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エピソード5 最初の交易と行商人オットー

朝靄が晴れ、陽光がノイシュタルト村を優しく包み込む。鳥のさえずりが響き渡り、村の生活がゆっくりと動き出す。遠くに見える森の緑は深く、その奥にはまだ見ぬ世界が広がっている。そんな村の片隅、健太は今日もまた、異世界と現実世界を行き来するゲートの前に立っていた。医療改善への決意を固めた彼は、早速、商人としての第一歩を踏み出すことにした。


「フローラ、僕は商人になろうと思うんだ」


朝食を終え、フローラにそう告げると、彼女はぱちくりと目を瞬かせ、それから少し困ったような、複雑な表情を浮かべた。


「ケンタは、正直すぎるから、商人には向いてないと思うな……」


フローラの言葉は、健太の胸にぐさりと刺さった。

――うぐっ、痛いところを突かれた。確かに、僕は表情が顔に出やすいし、駆け引きも苦手だ。医療以外は平凡な自覚もある。

しょげた健太だったが、フローラの言う通りだと認めざるを得なかった。


「だ、だよね……僕、そういうの苦手だし……」


肩を落とす健太に、フローラは優しく微笑んだ。


「でも、ケンタの気持ちは嬉しいよ。きっと、ケンタなら、ケンタに合ったやり方を見つけられるはずだよ」


その言葉に、健太は少しだけ元気を取り戻した。

――そうだ、僕が直接やる必要はないんだ。代理で商売を始めてくれる人を探せばいい。

そう決意し、健太は代理で商売を始めてくれる人を探すことにした。


まずは、現実世界から異世界で需要がありそうな品物を持ち込むことから始める。手始めに選んだのは、石鹸と塩だった。これらは日用品であり、異世界では貴重品となるはずだ。特に塩は、保存食を作る上で不可欠であり、どの家庭でも必要とされるだろう。

健太は、コンビニで石鹸と食塩を大量に購入し、異世界へと持ち込んだ。ゲートをくぐるたびに、手に持てる量しか運べないのが難点だったが、それでも根気強く往復を繰り返した。


村で石鹸と塩を売ろうとした健太だが、商売に疎い彼は、どうすればいいのか分からなかった。まず、滞在のお礼として、健太は持ってきた塩の一部を村の備蓄に寄贈した。塩は貴重品であるため、村人たちは大変喜んだ。


「ミッテルフェルト様、これは……塩ですか?」


村長が驚いたように尋ねた。


「ええ、そうです。僕の故郷では、ごく一般的なものです。皆さんの役に立てればと思って」


健太がそう言うと、村人たちは口々に感謝の言葉を述べた。しかし、健太が売ろうとした石鹸には、なかなか手を出そうとしない。彼らにとって、それは見たこともない、使い方も分からない品物だったからだ。


