エピソード019:アウレオルスの協力&試作1回目
錬金術師ギルドからの使者、アウレオルス。彼の協力の申し出を、俺は受け入れることにした。その真意がどこにあろうと、彼の持つ錬金術の知識は、廉価版ポーション開発に不可欠だと判断したからだ。何より、俺にはもう時間がなかった。
「ようこそ、アウレオルス殿。ここが君の仕事場だ」
俺は診療所の奥に新設した研究室へ、彼を案内した。薬草を乾燥させる棚、調合用の大きな釜、そして俺が現代知識を元に設計し、街の職人に作らせた簡易的な実験器具が並んでいる。
「ふむ……なるほど。設備は粗末ですが、合理的な配置だ。あなたの知識の一端が窺えますね」と、アウレオルスは銀縁眼鏡の奥の瞳を細め、興味深そうに室内を見渡す。粗末、は余計だろ、と俺は心の中でツッコミを入れたが、口には出さなかった。
アウレオルスは銀縁眼鏡の奥の瞳を細め、興味深そうに室内を見渡す。彼は白衣風のローブを翻すと、早速、俺が書き溜めていた廉価版ポーションの構想メモに目を通し始めた。
「素晴らしい。実に興味深い。薬草の有効成分を、魔力ではなく物理的な手法で抽出し、別の触媒で安定化させる……。こんな発想、ギルドの誰にもありませんでしたよ」
彼は惜しみない賞賛の言葉を口にする。そして、俺の漠然としたアイデアを、具体的な開発計画へと驚くべき速さで昇華させていった。薬草の組み合わせ、抽出の温度管理、魔力を加えるタイミング。彼の知識は本物だった。俺一人では何年もかかったであろう道筋が、彼の手によって、くっきりと照らし出されていく。
「君はすごいな、アウレオルス殿。君がいれば、本当に実現できるかもしれない」
俺の素直な感嘆の言葉に、アウレオルスは一瞬、虚を突かれたような顔をし、そしてすぐにいつもの自信に満ちた笑みを浮かべた。
「当然です。この私と、あなたの知識が合わされば、不可能はありません」
こうして、俺と天才錬金術師の、奇妙な共同研究が始まった。
試作第一号の目標は、既存ポーションの回復効果を4割程度に抑える代わりに、コストを十分の一にすること。俺たちはまず、ノイシュタルト村でも手に入りやすい薬草の選定から始めた。俺が薬学的な観点から候補を挙げ、アウレオルスが錬金術的な相性を判断する。議論は白熱し、気づけば窓の外は暗くなっている、そんな日々が続いた。
そして数日後、ついに試作第一号の調合に取り掛かる日が来た。
「抽出は順調です。次は第二触媒の投入を」
「わかっている。……よし、投入完了だ」
研究室には、緊張と期待が入り混じった空気が満ちている。アウレオルスが釜の中の液体にゆっくりと魔力を注ぎ込み、成分を安定させていく。順調だ。全てが、計画通りに進んでいるように見えた。
その時だった。
釜の中の液体が、突如として不気味な紫色の光を放ち始めた。
「まずい! 魔力が安定しない!」
アウレオルスが叫ぶ。彼は必死に魔力制御を試みるが、液体の暴走は止まらない。釜はガタガタと激しく震え、甲高い異音を発し始めた。
「ケンタ殿、伏せて!」
アウレオルスの叫びと同時に、轟音と共に釜が大爆発を起こした。
衝撃波が研究室を吹き荒れ、棚の薬草や器具が床に散乱する。俺とアウレオルスは、爆風で壁に叩きつけられ、煤まみれになって床に倒れ込んでいた。
「……っ、大丈夫か、アウレオルス殿」
「ええ、なんとか……。派手にやられましたね」と、アウレオルスは煤で汚れた眼鏡を拭いながら、どこか楽しげに言った。いや、楽しんでる場合じゃないだろ、と俺は内心で叫んだ。
幸い、二人とも大きな怪我はなかった。しかし、目の前の惨状は、開発の失敗を無慈悲に物語っていた。原因は、薬草の組み合わせと魔力制御の相性の悪さ。理論上は完璧なはずだったが、現実の壁は高かった。
「すまない……俺の知識が、まだ足りなかったばかりに……」
初めての大きな失敗に、俺は思わずうなだれる。だが、アウレオルスは冷静だった。彼は煤で汚れた眼鏡を拭うと、爆発した釜の残骸を拾い上げ、じっと観察し始めた。
「落ち込むのは早いですよ、ケンタ殿。むしろ、素晴らしいデータが取れた。なぜ失敗したのかが分かれば、それはもう成功への一歩だ。失敗こそ、成功の母ですからね」
彼はそう言うと、不敵に笑った。その前向きで、どこまでも研究者らしい姿勢に、俺は救われた気がした。そうだ、ここで立ち止まっているわけにはいかない。
その夜、俺は研究室の片付けを終え、アウレオルスに割り当てた部屋の前を通りかかった。扉の隙間から、微かな光が漏れている。こんな時間まで、今日の失敗の原因を分析してくれているのだろうか。
ふと、彼の話し声が聞こえた気がして、俺は足を止めた。聞き耳を立てるようで気は引けたが、漏れ聞こえてきた言葉に、俺は息を呑んだ。
「……報告は以上です。対象は驚くべき知識を保有。しかし、錬金術の基礎が欠如。技術の核心に触れるには、もう少し時間が必要と判断……」
報告? 対象? それは、俺のことか? 彼は一体、誰と話しているんだ。まさか、錬金術師ギルドにか?
俺の背筋を、冷たい汗が伝う。彼の協力の申し出には、やはり裏があったのだ。技術を盗み出すための、スパイ。そう考えれば、全てに合点がいく。
だが、俺は扉を開けることができなかった。怒りよりも先に、奇妙な感情が湧き上がってきたからだ。昼間、俺を励ましてくれた彼の言葉。「失敗こそ、成功の母ですからね」。あの言葉は、本心だったように思えた。
彼の真意は、まだわからない。だが、今はまだ、彼の知識が必要だ。俺は何も聞かなかったふりをして、そっとその場を離れた。俺たちの奇妙な共同研究は、互いの腹を探り合う、新たなステージに突入したのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ついに始まった廉価版ポーション開発!しかし、初っ端から大失敗……。前途多難な船出となりました。
協力者であるはずのアウレオルスの裏の顔も少しずつ見えてきましたが、彼の心にも変化の兆しが……?
二人の関係、そしてポーション開発の行方はどうなるのか!
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