エピソード9 コインの供給と恋の成就
ノイシュタルト村の朝は、鳥のさえずりと、遠くで聞こえる家畜の鳴き声で始まる。朝靄が晴れ、陽光が村全体を優しく包み込む。健太の住む家から少し離れた場所では、村人たちが畑仕事に精を出し、子供たちが無邪気に駆け回っている。そんな平和な光景を、健太は窓から眺めていた。しかし、彼の脳裏には、この村の抱える根本的な問題が常にあった。それは、貨幣経済の未発達という課題だった。
「うーん、やっぱりこの村、貨幣経済が全然普及してないんだよなぁ。物々交換が主流って、効率悪すぎだろ。まるで、RPGの序盤の村みたいだ。いや、それ以下か？まさか、こんなところで経済学を実践することになるとは……」
健太は独りごちた。医療活動と交易で溜まってきた資金は、現実世界で言えば数千万円規模に達していた。この資金をどう使うか、健太は日々考えていた。そして、一つの結論に達した。村にコインを供給し、貨幣経済を活性化させることだ。それは、医療の発展のためにも不可欠なステップだと、彼は確信していた。
「よし、まずは村のインフラ整備だ。ゲートから村までの道も悪いし、井戸も増やしたい。その支払いを全部コインでやれば、村に銅貨が流通するはずだ。ついでに、医療器具の購入もコインで支払うか。これで、村人もコインの便利さに気づくはず……って、あれ？ この前買った医療器具、どこに置いたっけ？ あー、もう、医療以外のことになると、とたんに頭が回らなくなるんだよな、俺」
健太は頭を掻きながら、医療器具を探し始めた。医療のこととなると冷静沈着な健太だが、それ以外のことでは、どこか抜けている部分があった。しかし、彼の経済改革への情熱は本物だった。彼は村長に、村のインフラ整備の必要性を説き、その費用を自分が負担することを申し出た。最初は戸惑っていた村長も、健太の熱意と、これまでの貢献を鑑みて、その提案を受け入れた。
健太が意図的にコインを流通させ始めて数ヶ月。村の様子は大きく変わった。
「ケンタ様のおかげで、物々交換の手間が省けた！」
「これで、もっと色々なものが買えるようになるぞ！」
最初は戸惑っていた村人たちも、次第にコインの便利さに気づき始めた。健太が支払ったコインは、村の中で様々な形で使われ、経済が回り始めた。村の商店では、これまで物々交換でしか手に入らなかった品々がコインで買えるようになり、市場は活気に満ち溢れていた。中には、手に入れたコインをすぐに使い切ってしまう者もいれば、将来のために貯蓄したり、新たな道具や土地に投資する者も現れた。
「へぇ、あのヨハンは新しい鍬を買ったのか。マリアは子供の服を新調したのか。貧富の差は出てきたけど、全体的に生活水準が上がってるのは良いことだ。まるで、シミュレーションゲームで街を発展させてるみたいで、ちょっと楽しいな。次は、村の防衛設備でも強化するか？ いや、それは流石に自分のやることではないか……」
健太は村の変化を興味深く観察していた。貧富の差は生まれたものの、村全体が活気づき、生活が豊かになっていくのを実感していた。彼の経済改革は、村に新たな息吹を吹き込んだのだ。
そんなある日、健太は村長に呼ばれた。村長の家を訪れると、村長はいつも以上に神妙な面持ちで健太を迎えた。
「ミッテルフェルト様、本日はお呼び立てして申し訳ない。実は、他でもない、私の娘フローラのことで、お願いがあるのだ」
村長は、健太の村への貢献を高く評価しており、その感謝の気持ちと、村の未来を託す意味も込めて、娘のフローラとの結婚を申し出た。
「フローラと、結婚していただきたい」
健太は村長の言葉に驚き、一瞬、思考が停止した。心臓がドクンと大きく跳ねる。フローラへの想いは募るばかりだったが、まさか村長から直接、結婚を申し込まれるとは夢にも思わなかった。彼の脳裏には、フローラの笑顔が鮮やかに浮かび上がった。病弱だった彼女を救い、言葉を教え、共に過ごした日々。その全てが、健太の心を温かく満たしていた。これは、現実世界では決して手に入らなかった幸せだ、と健太は思った。
「え、ええと……その、フローラさんの気持ちも、ありますので……」健太はどもりながら答えた。
健太は動揺しつつも、フローラの気持ちを確かめる必要があると考えた。村長の許可を得て、健太はフローラを呼び出した。
「フローラ、村長さんから、僕との結婚を申し出てくれたんだけど……君は、どう思う？」
健太は、少し緊張しながらフローラの瞳を見つめた。フローラは、頬を赤く染めながら、健太の手をそっと握った。その小さな手から伝わる温もりに、健太の心臓は高鳴った。彼女の瞳は潤み、健太への深い愛情が込められていた。二人の間に、言葉は必要なかった。
「はい……健太様。わたくしも、健太様と……」
フローラの言葉に、健太は安堵と喜びで胸がいっぱいになった。惚れやすい性格の健太にとって、フローラはまさに理想の女性だった。二人は顔を見合わせ、幸せそうに微笑んだ。フローラもまた、健太との結婚を望んでおり、二人は喜んで村長の申し出を受けることにした。だが、フローラはまだ14歳である。この世界では珍しくはないそうだが、健太は個人的な信条に基づき、正式な結婚は2年後にしてもらった。健太は、フローラが心身ともに成長し、自らの意思で未来を選べるようになるまで、彼女を待ち続けることを決意した。
村総出でお祝いをされ、健太とフローラは幸せの絶頂にいた。村の中心広場では、焚き火が燃え盛り、村人たちが歌い踊っていた。香ばしい肉の焼ける匂いと、陽気な音楽が村中に響き渡る。健太とフローラは、村人たちの祝福を受けながら、互いの手を握りしめ、未来への希望に満ちていた。この幸せが、永遠に続けばいいと願った。
しかし、その幸せの影で、不穏な気配が忍び寄っていた。
「……最近、森の奥から聞こえる獣の鳴き声が、やけに増えた気がするな。それに、猟師たちが持ち帰る獲物も、以前より傷ついているものが多い。これは……ただ事ではないな」健太は眉をひそめた。
健太は、祝宴の喧騒の片隅で、冷静沈着であろうと努めながらも、村の周辺で活発化し始めたモンスターの活動に、漠然とした不安を感じていた。猟師たちの報告によると、これまで村の近くには現れなかったはずの、より凶暴なモンスターの痕跡が見つかっているという。この平和が、いつまで続くのか。健太の脳裏に、不吉な予感がよぎった。彼は、この村を守るために、自分に何ができるのかを真剣に考え始めていた。
若い子を射止めた健太。うらやまけしからん。
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