「ミッテルフェルト様、この白い塊は、一体何に使うものなのですか?」


一人の村人が、健太が差し出した石鹸を訝しげに眺めながら尋ねた。健太は身振り手振りで泡立てて見せたりしたが、村人たちは首を傾げるばかりだ。


「これは、体を洗うものです。とても綺麗になりますよ」


健太は拙い異世界語で説明しようと試みたが、村人にはその価値が伝わらない。

――うーん、どうしたものか。言葉の壁というだけではなさそうだ。そもそも、この世界に石鹸という概念がないのか?清潔の概念が薄いのか?いや、そんなはずは……。

健太は頭を抱えた。


「ふむ……しかし、我々には、これを買うお金は……」


村長が申し訳なさそうに言った。健太は途方に暮れた。

――そうか、お金がないのか。貨幣経済が発達していない村では、物々交換が主流なんだ。これは、医療の知識を広めるのと同じくらい、いや、それ以上に難しいぞ……。


そんなおり、村に数人の商人がやってきた。健太は彼らを観察した。

一人目の商人は、村人が差し出した毛皮を不当に安く買い叩いていた。二人目の商人は、村人が計算に疎いのをいいことに、高値で食料を売りつけていた。

――うわぁ、ひどいな。これじゃあ、村人が搾取されるだけじゃないか。こんな連中に僕の品物を任せるわけにはいかない。


そして、三人目の商人がやってきた。彼は他の二人とは違い、村人との交渉も穏やかで、提示する価格も公平に見えた。

――お、あの人、なんか良さそうじゃないか?他の二人とは雰囲気が違う。

健太は彼の様子を注意深く観察した。村人たちも彼には信頼を寄せているようだった。


「兄ちゃん、その珍しい品、どうだい? 俺が買い取ってやってもいいぜ」


それが、村に通う行商人、オットーとの出会いだった。


「俺はオットー。あんたは?」


オットーはぶっきらぼうに尋ねた。しかし、その眼差しはどこか温かかった。


「僕はケンタ・ミッテルフェルトといいます」


健太は少し緊張しながら答えた。


「ミッテルフェルト? これはとんだ失礼を、まさかこの村にお貴族様がいらっしゃるとは思わなかったもので」


オットーは冷や汗をかいて謝ってきた。


「いえ、僕の故郷では、平民でも姓を名乗るのが普通なんです。だからいつもの口調でお願いします」


健太は正直に答えた。


「ハハ、それは妙な国もあったもんだ」


オットーは安心して健太への口調を戻した。ふと、健太の持っている石鹸に目をつけ、興味深そうにそれを手に取った。


「これは……見たことのない品だな。何に使うんだい?」


健太は、拙い異世界語で石鹸の使い方を説明した。オットーは健太の説明を聞きながら、石鹸を泡立ててみて、その効果に驚いた。


「ほう、これは面白い。体を洗うものだというのか。確かに、これは売れるかもしれねぇな」


オットーは商人の勘で、石鹸の価値を瞬時に見抜いた。健太は彼の公平な人柄と、石鹸の価値を瞬時に見抜いた商才を信頼し、意を決してオットーに秘密を打ち明け、商売の協力を求めることにした。


「実は、僕は異世界から来た人間で、この品物も僕の故郷のものです。この能力を使って、この村の医療を改善したいのですが、そのためには莫大な資金が必要です。そこで、オットーさんに、僕の代わりに商売をしてもらえないでしょうか?」


健太の告白に、オットーは目を見開いた。その顔には驚愕の色が浮かんでいた。


「異世界から……だと? まさか、そんな話が……」


オットーは驚きを隠せない様子だったが、健太の真剣な眼差しと、彼が持ち込んだ品物の品質、そして何よりもその提案に、彼の心は強く動かされた。

――これは……天が与えたもうた、千載一遇の好機かもしれねぇな。この兄ちゃん、ただ者じゃねぇ。それに、この品物があれば、俺の商売も飛躍的に伸びるだろう。


「いいだろう、兄ちゃん。俺はあんたと一蓮托生だ。この世界の商売のいろはを教えてやるよ。まず、ここらで稀少な物品は、大きな街で売るのはやめたほうがいい。下手したら御用商人に目をつけられて潰されるからな。まずは、この石鹸と塩を、周りの村と取引することにしよう。たいした稼ぎにはならないかもしれないが、商売ってのは信頼が一番だ。ある程度評判になってきたら、稀少な品と共に、辺境伯のお膝元、グライフブルクにおろすんだ。あそこなら、珍しいものに目がない貴族や金持ちが多いからな。そうすれば、効率的に利益を上げられるだろう。」


オットーは、健太に効率的な商売のやり方と、この世界の商売の危険性を提案した。なるほど、下手なやり方だと首が飛んでもおかしくないわけか。恐ろしい世界だ。健太は、オットーの言葉に深く頷いた。彼の知識と経験は、健太にとって何よりも心強いものだった。


翌日、二人は荷馬車の整備に取り掛かった。オットーは手際よく車輪の軸に油を差し、緩んだ金具を締め付けていく。健太は慣れない手つきでそれを手伝いながら、商売について尋ねた。

「オットーさん、商売で一番大切なことって何ですか?」

オットーは手を止め、健太の目を見て言った。

「商売で一番大切なのは、信頼だ。一度失った信頼は、二度と取り戻せない。だから、どんなに小さな取引でも、誠実に対応しろ。そして、相手の立場に立って考えることだ。そうすれば、自然と道は開ける」

その言葉は、健太の心に深く響いた。オットーの言葉には、長年の経験に裏打ちされた重みがあった。健太は、この男から多くのことを学びたいと強く思った。


結局、最初の取引は、石鹸5個と塩1kgで、銀貨1枚(100ガルド)の利益に終わった。健太が現実世界で使った費用は、石鹸5個で約500円、塩1kgで約100円。合計600円ほどだ。異世界での100ガルドは、パン20個分に相当する。現代日本の感覚からすれば微々たるものだが、健太にとっては大きな一歩だった。オットーの助けもあり、彼は異世界での商売の基礎を学ぶことができた。そして、この小さな利益が、村の医療を改善するための大きな一歩となることを、健太は確信していた。


しかし、健太の胸には、新たな疑問が芽生えていた。

――この世界で、僕の医療知識はどこまで通用するんだろう?そして、このゲートの能力は、本当に僕の望む未来へと導いてくれるのだろうか……?

彼の視線は、遠く、まだ見ぬグライフブルクの街の方向へと向けられていた。

健太はニール・アームストロング船長のように、異世界に降り立ったつもりのようです。


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