エピソード14 氾濫の終結と新たな関係
夜明けが、血と泥に塗れた戦場を淡く照らし始めた。遠くでモンスターの呻き声が聞こえるが、それはもう、死にゆくものの断末魔に過ぎない。辺境伯の兵士たちが残党を掃討し、村人たちは互いの無事を確かめ合っていた。戦いは、ようやく終結したのだ。
「ふぅ……なんとか、終わったか」
健太は、疲労困憊の体で最後の負傷者の手当てを終え、大きく息を吐いた。医療器具を片付けながら、ふと空を見上げる。満身創痍の体で、よくここまで持ちこたえたものだ、と健太は思った。
「しかし、まさか本当にモンスターの氾濫を乗り切るとはな……。俺、脳外科医なのに、いつの間にか戦場の衛生兵みたいになってるし。これって、異世界転生モノのテンプレか?いや、俺は医療チートで無双するタイプじゃないし、そもそもチート能力なんてないしな。あー、早く帰ってエロゲしたい……」
独り言を呟きながら、健太は医療道具を丁寧に拭き、ケースに収めた。彼の顔には、安堵と疲労の色が浮かんでいた。
その時、背後から声が聞こえた。
「……お前がいなければ、もっと多くの命が失われていただろう」カインツが静かに言った。
振り返ると、そこにいたのはカインツだった。彼の顔には疲労の色が濃く、魔力の消耗が激しいことを物語っていた。その瞳には、かすかな尊敬の色が浮かんでいた。
「あなたも、魔力が尽きるまで戦ってくれた。感謝している。あなたの治癒魔法がなければ、俺の処置だけではどうしようもない患者も多かった」
健太は素直にカインツの献身的な姿勢と、その治癒魔法の力を認めた。カインツは一瞬、驚いたような表情を見せたが、すぐにいつもの仏頂面に戻った。しかし、その態度の奥には、健太への一定の評価が見て取れた。
「ふん。当然だ。騎士たるもの、民を守るのは責務。だが、貴様の止血術と、むやみに乱発したあれは、確かに役には立った。礼を言う」カインツはぶっきらぼうに言った。
カインツの言葉に、健太は内心で苦笑した。「乱発って、ポーションのことか?まあ、この世界じゃそうなるか……」
戦後処理が落ち着いた後、辺境伯が論功行賞の儀式を行った。
健太とカインツも、戦功が認められた。辺境伯の隣には、心配そうな顔をしたテレジアが控えている。彼女の瞳は、健太とカインツに向けられていた。
「田中健太殿、そしてカインツ殿。お二人の活躍、この辺境伯、しかと見届けました。その功績を称え、田中健太殿を我が領の騎士に任命する。カインツ殿は、すでに騎士であるから、その功績により聖騎士の称号を授ける」辺境伯は厳かに告げた。
辺境伯の言葉に、健太は目を丸くした。騎士になるなど、全く想像していなかったからだ。彼の脳裏には、騎士のイメージが駆け巡った。
「私が騎士に……ですか?え、騎士?俺、脳外科医なんですけど……。剣とか持てないし、馬とか乗れないし、騎士道とかよくわかんないし……」
健太は思わず独り言が漏れたが、辺境伯は気にした様子もなく、力強く頷いた。彼の言葉は、辺境伯には届いていないようだった。
「うむ。貴殿の知識は、この領地にとって不可欠なものとなるだろう。カインツ殿も、異論はないな?」
辺境伯がカインツに視線を向けると、カインツは静かに頷いた。彼の表情には、健太への一定の理解と、魔法による治療が万能かつ至上という考えが混在しているように見えた。複雑な感情が入り混じっているようだった。
「承知いたしました。この身、辺境伯様と領民のために尽力いたします」
健太は辺境伯の真剣な眼差しに、その任命を受け入れることを決意した。騎士という響きに、少しだけ胸が高鳴るのを感じた。まるで、子供の頃に憧れたヒーローになったような気分だった。
その時、テレジアが健太に一歩近づいた。
「田中健太殿、そしてカインツ殿。お二人の活躍、このテレジア、しかと見届けました。特にケンタ・ミッテルフェルト殿の医療技術と、彼がもたらしたポーションの可能性には、強い関心がございます」テレジアは健太に視線を向けた。
テレジアの瞳は、健太の医療技術に対する純粋な好奇心と探求心に満ちていた。
「ケンタ・ミッテルフェルト殿、もしよろしければ、わたくしの領地で、あなたの医療技術を広めてはいただけませんか?必要な支援は惜しみません。父上も、あなたの力を必要としています」
辺境伯は娘の意を汲み、健太を招聘し、テレジアの従士として任命した。この場で拒否することは、彼の首が飛ぶことを意味した。
「テレジア様の従士に……光栄です。謹んでお受けいたします。」健太は深々と頭を下げた。
中世には、個人の権利など塵よりも軽い。
思わぬことになったが、辺境伯様の支援があれば、より大規模な医療活動が可能になる。これはいいかもしれない。だけど、従士って、つまり秘書みたいなもんか?医療活動の支援はありがたいけど、なんか面倒なことになりそうだな……」
健太は新たな可能性を感じつつも、慣れない役職に少しばかりの不安を覚えた。
カインツは、テレジアの言葉に複雑な表情を浮かべた。彼の視線は、健太に向けられるテレジアの熱い眼差しに釘付けになっていた。その瞳には、明らかに嫉妬の色が浮かんでいた。
「……ふん。まあ、せいぜい頑張るがいい」カインツはそう言い残し、その場を後にした。
モンスターの氾濫は、健太とカインツ、そしてテレジアの関係を大きく変えた。それぞれの立場、それぞれの信念を持つ三人が、異世界医療の未来のために、手を取り合う日が来るのかもしれない。しかし、その道のりは決して平坦ではないだろう。カインツの魔法至上主義、テレジアの医療への飽くなき探求心、そして健太の現代医療の知識。これらがどう融合し、どのような化学反応を起こすのか、それは誰にも予測できなかった。健太は、騎士という新たな肩書きと、テレジアの従士という役割を背負い、この異世界で、俺の医療がどこまで通用するのか。そして、この新たな関係が、一体何をもたらすのか……。期待と不安が入り混じる中、健太は新たな一歩を踏み出した。
彼の視線の先には、まだ見ぬ異世界医療の未来が広がっていた。
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