響きにも近い大きないびきが、洞窟中に鳴っている。

 「これ、どうやって起こすの…?」

 そのドラゴンは、私達の想像をはるかに超える大きさだった。

 「そこにコレ置いてあったけど。なんか使えそうじゃない?」

 そう言った琴音が持っていたのは。

「鏡…?」

何に使うんだろう?考えながらふと上を見あげた瞬間。

 「分かった!琴音、肩車して!」

 洞窟の天井に不自然に開いた穴。そこから差し込んでいる陽光を鏡で跳ね返し、ドラゴンの顔を照らす。

 グルルルル…。

 ドラゴンがゆっくりと目を開けた。

 どうやら起きたようだ。

 『ふああああ…ずいぶん長い間寝ていた気がするな。ん?すまない、客か?何の用だ?』

 ドラゴンがしゃべった‼

 「えっ、しゃべるんですか⁉」

 『え、しゃべったらいけないのか?』

 「す、すみません…」

 『いや…それで、何の用だ?』

 あれ?目を閉じてしゃべってたら人間と勘違いしそう。

 「あの、私達、ルナさんっていう人を訪ねに行くんですけど。崖の向こう側に運んでもらえませんか?」

 ドラゴンは嬉しそうに笑うと、

 『おおそうか、向こう側にな。久々の大仕事だ。喜んでやらせてもらうよ』

 快く引き受けてくれた。

 「笑顔のドラゴンってシュールだな…」

 怒られるよ、琴音。

 ドラゴンの背中は硬そうだと思っていたけど、実際に乗ってみると長い毛がふさふさと生えていて、柔らかかった。

 『では行くぞ』

 バサバサッという音とともに、ふわりと体が宙に浮かぶ感覚がした。

眺めも最高で、私達がこれから目指す山が見えた。その山には私達がここに来た時のように霧がかかっていたけれど、不思議と怖いとは感じなかった。

 『よし、着いたぞ』

 あっという間にドラゴンは着陸すると、そっと私達をおろしてくれた。

 「「ありがとう」」

 琴音と一緒にお礼を言うと、ドラゴンは、

 『いやいや。以前は私に頼ってくれる人が大勢いたが、最近はほとんどいなくなって、退屈していたんだ』

 ドラゴンは少し寂しそうに見えた。でもすぐにまた笑顔になって、

『久しぶりに仕事ができて、楽しかったよ。しっかり毎朝起きるようにするから、今度は遊びに来ておくれ』

 「もちろん!」

 私ではなく琴音が強く答えていた。

 紳士的なドラゴンに見送られて、私達はまた歩き始めた。

 二つ目の山の中腹辺りに来ると、日が暮れてきた。

木が生えていない広場のような場所があったので、今夜はそこで野宿することになった。

 琴音が火を起こしてくれた焚き火の前に、私は琴音と向かい合って座った。

 パチパチと炎の爆ぜる音を聞いていると、気分が落ち着いた。

 「優しいドラゴンだったね」

 琴音は返事はせずに静かに微笑んだ。

そして考え込むような口調で、私にとって予想外の質問を投げかけてきた。

 「…怜歌はさ、私がこの世界から戻らないって言ったら、どう思う?」

 「え⁉一緒に帰るんじゃないの?」

 「もしも、だよ。もし、私が、一緒に帰らないって言ったら、どう?」

 もう一度ゆっくりと繰り返した。

 琴音が何を言っているのか、理解できなかった。

 どういう意味なんだろう。

 「私は…嫌だよ。琴音と一緒に帰りたい。ねえ、琴音…一緒に帰るんだよね?」

 そんな事、想像もしなかった。もし、琴音がいなくなってしまったら、なんて…。

 「…ううん、ごめん、聞かなかったことにして」

 それっきり琴音は黙って夜空を見上げていた。

 それに倣って私も星空を見上げた。きらきらと宝石のように輝く星が、暗い空によく映える。

 …琴音と一緒にいられるのも、永遠ではない。

 そう思うと、今の時間がとても大切で、この星空のように輝いて見えた。

 

