エピソード023:危険な買い出しと試作第三号
診療所の拡張計画はココとオットーに任せたものの、目の前の問題が解決したわけではない。日々の診療で消費される薬品や衛生材料、そしてポーション開発のための試薬。その全てが、底をつきかけていた。
「……仕方ない、日本に戻るか」
俺の呟きに、そばで武具の手入れをしていたマックスが顔を上げた。
「ケンタ、この忙しさの中でですかい。しかし、ここから例の『鳥居』までは、かなりの距離がありやすぜ。街道を使っても丸二日はかかる」
「ああ、わかってる。だから、近道を行く」
俺が指差したのは、グライフブルクの森を抜ける獣道だ。盗賊やモンスターが出没するため、普通の商人はまず使わない危険なルート。
「正気ですかい、ケンタ。あんたを死なせたら、俺はフローラちゃんに顔向けできねえ」
「大丈夫だ、マックスがいるだろ? それに、時間は金で買えない。特に今の俺たちにとってはな」
俺の覚悟を悟ったのか、マックスは大きなため息をついた後、ニヤリと笑った。
「へっ、面白え。ケンタの度胸、気に入った。いいでしょう、このマックス様が、どんな化け物が出てきても、あんたのケツは守ってやりまさあ!」
頼もしい相棒の言葉に、俺も自然と口角が上がる。こうして、俺とマックスの二人きりの、危険な買い出しが始まった。
森の中は、昼なお暗く、不気味な静寂に包まれていた。時折聞こえる獣の鳴き声や、風で木々が擦れる音が、やけに大きく響く。
「……なあ、マックス。こういう時って、何か歌でも歌った方がいいのか?」
「やめてくだせえ、ケンタ。余計にヤバいのが寄ってきまさあ。ケンタの歌は、なんていうか、その……魂に響きすぎる」
「それ、褒めてるのか?」
「ご想像にお任せしやす」
軽口を叩き合いながらも、俺たちの緊張は極限まで高まっていた。案の定、ゴブリンの小隊に二度、巨大な蜘蛛に一度襲われたが、すべてマックスが自慢の斧で片付けてくれた。彼の背中が、これほど頼もしく見えたことはない。
命からがら、二日がかりで懐かしの鳥居にたどり着いた俺は、すぐさま日本へ帰還。限られた時間の中で、抗生物質や消毒薬、そしてポーション開発に使えそうな化学薬品を、ボストンバッグがはち切れんばかりに詰め込んだ。
だが、異世界へ戻る直前、思わぬトラブルに見舞われた。パンパンにつまったボストンバッグを持つ俺を、不審に思った警察官に職務質問されてしまったのだ。中身を検分され、大量の薬品が出てきて警察官の目がギラリ。医師免許を見せ、事情を(もちろん異世界のことは伏せて)説明することでなんとか解放されたが、大幅な時間ロスだった。
「くそっ、これだけか……」
異世界に戻り、持ち帰った荷物を広げた俺は、その量の少なさに愕然とした。苦労して運んだ薬品は、診療所の需要を考えれば、気休め程度にしかならない。開発資金の足しにと持ってきた現代の雑貨も、十分な量は運べなかった。
「ケンタ様……」
落ち込む俺の背中を、フローラがそっとさする。彼女の温かい手のひらが、ささくれた心を少しだけ癒してくれた。
「大丈夫です。ケンタ様は、いつも最善を尽くしています。私、知っていますから」
「……ああ。ありがとう、フローラ」
気を取り直し、俺はアウレオルスと共に試作第三号の調合に取り掛かった。フローラとココが集めてくれたデータを基に、前回よりも格段に洗練された理論のはずだった。
だが、結果は無情だった。
「……だめです。安定しません!」
アウレオルスが悔しそうに叫ぶ。調合したポーションは、最初は淡い光を放っていたが、数分もしないうちに淀んだ茶色に変化し、異臭を放ち始めた。有効成分が、溶媒の中で分解してしまっているのだ。
「どうしてだ……。理論上は完璧なはずなのに……」
俺は膝から崩れ落ちた。危険を冒して持ち帰った貴重な薬品も、これで無駄になってしまった。資金も、時間も、そして希望さえも、尽きかけている。
静まり返った実験室に、俺の荒い息だけが響く。八方塞がりとは、まさにこのことだった。
どうも、ケンタです。
今回は、本当に踏んだり蹴ったりでした……。マックスとの危険な旅は、まあ、スリルがあって楽しかったと言えなくもないですが、成果はサッパリ。おまけに試作第三号も大失敗。
さすがに少し、心が折れそうです。
でも、フローラの支えがあるから、まだ諦めるわけにはいきません。
この八方塞がりの状況、どうやって乗り越えればいいのか。次回、ギルドの妨害が本格化します。
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