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エピソード6 マックスとの出会いと交易の拡大

朝焼けが東の空を茜色に染め上げ、街道を照らし出す。まだ人影もまばらなその道を行くのは、一台の荷馬車と、その傍らを歩く二人の男だった。一人は行商人オットー、そしてもう一人は、この異世界での新たな生活に少しずつ慣れてきた健太、ことケンタ・ミッテルフェルトだ。彼らの顔には、これからの交易への期待と、わずかな緊張感が浮かんでいた。


 健太は、荷馬車の揺れに合わせて、思考を巡らせていた。

「オットーさんの商売も順調みたいだし、俺の医療活動の資金も着実に増えてるな。この調子なら、グライフブルクへの道も開けるはずだ。それにしても、この世界の経済ってどうなってるんだろう?貨幣の流通量とか、インフレ率とか、気になることは山ほどあるけど、まずは目の前の利益を最大化しないと……」

独り言が口癖の健太は、周囲の目を気にせずブツブツと呟く。医療のこととなると途端に冷静沈着になる彼だが、それ以外の分野では、どこか抜けている部分があった。


 オットーの商売は、健太が現実世界から持ち込んだ石鹸や塩といった日用品のおかげで、目覚ましい勢いで軌道に乗り始めていた。村々での評判は上々で、彼らの荷馬車が来る日を心待ちにする者も少なくない。しかし、交易が活発になるにつれて、新たな問題も浮上していた。街道を行き交う盗賊や野盗の存在だ。


 そんなある日、オットーが健太に一人の男を紹介した。

「ケンタ、こいつはマックスだ。俺の護衛をしてくれている。腕は確かだぜ」

オットーの隣に立つ男は、健太よりも頭一つ分は背が高く、分厚い胸板と隆起した腕の筋肉が、その屈強さを物語っていた。顔には無数の傷跡が刻まれ、その眼光は鋭く、まるで獲物を狙う猛禽のようだった。その威圧感に、健太は思わずたじろいだ。健太は思わず息を呑んだ。


……ご、ごっついな。まるでRPGに出てくるバーサーカーみたいだ。いや、むしろモンハンに出てくるハンターか?あの装備の重さでよく動けるな……

健太のオタク気質が顔を出し、心の中で勝手に分析を始める。


「はじめまして、ケンタ・ミッテルフェルトといいます。旅の医者です」

健太は少し緊張しながら自己紹介をした。

「……ああ。おれはマックスだ。」


いかつい系の寡黙系男子かな。この人がいれば、どんな盗賊も近寄ってこないだろうな。まるで動く要塞だ。これで安心して商売に集中できる。いや、俺は医者だから、医療に集中できるってことか。

 健太は、マックスの背中に、まるで守護神を見つけたかのような安堵を感じていた。


その日から、マックスは健太とオットーの商売の強力な助っ人となった。彼の護衛により、オットーはこれまで危険だと敬遠していた街道も安全に通行できるようになり、交易範囲は飛躍的に拡大した。健太が現実世界から持ち込む品々の量も増え、それに伴い異世界での資産も着実に増加していった。


ある日の夜、健太はマックスを誘い、現実世界から持ち込んだ秘蔵の品を取り出した。

「マックスさん、これ、俺の故郷の酒なんですけど、よかったらどうですか?『黒霧雨』って言うんです」

 健太が差し出したのは、漆黒の瓶に入った焼酎だった。マックスは訝しげな表情でそれを受け取ると、栓を開けて匂いを嗅いだ。

「……これは、強い匂いだな。薬か?」

「いえ、お酒です。ちょっと独特の風味がありますけど、慣れると美味しいですよ。ロックでどうぞ」

 健太は氷の入ったグラスに焼酎を注ぎ、マックスに手渡した。マックスは一口飲むと、その顔をしかめた。

「ぐっ……!これは、喉が焼けるようだ。だが……後から、不思議な甘みが来るな」

最初は戸惑っていたマックスだが、二口、三口と飲み進めるうちに、その表情は少しずつ和らいでいった。健太も自分のグラスを傾けながら、この村での出来事や、故郷での医療の話をぽつりぽつりと語り始めた。マックスは多くを語らないが、時折相槌を打ち、真剣な眼差しで健太の話に耳を傾けた。


「……この村に来て、本当に驚いたのは、医療の現状でした。俺は医者として、患者を救うために学んできた知識があるのに、ここではそれがほとんど役に立たないんです。清潔な水も、消毒液も、まともな薬もない。簡単な怪我でも、すぐに感染症を起こして命を落とす人がいる。それが、本当に歯がゆくて……。先日も村で子供が熱を出して、ただの風邪だと思っていたら、あっという間に肺炎になってしまって。故郷なら抗生物質で簡単に治せるのに、ここでは手の施しようがなくて……。結局、その子は助かりませんでした。俺の目の前で、小さな命が消えていくのを見るのは、本当に辛いことです。それに、衛生概念がほとんどないから、ちょっとした傷でもすぐに化膿して、手足が壊死してしまうなんてことも珍しくない。故郷では考えられないような状況が、ここでは日常なんです。」


マックスは、静かに健太の言葉を聞いていた。彼の表情は、酒を飲む前よりもずっと柔らかくなっていた。


「……そうか。お前は、医者なのか。命を救うのが、お前の仕事か。」


「はい。故郷では、もっと色々なことができるはずなのに、ここでは何もできない無力感に苛まれることもあります。特に、子供たちが病気で苦しんでいるのを見ると、胸が締め付けられます。医療行為や薬は高価で、誰もが享受できるわけじゃない。だから、俺はもっとお金を稼いで、この村の医療を少しでも良くしたいんです。いつか、この村でも、理不尽に病気に苦しむ人を救うことができる場所を作りたい。それが、俺の夢なんです。」