 また次の日。

 二つ目の山を越えた辺りから雨が降り出した。

 「えーっと、この山には水の妖精が住んでいるらしいよ」

 琴音が地図を見ながら教えてくれた。

 「へえー、見てみたいなあ」

 二人で頭を寄せ合って地図をのぞき込むと、どうやら妖精は「雨の谷」という場所に住んでいるらしい。

 「行ってみる?」

 ということで、雨の谷に行くことになった。

 「わあー、すごいね!」

 どうやらここには、水の妖精が住んでいることで、年中雨が降っているらしい。草花が気持ちよさそうに濡れていた。

 「おやっ、こんにちは、どちらさまね?」

 かわいらしい声がした方を向くと、透き通った蝶のような翅を背中につけた小さな女の子が、ふわふわと浮かんでいた。

 「まあ、人間のお客様なんて珍しいね。お友達になってくれるね?」

 私はてっきり妖精は皆、気取っているんだと思っていたが、その子はとてもフレンドリーだった。

 「うん!私は怜歌。よろしくね!」

 「あたしレオナ。「れ」仲間なのね!」

 レオナは雨の谷を案内してくれた。

 「あそこがあたしの家。あそこが虹の湖。あたしの一番のお気に入りなのね」

 レオナのお気に入りだという虹の湖で一休みすることになった。

 虹の湖は、天気雨が降ることが多いらしい。そのため、湖に日光と雨とが反射して、幻想的な雰囲気を作り出すんだそうだ。

 「よし、じゃあ次に行くのね」

 そう言って、レオナはすうっと空中に浮かんだ。

 「レオナは空を飛べるんだね。いいなあ」

 「?人間も飛べるはずなのね。箒に乗って」

 「私達は別の世界から来たから、、飛べないんだよ…」

 レオナはなるほどという顔をして、

 「そうだったのね…じゃあルナさんのところに行くのね?」

 頷きながらレオナが真っ先に答えてくれた。

 「ええっ、ルナって人に会ったことあるの?」

 レオナは残念そうに首を横にふった。

 「会ったことはないのね。あたしもルナさんの事はお兄ちゃんに聞いただけなのね」

 「大丈夫!きっとまた来てくれるよ。ところでルナさんってどんな人なのか知ってる?」

 そう言った瞬間に、レオナは曇り空が晴れるようにぱあっと笑顔になった。

 「それはお兄ちゃんに聞いたのね!お兄ちゃんが翅を怪我したときに治してもらったって言ってたのね。きっとすごく優しいのね!」

 それを聞いて琴音は、少し照れくさそうに

 「そっか…」

 とつぶやいていた。

 「でも、ルナさんの住んでる山は夜になると危ないのね。だからこの谷には、こんな詩があるのね」

 そう言うとレオナは息を吸い込んだ。


 はるかかなたのそのまた向こう

 山の中には魔女がいる

 昔々から住んでいる

 どんな時にも忘れるな

 我らは恩を返さにゃならぬ

 何があっても忘れるな

 暗い夜には近づくな

 深い霧には気を付けろ

 のまれてしまわぬようにせよ


 「…変わった詩だね。どんな意味なの?」

 節回しも妙だし、何より「のまれてしまわぬように」ってどういう意味なんだろう。

 「なんかね、ばあさまに聞いたんだけど、大昔にルナさんのご先祖様の魔女があたし達のご先祖様が助けてくださったそうなのね。妖精の一族は仁義に厳しいから、一度受けた恩は絶対に忘れたらだめなのね」

 そうか…。世代を超えて恩を大切にしてくれるんだ。

 「すごいね…」

 「そう?ありがとうなのね!」

 「ところで、『深い霧には気を付けろ』ってどういう意味?」

 「あ…それは、ばあさまも知らないらしいのね。でも、『霧』は多分あの山の事なのね」

 レオナが指さした方向は、ちょうど私達が目指している山だった。

 「明日が『暗い夜』だから、一か月で一番霧が深くなる日なのね。その前の日だから、今日はあたしたち妖精の間では『有明の夜』って呼ぶのね」

 今まで見た中で一番濃い霧がかかっていた。

 「だから、怜歌たちも気を付けた方がいいのね」

 「そうなんだ…」

 「…今日はここに泊まっていくと良いのね。人間用の屋敷を貸すのね」

 そう言ってレオナが案内してくれたのは、綺麗な小屋だった。暖炉で火が燃えているのを見て、すっかり体が冷えていることに気付いた。

 暖炉で体を温めながら、私はさっきからずっと黙ったままの琴音に話しかけた。

 「霧が深い時には近づくなってどういう意味だろう?そんなに危険な山なのかな?」

 琴音はちょっと首を傾げただけだった。

 窓の外を見ると、雲の切れ間から一瞬だけ逆三日月が見えた。


 またまた次の日。

 「おはようなのね、怜歌!琴音!」

 バーンと勢いよく扉が開くのと同時に、騒々しい声が頭をつらぬく。

 「おはよう、レオナ。朝から元気だねえ」

 琴音が眠そうに返事をした。

 「今日、あの山を登るのね?お見送りするのね!」

 「ありがとう。元気出るよ」

 「うん!支度も手伝うのね!」

 そうしてレオナに見送られ、私達は山を登り始めた。

 山を登り始めると、どんどん道が険しくなり、霧も濃くなってきた。ほとんど前が見えない。

 怖くなってくると、突然あの歌を思い出した。

 ーのまれてしまわぬようにせよー

 それを思い出すと、背筋が寒くなった。

 琴音の足音は聞こえるけれど、霧が濃すぎるせいで姿は見えない。

 でもここまで来て「引き返したい」なんて言えない。

 それでも恐怖はひしひしと大きくなる。今に、琴音は霧の中にのまれてしまうのではないだろうか?永遠に会えなくなってしまうのではないだろうか?

