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異世界転移した医師、成り上がりつつポーション革命を起こします  作者: アルゼン枕子
三章 陰謀疫病編 ──黒幕の野望と民の救い──
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Episode 029: 感染リスクとフローラの決意

夜明け前の静寂を破って、診療所の扉が激しく叩かれた。


「先生!先生!」


慌ただしい声にケンタは飛び起きた。扉を開けると、そこには真っ青な顔をした男性が立っていた。


「うちの息子が...息子が!」


男性の声は恐怖で震えていた。子供を失うかもしれないという絶望的な恐怖が、彼の全身を支配していた。患者を見た瞬間、ケンタの心臓が止まりそうになった。


男性に支えられるようにして連れてこられた少年は、昨日見た患者たちとは明らかに違っていた。39度を超える高熱、激しい咳、そして呼吸困難。待合室には、感冒症状の患者が明らかに増えている。


「これは...明らかに昨日よりも悪化している」


ケンタの心に、医師としての危機感と、一人の人間としての恐怖が混在した。この速度で進行しているなら、彼の予想をはるかに上回る悪夢の始まりかもしれない。


「フローラ、アウレオルスを呼んでくれ」


ケンタは少年を診察台に寝かせながら指示を出した。症状の進行が昨日より格段に速い。


「明らかに昨日とは違う。昨日の時点でもっと詳しく調べておけばよかった」


内心で後悔しながらも、ケンタは冷静に診察を続けた。現状認識が甘かったせいで、こんなことになってしまったのか。


アウレオルスが到着し、既存のポーションを試すが、効果は限定的だった。


「例の感染症の可能性が非常に高い」


ケンタは現代医学の知識を総動員して分析を開始した。こういうことがあるから、初期段階での精密な調査が重要なんだ。




午前中、ケンタとアウレオルスは診療所の研究室で疫学分析を行った。


「下層街の特定地域に集中している。何か共通の要因があるはずだ」


地図上に患者の発生場所を記録しながら、ケンタは感染パターンを読み取った。


「原因は不明、既知の流行り病とは異なりますが、ねずみ算的に増えているのは確かです」


アウレオルスが異世界での既存手法での分析結果を報告する。


「そして、、これが最も深刻な問題だ」


ケンタは調査結果をまとめながら統計結果を口にした。


「上層・中層住民の死亡率は約5%で、栄養不足の下層・スラム住民は20%にもなる。4倍も死亡率が違うんだ」


この死亡率は深刻だった。感染経路も複雑で、地域的な集中から見て何らかの共通感染源があるはずだ。さらに二次的に飛沫感染、場合によっては空気感染の可能性も考慮する必要がある。


「アウレオルス、病気を引き起こす原因は、おそらく目に見えないほど小さな生き物だろう」


ケンタは噛み砕いて説明を始めた。


「細菌、ウイルス、リケッチア、プリオンなど、様々な病原体がある。今回のケースは、症状から見て細菌感染の可能性が高い」


「目に見えない生き物...ですか?」


アウレオルスは興味深そうに聞いた。


「ああ、後で詳しく講義するが、今は緊急事態だから簡単に。顕微鏡という拡大して視る道具があればそれらを観察できる」


ケンタは持ち込んだ荷物から顕微鏡を取り出した。


「患者の痰を採取してグラム染色という方法で染めると、細菌の種類がある程度分かる」


「えっと、つまり...」アウレオルスが困った表情を浮かべる。


「ああ、すまない。簡単に言うと、病気の原因を調べる道具だ」


ケンタは顕微鏡を設置しようとしたが、レンズの向きを間違えて逆さまにしてしまった。


「あれ?なんで見えないんだ?」


(機械の操作はいつも苦手だな...)




ケンタとアウレオルスは手袋を装着し、患者から採取したばかりの検体が入った小さなチューブを慎重に取り出した。


「まず、このスポイトで検体を吸い上げてくれ」


ケンタがプラスチック製のスポイトをアウレオルスに手渡す。


「ゆっくりと、チューブの中の黄白色の部分を狙って」


「こうか?」


アウレオルスが恐る恐るスポイトを握り、チューブに差し込む。粘性のある液体がスポイトの先端にゆっくりと上がってくると、彼は驚いたような表情を見せた。


「魔法の道具ではないのに、液体が上がってくるとは...」


「空気圧の原理だよ。そのまま今度はこのスライドガラスの中央に一滴だけ落として」


ケンタが透明なガラス板を指さす。


アウレオルスが慎重にスポイトを絞ると、検体が小さな一滴となってガラス面に落ちた。


「この透明な板も実に精巧だな。ギルドの最高級の水晶板よりも均一で美しい」


「今度はこちらのガラス板を使って塗り広げるんだ」ケンタが別のスライドガラスを45度の角度で持つよう指示する。「このように角度をつけて、検体を薄く均等に...そう、それでいい」


アウレオウルスの手つきは不慣れだったが、ケンタの指導で透明なガラス面に淡い黄色の薄膜が広がった。


「しばらく自然乾燥させよう」ケンタが言うと、アウレオウルスは興味深そうにプレパラートを見つめる。


数分後、「今度は染色だ。まずこのクリスタルバイオレットを全体に垂らして」ケンタが紫色の染色液のボトルを渡す。アウレオウルスが指示通りに液体を垂らすと、深い紫色がプレパラート全体を染め上げた。


