エピソード8 医療活動の拡大と資金の蓄積
朝靄が晴れ、陽光がノイシュタルト村を優しく包み込む。遠くに見える山々の稜線は、まるで巨大な獣が横たわっているかのようだ。村の畑では、すでに村人たちが農作業に精を出している。その中心には、見慣れない光景があった。井戸の周りに集まる村人たちに、一人の男が熱心に何かを教えている。彼の名はケンタ。異世界からやってきた、この村の「神の遣い」と呼ばれ始めている男だ。
「いいですか、皆さん! この水は、必ず一度沸騰させてから飲んでくださいね!」
健太は、村人たちに熱弁を振るっていた。手には、簡易的なろ過器と、沸騰させた水とそうでない水を比較するためのコップを持っている。彼の言葉に、村人たちは真剣に耳を傾けていた。
「ミッテルフェルト様、本当にこれで病が減るんでしょうか?」
村の古老が半信半疑な顔で尋ねる。
「もちろんです! 目に見えない小さな悪いものが水には潜んでいるんです。それを熱でやっつけるんです!」
健太は力説する。心の中では(ああ、この世界の人に微生物の話をしても理解できないだろうな。とりあえず、沸騰させれば安全ってことを刷り込むしかない)と苦笑していた。
医療活動は順調に進んでいた。ココとの交易が軌道に乗ってからは、資金も潤沢になり、健太は村の医療環境改善に本格的に乗り出していた。
「ふぅ、今日も啓蒙活動は疲れるな。でも、これで村の平均寿命が少しでも延びるなら安いもんだ」健太は額の汗を拭った。
独り言を呟きながら、健太は村の診療所へと戻る。診療所といっても、元は物置小屋だった場所を片付けただけの簡素なものだ。
健太は、まず手始めに「安全な水の確保と飲用指導」を徹底した。次に「手指衛生指導」だ。食事の前や排泄の後には、必ず手を洗うように指導した。石鹸は健太が現実世界から持ち込んだものを惜しみなく提供した。(そもそも一個100円程度だし、水場はそんなに多くない。のちのち、習慣化されてからは商品といして売り出す予定なので、先行投資を考えている。)そして、「基本的な食中毒予防の知識」。生肉はよく火を通すこと、食べ物は清潔な場所に保管することなど、現代人にとっては当たり前のことばかりだ。
これらの地道な活動が、徐々にではあるが確実に村に変化をもたらしていた。風邪をひく子供が減り、腹痛を訴える村人も少なくなった。健太の医療活動は、確実に成果を上げていた。
「ケンタ様のおかげで、村の病が減った!」
「本当に神の使い様だ!」
村人たちの健太を見る目は、もはや尊敬を通り越して崇拝に近いものになっていた。健太は(いやいや、俺はただの医者でオタクだよ。神の遣いとか、厨二病かよ)と心の中でツッコミを入れるが、彼らの純粋な信頼が、彼の活動の原動力となっていた。
ある日、健太が診療所で薬の調合をしていると、村長が慌てた様子で駆け込んできた。
「ケンタ様! 大変です! 隣村の者が、大怪我を負ってしまって……」
村長の話によると、隣村の庄屋で酒造りを営む男が、仕事中に足を深く切ってしまったらしい。止血もままならず、このままでは命が危ない状況だという。
「すぐに診に行きましょう!」
健太は医療カバンを掴み、村長と共に隣村へと急いだ。隣村に着くと、そこには血まみれで意識を失いかけている男がいた。傷口は深く、骨が見えている。
「これは……ひどいな」
健太は顔をしかめる。しかし、すぐに冷静さを取り戻し、的確な指示を出し始めた。
「村長、清潔な布と、熱湯を準備してください! それから、誰か、この人をしっかり押さえていてください!」
健太は持参した消毒液で傷口を洗浄し、縫合糸と縫合針を取り出した。村人たちが息をのんで見守る中、健太は手際よく傷口を縫い合わせていく。その手つきは、まさに熟練の外科医のものだった。
数時間後、処置を終えた健太は、疲労困憊の表情で立ち上がった。
「これで、ひとまず大丈夫でしょう。出血が多いのでしばらく重労働は控えてください。あとは、感染症に気を付けて、安静にしていれば」抗生物質のない世界で、感染症は最大の脅威だ。傷口は比較的綺麗だったから、大丈夫だと思いたい。
その後、無事に回復した男とその家族や村人たちは、健太の「神業」に感嘆の声を上げた。彼の名は、瞬く間に周辺の村々に広まった。
「ケンタ様、本当にありがとうございます! あなたは、まさに神の遣いです!」
隣村の村長がわざわざノイシュタルト村までやってきて、健太に深々と頭を下げた。お礼に、毎月隣村特産の極上の酒を届けてくれることになった。この一件で、健太の医療技術は、ノイシュタルト村だけでなく、周辺の村々にも広く知れ渡ることになった。
その夜、ノイシュタルト村に戻った健太は、フローラに今日の出来事を話した。
「健太様、本当にすごいですね!健太様の偉業は世界中に広まりますね!」
フローラは目を輝かせながら健太の手を握った。健太はフローラの純粋な笑顔に癒され、疲れが吹き飛ぶようだった。
「そんなすごいもんじゃないよ。でも、この世界には、俺の知識と技術が必要な場所がたくさんある。もっと多くの人を助けるためには、もっと資金が必要だし、もっと多くの人に俺の医療を知ってもらわないと」健太は静かに言った。
健太は、遠い目をして夜空を見上げた。彼の心には、新たな目標が芽生えていた。それは、この異世界で、現代医療の真髄である外科手術を確立すること。そして、そのための足がかりとして、さらに医療活動を拡大し、資金を蓄積していくことだった。その道のりは険しいだろうが、彼は迷わなかった。
幸いココとの交易では今のところ大きなトラブルもなく順調で、現実世界から持ち込んだ品々は飛ぶように売れ、健太の懐には着実に金貨が積み上がっていった。医療活動の資金は、順調に増えていった。
しかし、健太はまだ知らない。彼の医療技術が広まるにつれて、この世界の秩序を揺るがすような、新たな波紋が広がり始めていることを。そして、その波紋が、彼自身の運命を大きく変えることになることを……。それは、良くも悪くも、この世界に大きな影響を与えることになるだろう。
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