 そもそも、この足音も幻覚なのかもしれない。

 「琴音?いる?」

 不安になって手を伸ばすと、

 「いるよー」

 琴音はしっかり手を握ってくれた。温かい手だった。

 「琴音、『のまれてしまう』って本当かな?ルナさんだったら知ってるかな?」

 「…大丈夫だよ、きっと」

 珍しくはっきりと返事をしてくれた。

 自分でもよく分からないけど、なんだか少し、違和感が残った。


 「あっ‼」

 足元の石が崩れて、危うく落ちそうになる。

 「気を付けて」

 琴音が腕をつかんでくれたおかげで落ちないですんだ。

 「よいしょ!」

 やっと二人で座れるくらいのくぼみに着いて、今登って来たところを見下ろしてみた。のぞくだけで足がすくんでしまいそうなくらい急だ。

 「よくこんなところ登って来れたね…」

 「こうするしかなかったからね」

 ちょっと休憩してから、私たちはまた歩き始めた。

 ヒュウウウー

 冷たい風が恐怖をあおるように容赦なく吹き付ける。緊張で冷え切った手を必死でのばして崖の出っ張りをつかむ。

 命綱もないから、足を踏み外したら終わり。

 死と隣り合わせだという事を全身で感じる。怖すぎて気分が悪いくらいだ。

 最後の力を振り絞って体を持ち上げると、そこにはもう、霧はかかっていなかった。

 なだらかな坂を上ると、一軒の小さな家があった。

 その家に向かって、日の光が柔らかく差し込んでいた。

 「ここが…」

 魔女、神来社 ルナの家…。

 レンガでできていて、扉にはユリのステンドグラスがはめ込まれていた。

 ああ、もうすぐ帰れるんだ。

 「やったね!」

 そう言って琴音を振り返ると、琴音は少し寂しそうな表情をしていた。

 「琴音…?」

 琴音は、ゆっくりとルナの家に近づいて行った。

 「…懐かしいな」

 琴音はそう呟きながら、なにやら鍵を取り出した。

 それを琴音が扉の鍵穴に差し込む。

カチリ、と。

 微かに。本当に微かに、音がした。

 静かに琴音が扉を引く。

 キイ、と頼りない音であっけなく扉は開いた。

 何で、琴音は「懐かしい」と言ったのだろう?

何で、琴音がルナの家の鍵を持っているのだろう?

…ううん、分かってた。

私が目をそらして、知らないふりをしてただけだ。

 だけど、それでも。声を押し殺しながら、私は口を開いた。

 「ルナ、なんだね?琴音は」

 琴音はいつものように黙ったまま頷いた。

 違うって言ってほしかった、と思いたくもないのに思ってしまう。

 「ずっとだましててごめんね。私は…こっちの世界の人間なんだ」

 「うん」

 「私と怜歌は、住んでる世界が違う」

 「…うん」

 「だから…本当は、私はこの世界にいなきゃいけないの」

 「…………」

 ルナが何を言っているのか、分かりたくないのに分かってしまう。「そんなこと知らない」って、「一緒に帰ろう」って、言えたらよかったのに。

 「…ごめんね」

 遠くを見つめるようにもう一度誤ったルナは、言葉を続けた。

 「私はね、ずっと一人暮らししてたんだ。寂しくて、時々、村に行ってみたりしてたんだけど…みんなよそよそしくて。段々村にも行きにくくなっちゃって。…怜歌がいる世界に行ったのも、私が逃げたかったからなんだよね。それで、怜歌がいる学校に行くことにした」

