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異世界転移した医師、成り上がりつつポーション革命を起こします  作者: アルゼン枕子
二章 ギルド抗争編 ──安価な奇跡を巡る戦い──
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エピソード016:都市への移転とギルドの洗礼

辺境伯の城下町グライフブルクの喧騒は、俺がいたノイシュタルト村とは比べ物にならない。石畳の道をひっきりなしに人々や馬車が行き交い、活気に満ち溢れている。その一角、商業地区から少しだけ離れた場所に、俺たちの新たな拠点となる診療所はあった。


「健太様、すごい人ですね! これならたくさんの患者さんを助けられます!」


隣で目を輝かせるのは、俺の婚約者であり、助手でもあるフローラだ。彼女の健康的な笑顔を見ていると、この世界に来てからの苦労が報われる気がする。


「ああ。だが、まずはこの診療所を軌道に乗せないとな」


俺、ケンタ・ミッテルフェルトは、元脳外科医。今は辺境伯の騎士という身分を得て、このグライフブルクで本格的な医療活動を始めようとしていた。仲間はフローラの他に、商才溢れるココと、顔の広い行商人オットー。彼らの尽力なくして、この診療所の開設はあり得なかった。(まあ、あの世界間ゲートが一番貢献してるんだけどな、と心の中で付け加える。)


診療所の扉を開けると、待合室はすでに数人の患者で埋まっていた。大工仕事で負った深い切り傷、荷運び中に打ったであろう痛々しい打撲。どれも、この世界では日常的な怪我だ。


「次の方、どうぞ」


フローラの柔らかな声が響く。俺は診察室で患者を待つ。最初の患者は、腕に深い裂傷を負った若い職人だった。


「これはひどいな。すぐに処置する」


俺は手早く傷口を洗浄、局麻を創部に皮下注し、持参した医療用の針と糸で縫合を始める。この世界にはない、現代日本の医療技術。最初は気味悪がられることもあったが、その確かな効果は、ノイシュタルト村での活動を通じて証明済みだ。


「うっ……先生、痛くねえ……」

「麻酔の効果だ。すぐに終わる」


ポーションでは塞がらない傷も、こうして物理的に閉じてしまえば治りは早い。仕上げにポーションを少量塗布し、清潔な布で包帯を巻く。うむ、完璧な処置だ。


「よし、完了だ。数日後にまた傷を見せに来てくれ」


患者は信じられないといった顔で自身の腕を見つめ、何度も頭を下げて帰っていった。


こうして、俺たちの診療所は順調な滑り出しを見せた。小外科処置とポーションを組み合わせたハイブリッドな治療法は、高価な治癒魔法に頼れない庶民の間で、瞬く間に評判となっていった。


しかし、物事がそう簡単に進まないのが、この世界の常だった。


数週間が経った頃、診療所のポーション在庫が心許なくなってきた。ココとオットーが街の薬屋を回るも、どこもかしこも「在庫切れだ」の一点張り。通常ルートでの仕入れは完全に断たれた。


「おかしいですね、ケンタさん。きっと、これは薬屋ギルドの差し金でしょうね。私たちへのポーション供給を意図的に絶っているんですよ」


ココの鋭い指摘に、俺は眉をひそめる。薬屋ギルド。この街のポーション流通を一手に担う組織だ。俺たちの診療所が、彼らの領域を侵していると判断したのだろう。裏ルートを探るも、通常価格の三倍という法外な値段を吹っかけられ、手が出せない状況だった。(三倍って、もはや強盗だろ。せめて二倍にしろよ、と心の中で毒づいた。)


追い打ちをかけるように、今度は治癒術師ギルドが動き出した。

「あの診療所は、神聖なる治癒魔法を模倣した、まがい物の治療を行っている」

「あんなものは気休めにしかならない。本当の治癒ではない」


そんな悪意に満ちた噂が、街中に流布され始めた。ポーション不足と悪評のダブルパンチで、あれほどひっきりなしだった患者の足が、ぱったりと途絶えてしまったのだ。


「なんて卑劣な……」


フローラが悔しそうに唇を噛む。俺たちのやっていることは、決してまがい物などではない。だが、ギルドという巨大な権威の前では、新参者の俺たちの声などかき消されてしまう。


重苦しい空気が診療所を支配していた、その日の午後だった。一台の豪華な馬車が、診療所の前に停まった。紋章は、辺境伯グライフブルク家のもの。降りてきたのは、凛とした佇まいの美女、テレジア・フォン・グライフブルクその人だった。


「ご盛業のようですわね、ミッテルフェルト殿。まずは現状を詳しくお聞かせいただけますか?」


領主代理である彼女の突然の来訪に、俺たちは度肝を抜かれた。幸い患者がいないので、俺は彼女を診察室に招き入れ、ギルドから受けている妨害行為について、包み隠さず全てを話した。


テレジアは静かに俺の話に耳を傾けていたが、やがて力強く頷いた。


「……事情は把握いたしましたわ。既得権益に固執するあまり、浅ましい手段に訴えているのですね」


彼女は立ち上がると、待合室で不安げに待っていた数少ない患者たちを見渡し、そして俺に向き直った。


「ケンタ・ミッテルフェルト殿。あなたの医療はこの街に不可欠ですわ。わたくしが保証いたします。患者を救うという事実こそが、何よりの証ですもの」


その言葉は、追い詰められていた俺の心に深く染み渡った。


「領主代行として、各ギルドへは妨害行為を即刻お控えいただくよう指示いたしますわ。あなたは信じる医療を、どうぞ貫いてくださいませ」


テレジアはそう言うと、力強い眼差しで俺を激励し、風のように去っていった。彼女が後ろ盾となってくれる。それは、何よりも心強い約束だった。


まさにその時、ココとオットーが息を切らして診療所に駆け込んできた。


「ケンタさん、ふふん、上出来ですよ。商業ギルドの伝手を辿って隣町からポーションをかき集めてきました。量は多くないですけど、当座は凌げるはずです!」

「足元を見やがって、普段の倍はしやがったがな! これで当分は戦えるぜ!」


二人の手には、決して多くはないが、それでも貴重なポーションが抱えられている。危機は、ひとまず去った。

だが、俺は改めて実感していた。これは、始まりに過ぎない。この街に根付く巨大な既得権益との戦いは、まだ始まったばかりなのだと。俺は固く拳を握りしめ、次なる戦いへの決意を新たにするのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

第二章、いよいよ都市での本格的な活動が始まりました。しかし、そう簡単にはいかないのが世の常。早速、巨大なギルドの壁がケンタたちの前に立ちはだかります。

テレジアという強力な味方を得ましたが、果たしてこの先生きのこれるのか……。

面白い!と思っていただけましたら、ぜひブックマークや評価、いいねで応援していただけると、執筆の励みになります!

次話もよろしくお願いします!

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