エピソード027:成功の裏に忍び寄る疫病の影
内輪の祝賀パーティから数日が過ぎ、診療所は新たな活気に満ちていた。廉価版ポーションの成功は予想以上の反響を呼び、祝賀パーティの翌日には患者が押し寄せ、あっという間に手狭になってしまった。急遽進めていた増築の第二期工事も前倒しで完了し、待合室も診察室も以前の倍の広さになった。
それでも人の波は絶えず、廉価版ポーションの量産体制も徐々に軌道に乗り始め、これまで高価な薬を買えなかった人々が、希望に満ちた顔で次々と訪れる。アウレオルスも、今や俺の右腕として、ポーションの品質管理から新たな改良案の提案まで、水を得た魚のように働いている。
「ケンタ様、見てください! 廉価版ポーションのおかげで、あの子の深い切り傷がみるみる塞がっています! 痛みもほとんど残っていないです!」
フローラが、満面の笑みで報告してくれる。その一つひとつの笑顔が、俺たちの努力が報われた証だった。成功の余韻と、穏やかな日常。この幸せがずっと続けばいい。誰もがそう思っていた。
「しかし、ケンタ殿の仕組みは実に見事ですな」
診療所内を巡回していた俺に、アウレオルスが感心したように声をかけてきた。
「受付の動線設計一つとっても、患者の流れが滞らないように計算されている。ポーションの在庫管理に至っては、この『バーコード』とかいう札で一目瞭然。会計とカルテ記録を分けるという発想も、我々にはありませんでした」
「専門家の仕事は分けた方が効率的だからな。それに、金の流れは正確に把握しておかないと、後で必ず問題になる」
俺の言葉に、アウレオルスは深く頷き、その瞳に新たな決意の光を宿していた。
そんなある日の午後、診療所の扉が、勢いよく開かれた。そこに立っていたのは、苦虫を噛み潰したような顔をしたカインツだった。
「よお、カインツ。パーティの礼儀正しいお礼参りか? それとも、うちの廉価版ポーションを分けてほしいのか?」
俺が軽口を叩くと、彼は「ふざけている場合か」と、低い声で唸った。その表情は、いつになく真剣で、ただ事ではない雰囲気が伝わってくる。
「……ミッテルフェルト、お前に頼みがあるわけではない。ただ、意見が聞きたい」
「なんだ、改まって」
俺は、彼を診察室へと通した。二人きりになると、カインツは重い口を開いた。
「最近、スラム街で奇妙な病が流行り始めている」
彼の言葉に、俺の背筋がぴんと伸びる。
「奇妙な病?」
「ああ。最初は、ただの風邪だと思われていた。だが、患者は皆、乾いた咳が止まらず、日に日に衰弱していく。私の治癒魔法を使っても、症状がわずかに和らぐだけで、根本的な治癒には至らない」
治癒術師としての彼のプライドが、それを口にすることを躊躇わせているのが見て取れた。自分の魔法が効かない。その事実を認めるのは、彼にとって屈辱的なことなのだろう。
「具体的な症状は? 熱は? 他に変わったことはないか?」
「微熱が続く程度だ。だが、問題は咳だ。一度始まると、呼吸が困難になるほど激しく咳き込み、中には血を吐く者までいる」
血を吐く、という言葉に、俺の胸がざわめいた。ただの風邪ではない。何か、もっと深刻な呼吸器系の疾患である可能性が高い。
「……おい、まさかとは思うが、私に診てほしい、なんて言わないだろうな?」
俺が少し意地悪く尋ねると、カインツは案の定、カッと顔を赤くした。
「誰がお前なんかに! 言ったはずだ、ただの意見交換だと! お前のその、医学の知識とやらで、何か思い当たる節はないかと思っただけだ!」
「はいはい、わかったよ。で、その病、感染力はどうなんだ?」
「……それが、問題なのだ。家から家へと次々と感染が広がっている。子供や老人といった弱い者から倒れていっている。」
アウトブレイク。その言葉の重みに、俺は息を呑んだ。これは、放っておけば、あっという間に都市全体に広がるパンデミックになりかねない。
俺の表情から笑みが消えたのを悟ったのか、カインツはバツが悪そうに視線を逸らした。
「……まあ、いい。今日のところは、これで失礼する」
彼はそう言い残し、逃げるように診察室を出て行った。
一人残された部屋で、俺は窓の外に広がるグライフブルクの街並みを見つめた。人々は、まだ何も知らずに、平和な日常を謳歌している。だが、その足元では、静かに、しかし確実に、新たな脅威が芽吹いていた。
廉価版ポーションの成功に浮かれていた自分を、殴ってやりたい気分だった。本当の戦いは、まだ始まったばかりなのかもしれない。
俺の医師としての勘が、警鐘を鳴らしていた。それは、この都市を、いや、この世界全体を揺るがすことになる、大規模な疫病の、ほんの始まりの音だった。
ケンタです。
第二章、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
廉価版ポーションの成功で、順風満帆かと思いきや……どうやら、とんでもない置き土産があったようです。カインツがもたらした、不気味な病の影。俺の医師としての経験が、これはヤバいと告げています。
俺たちの次なる戦いは、ギルドではなく、目に見えない「疫病」との戦いになるのかもしれません。
第三章では、この新たな脅威に、俺たちがどう立ち向かっていくのかが描かれます。ぜひ、引き続き応援よろしくお願いします!
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