 …琴音が私の通っていた小学校に来た日を、今も覚えている。

 私が小学二年生の時だった。

 友達になりたくて、毎日話しかけた。

 初めて琴音から「一緒に遊ぼう」って言ってくれた時、本当に嬉しかった。

 いつからか、私たちはいつでも一緒にいるようになった。

 琴音との思い出が、次々によみがえってきて、喉の奥が熱くなった。

 「五年間…か」

 ルナも今、きっと同じようなことを考えてるんだろう。

 「友達って怜歌が言ってくれて、…嬉しかった」

 帰りたい。だけど、琴音と一緒でないのが辛い。

 「…また、」

 言葉がつかえて出てこない。

私は、必死で声を絞り出した。

 「また、会える?」

 いつものように目をそらしたりしないで、ルナはまっすぐに私の目を見ていた。

 「うん、きっと。いつになるかは分からないけど、絶対に会いに行く。絶対」

 私たちは、指切りをした。小指の先が痛くなるほど、きつくきつく。

 ひょっとしたら、私たちは今あった出来事を忘れてしまうかもしれない。

 大人になった時に、どうでもいいことだと思ってしまうかもしれない。

 だとしても、「今」はなくならない。

 大切な「親友」との約束として、私の思い出の宝箱の中に残る。

 たとえその箱を覗くことがなかったとしても、きっと私の心の支えになるはずだ。

 そう、確信した。

 ルナが描いてくれた魔法陣に手を入れると、魔法陣が金色に光り始めた。

光りはどんどん大きくなって、私の体を包み込んだ。

その光りのずっと遠くに、私の町が見えた。

 何だかとてもほっとした。

 「怜歌」

 ルナの声が聞こえた。

 「今まで一緒にいてくれて、…ありがとう」

 慌てて振り向いても、ルナはいない。

 と、どこからか、数滴の雫が零れてきた。

その雫の一つは私の顔にあたり、はじけた。

 きらきらと輝くそれを見ると、なぜだかルナの泣いている声が聞こえたような気がして、ふいに目が熱くなった。

 そして、次第に意識が薄れていった。




 いつもと何も変わらない街並み。

 コンクリートの道。町の中心には噴水。

 ただ、一つだけ足りないものがある。

ずっとそこにあることが当たり前だと、思ってはいけなかった。

 口の中がほろ苦い。

 いつのまにか服も元に戻っていた。

 寂しさを紛らわすように、私はポケットに手を入れた。

すると、なにやらカサリと紙が手に当たった感触があった。

 取り出してみると、二つ折りにしてあった。

ひっくり返すと、「五百旗頭 怜歌様」と書かれていた。

どうやら私宛の手紙らしい。

誰からの手紙かは、書いていなくても分かった。

 そっと開いて、私はゆっくりと目を通していった。

読み終わって顔を上げると、まだ夕暮れまで時間があった。

 私は手紙をリュックにしまうと、図書館に向かうことにした。

 今日は、歴史の本も借りてみようかな。

 そんなことを考えながら、私は鼻歌交じりに歩き出した。

 チリン、小さく笑うように鈴の音がした。





 怜歌へ

 この手紙を読んでいるということは、無事に元の世界に帰れたようですね。

 私と怜歌が初めて話した日、覚えてる?

 怜歌は、クラスで浮いている私に話しかけてくれたよね。

 すごく嬉しかったよ。

 勇気を出して自分から「遊ぼう」って誘った時、怜歌はすごく嬉しそうに「いいよ」って言ってくれた。「誘ってくれてありがとう」って怜歌が言ってくれて、私は心の奥がじーんと温かくなるのを感じました。

 怜歌は、いつも「魔法が使えたらよかったのに」って言ってたよね。

 私が思う怜歌の使える魔法、それは「優しさ」です。

 怜歌は、誰にでも、迷わず手を差し伸べていたから。

 自分が使える魔法、絶対に忘れないで。これからも大事にして、怜歌の魔法を沢山の人にかけてあげてね。

 ところで、私はこちらの世界で、少し旅をしてみることにしました。

怜歌と一緒に冒険をして、私はこの世界のことを何も知らないのに気付いたからです。

 だから、怜歌に会いに行けるのは、ちょっと先になるかもしれません。

 怜歌も、自分の世界のこと、もっともっとよく知ってください。よく見てください。きっと、素敵なものが見つかるはずです。

 そして、私たちがお互い自分の世界の素敵なものをたくさん知って、自分の世界が大好きになった頃に、また会えるといいね。

 その時は、怜歌の世界のこと、いっぱい教えてください。

 また怜歌と語り合い、冒険する日を心待ちにしています。

                               神来社 ルナ

追伸

私の世界では、仲の良い人には「贈り物」をするのが有名です。

そうすれば、ずっと相手のことを忘れないからなんだって。

だから、この手紙に私が組み紐を編んだ鈴をつけておきました。

いつか会うその日まで、大切に持っていてくれると嬉しいです。

五年間だけだったけど、ありがとう。

また、近いうちに。


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