「この色、高貴な染料に似ているな」


「次はヨウ素液で処理。そのあとアルコールで脱色して、最後にサフラニン」ケンタが一つずつ工程を説明しながら、アウレオウルスの手を導く。


「なぜこんなに複雑な手順を?」


「細菌の種類を見分けるためなんだ。最後に薄いピンク色になるものと、紫色のままのものに分かれる」


工程を終えると、ケンタがプレパラートを顕微鏡のステージに慎重に載せた。「この装置は魔法じゃなくて、光学の技術なんだ。レンズで光を集めて拡大する」


「光学...光を操る術か」アウレオウルスが感心したように顕微鏡を見つめる。


「倍率を段階的に上げていこう」ケンタがダイヤルを回しながら説明する。「40倍、100倍、そして1000倍まで」


ケンタが接眼レンズを覗き込み、焦点を合わせてから「見てみて」とアウレオウルスに譲る。


アウレオウルスが恐る恐る覗き込むと、「これは...!」と息を呑んだ。視野には濃い紫色に染まった球状の微細な生物が、まるで魔法の真珠のネックレスのように美しく連なって見えた。


「紫色に鎖状に並んでいる...」


「うちの故郷ではStreptococcus、連鎖球菌と呼んでいるんだ」


「これが病原体で間違いないだろう」


ケンタの結論に、アウレオルスは深刻な表情を浮かべた。


「こんな小さな生き物が、人を死に至らしめるなんて...」


「我々も罹患しないように注意しないといけませんね」


その言葉に、ケンタは不安を感じた。フローラを危険にさらすわけにはいかない。




昼、ケンタは診療所の居住部分でフローラを呼んだ。


「フローラ、君に話があるんだ」


深刻な表情のケンタに、フローラは心配そうに頷いた。


「今朝の患者の件で、感染症の詳細が分かった」


ケンタは丁寧に説明した。拡大の速度からもしかしたら空気感染のリスクがあること、下層住民の壊滅的被害が予想されること、そして...


「あれ?検査結果の記録用紙、どこに置いたっけ?」


ケンタは手元を探し回る。


「健太様、それ、さっき本棚の上に置かれましたよ」フローラが指摘した。


「ああ、そうだった。ありがとう」


(大事な書類、いつも置き場所を忘れるんだよな...)


「ところでフローラ、ノイシュタルト村に一時帰郷してほしい」


フローラは驚いた表情を見せた。


「健太様、私は...」


「村は汚染地域から離れていて安全だ。栄養状態が良くても5%の死亡率だ。君を危険にさらせない」


ケンタは医師として、恋人として、彼女を守らなければならないと考えていた。俺の現状認識が甘かったせいで、フローラを大きなリスクにさらしてしまうかもしれない。


フローラは沈黙した。内心で葛藤しているのが分かった。


「健太様、私はお側にいたいのです」


しばらくの沈黙の後、フローラは決意を込めて言った。


「どんな危険があっても、健太様をお一人にはできません。私も医療に関わる者として、この疫病と戦いたい」


フローラの瞳に涙が浮かんでいた。


「健太様が救おうとしている人たちを、私も救いたい。どうか、一緒に戦わせてください」


ケンタは感動と迷いの間で揺れ動いた。安全を願う気持ちと、フローラの決意への感銘。


「十分な感染対策を施します。だから、お側にいさせて」


フローラの追加の提案に、ケンタは心を動かされた。


「分かった。でも、絶対に感染させるわけにはいかない」


ケンタは決断した。フローラの決意を受け入れよう。


「詳細な感染対策を立てよう」


二人は具体的な対策を検討した。専用の防護具として布マスクと手袋を準備し、定期的な手洗い・消毒を徹底する。患者との距離を確保し、住居エリアも汚染区域と清潔区域に分離する。


「フローラの役割は直接患者に触れない後方支援に限定する」


ケンタの条件にフローラは頷いた。


「ありがとうございます、健太様」


危険を共有することで、二人の信頼関係はより深いものになった。


その時、アウレオルスが慌ただしく入ってきた。


「ケンタ殿、治癒術師ギルドの動きが怪しいようです。何か妨害工作を企んでいるという情報が...」


ケンタとフローラは顔を見合わせた。疫病だけでなく、政治的な問題も立ちはだかろうとしている。


「分かった。詳しく聞かせてくれ」


ケンタは新たな困難に立ち向かう決意を固めた。フローラと共に、この危機を乗り越えてみせる。


窓の外からは、遠くで咳の音が聞こえ続けていた。疫病は確実に広がっている。しかし、今度は二人で戦える。それがケンタにとって何よりの支えだった。

どうも、ケンタです。

今回は、病原体の正体がStreptococcus(連鎖球菌)だと突き止めました。顕微鏡で細菌を見つけた時は、正直ゾッとしました。

フローラを避難させようと思ったのですが、彼女の決意の固さに驚かされました。「健太様と一緒に戦います」って言われた時は、嬉しいやら心配やら...。

次回は、いよいよ政治的な圧力との戦いが始まります。妨害工作まで始まるなんて、本当に次から次へと問題が発生しますね。でも、フローラが一緒にいてくれるから、なんとか乗り越えられそうです。


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