マックスは、健太の言葉に深く頷いた。彼の眼差しには、健太への共感が宿っていた。


「……おれも、似たような経験はある。護衛の仕事は、常に危険と隣り合わせだ。街道には盗賊がうろつき、時には魔物も出る。先日も、森の奥でゴブリンの群れに襲われた商隊を護衛したんだが、その時、一人の若い商人が深手を負ってな。腹を深く斬られて、血が止まらなかった。おれはゴブリンを蹴散らすことしかできず、その傷をどうすることもできなかった。結局、その商人は、出血多量で息を引き取った。あの時の無力感は、今でも忘れられねぇ。おれは剣を振るうことしかできねぇ。だが、お前は違う。お前は、命を救うことができる。それは、おれにはできない、尊い仕事だ。お前がいれば、あの時の商人も助けられたかもしれない、そう思うと……。」


「マックスさんも……。俺も、マックスさんのような力があれば、もっと多くの命を救えるのに、と思うことがあります。俺は、直接戦うことはできませんから。でも、マックスさんが護衛として、商人を、そしてその商品を危険から守る。それは、この国の経済を支え、人々の生活を豊かにすることに繋がります。安全な交易路がなければ、物資は届かず、村の人々は困ってしまいます。マックスさんの力は、この村の多くの人々を支えているんです。」


マックスは、健太の言葉に少し驚いたような顔をした。そして、ふっと笑みをこぼした。


「……そうか。お前は、そういう風に考えてくれるのか。おれは、ただ剣を振るうだけの男だと思っていたが……。お前と話していると、自分の仕事にも、また違った意味が見えてくるな。」


「俺は目の前の命を救うことしかできませんが、それがこの村の医療を少しでも前に進めることに繋がればと願っています。自分の力で誰かを守れるマックスさんは、本当に素晴らしいと思います。」


「お互い様だぜ。お前も、おれにはできないことをやっている。おれたちは、違う道を進んでいるが、目指すものは同じなのかもしれねぇな。大切なものを守るために、それぞれのやり方で戦っている。お前は病から、おれは外敵から、人々を守る。そう考えると、なんだか、おれたち、いいコンビになれる気がするぜ。お前が医療で人々を救い、おれがその安全を守る。最高の組み合わせじゃねぇか。」


「そうですね。俺たちは、この国で、それぞれの形で、大切なものを守ろうとしている。そう考えると、なんだか心強いです。これからも、よろしくお願いします、マックスさん。俺も、マックスさんのような頼れる存在がいてくれると、本当に助かります。」


「ああ、こちらこそだ、ケンタ。お前の話を聞いていると、もっとお前の故郷のことを知りたくなる。お前の医療の話も、もっと聞かせてくれよ。おれも、お前の知識があれば、護衛の仕事で役立つことがあるかもしれねぇ。例えば、簡単な応急処置とか……。」


「もちろんです。俺も、マックスさんの冒険の話、もっと聞きたいです。この国の危険な場所や、モンスターのこと、護衛の仕事の裏話とか。きっと、俺の知らないことがたくさんあるでしょうから。」


酒が二人の間の壁を溶かし、マックスのいかつい印象は薄れ、代わりにどこか人間味のある表情が垣間見えた。寡黙に見えたマックスが、意外にも健太のグラスが空になる前に酒を注ぎ足したり、話の途中で健太の言葉を補足したりと、細やかな気遣いを見せるたびに、健太は彼の面倒見のいい一面に驚かされた。健太は、この屈強な護衛が、ただの用心棒ではないことを感じ取った。彼らは言葉を交わすたびに、互いの理解を深めていった。この夜の酒は、単なる酔いをもたらすだけでなく、二人の間に確かな絆を築き上げたのだった。


現実世界で健太は組み立て式の荷車を購入し、異世界側で組み立てた。これで一度に運べる物資の量も格段に増え、交易の効率がさらに向上した。


異世界と現実世界は時間的に断絶しており、異世界にいる間は現実世界では時間が経過しない。この特性を最大限に活かすため、健太は現実世界での身の振り方を考えなければならなかった。健太は病気を理由に長期療養することにした。異世界強制転移はある意味病気といえるため、嘘ではない。


「……というわけで、しばらく休職することになりました」

 健太は、上司に頭を下げた。

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。ですが、どうしても療養が必要でして……」

健太は苦しい言い訳を並べた。貴重な2時間を使って、同僚の医師やナース、技師さんにも軽く挨拶をした。

「田中先生がいなくなると、正直困るけど、無理しないでね」

「早く良くなって戻ってきてくださいね!」

健太は、彼らの優しさに胸が締め付けられる思いだった。病院への不満はほとんどなかったし、患者に迷惑がかかるのは申し訳なかった。

「……しかし、この休職がいつまで続くのか、誰にも分からないんだよな。異世界での生活がこんなにも突然始まるとは、夢にも思わなかった。でも、いつか現実世界に戻って、またみんなと一緒に働ける日が来るんだろうか?いや、それとも、このまま異世界で骨を埋めることになるのか……」

 健太は、未来への漠然とした不安と、異世界での新たな可能性への期待の間で揺れ動いていた。



 マックスという強力な護衛を得て、健太の商売はさらなる拡大を見せる。しかし、その一方で、健太の心には現実世界への思いと、異世界での未来への迷いが交錯していた。そして、彼らが目指す辺境伯の街、グライフブルクでは、新たな出会いが健太を待ち受けている。それは、彼の商売、そして医療活動に、どのような影響を与えるのだろうか?


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