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エピソード13 いがみ合いと共同戦線

遠く、地平線の彼方から、黒い影がうごめいていた。それは、まるで巨大な津波のように、ゆっくりと、しかし確実にこちらへと迫ってくる。辺境伯の城壁は、その影を迎え撃つべく、兵士たちが慌ただしく配置につき、弓兵が弦を引き絞る音が響き渡る。村人たちは、恐怖に顔を歪ませながらも、必死に武器を手に取り、あるいは大切な者を守るように身を寄せ合っていた。戦いの火蓋が、今にも切って落とされようとしていた。

その混沌の中心で、健太は医療道具を広げ、負傷者の応急処置に追われていた。彼の視界には、血と土にまみれた兵士や村人が次々と運び込まれてくる。その数は、刻一刻と増えていった。


「くそっ、こんな時に限って、ポーションの在庫が……いや、待て。この傷は動脈性出血か。ポーションはちょっと待って、止血帯、止血帯はどこだ!」


健太は独り言を呟きながら、医療ポーチを漁る。脳外科医として培った冷静さが、この極限状況で彼を支えていた。しかし、その冷静さも、目の前の惨状を前にして、時折揺らいだ。


「おい、そこの医者!なぜそんな原始的な方法で時間を無駄にする!もっと効率的に治癒できるはずだ!」


苛立ちを隠せない声が、健太の耳に飛び込んできた。カインツだ。彼は鮮やかな光の魔法で、兵士の傷を瞬く間に塞いでいく。その光景は、まるで手品のように見えた。その手つきは、淀みがなかった。


「あなたの魔法では必要ないかもしれませんが、ポーションは万能じゃないんです!適切な治療には、これが必要なんですよ!」


健太は負傷者の止血をしながら、冷静を装って答えた。内心では、この魔法使いの傲慢さに苛立ちを覚えていた。目の前の命を救うために必死になっているのに、なぜそんなことが言えるのか、と。


「そうだ、私の魔法は万能だ!お前のような素人のやり方では、この状況は打開できない!」カインツは言い放った。


「素人だと?私は医者だ!あなたの魔法も、MPという限界があるのでしょう!前線からこちらに帰ってきたのはMPを回復させるためではないんですか?」


健太の声に、感情が混じる。理不尽な状況に直面すると、彼は冷静さを保てなくなる。目の前の患者を救うために、最善を尽くしているのに、それを「原始的」と一蹴されるのは、医者としてのプライドが許さなかった。彼の医療への情熱が、怒りとなって燃え上がった。


「ふん、医者だと?この状況で、そんな悠長なことを言っている場合か!」カインツは鼻で笑った。


 二人の間に険悪な空気が流れる。しかし、目の前の危機は、いがみ合いを許さなかった。次々と倒れていく兵士たち、そして村人たち。このままでは、全員がモンスターの餌食になってしまう。


「……くそっ、仕方ない!」カインツが不本意そうに呟いた。「俺はMPを節約する必要がある。お前、軽症患者の処置は任せる!ただし、治せない患者は俺に回せ!魔法でどうにかしてやる!」


「分かった!ほんとに重症のやつはお願いする!」健太はカインツの言葉に頷いた。今は、いがみ合っている場合ではない。


互いの医療アプローチは異なるが、今は協力するしかない。健太はポーションと現代医療の知識を最大限に活用し、負傷者の命を繋ぎ止めることに集中した。彼は素早く傷口を消毒、縫合し、止血帯を巻き、骨折した箇所を整復していく。そしてポーションを使ったら、止血の確認、関節可動域の確認、そして抜糸。その手つきは、まるで精密機械のようだった。彼の動きには、一切の無駄がなかった。


「よし、あなたは治療完了。前線に戻れますか?」健太は兵士に声をかけた。


「はい、ばっちりです。ありがとうな、先生」兵士は力強く答えた。



次に、意識障害、血圧低下の患者が搬送されてくる。


「輸液ポンピングも一時的に血圧がもどったけど、おそらく太い動脈が損傷してる。これはカインツのところかな」健太は状況を判断した。


健太は、重度の兵士をタンカでカインツのところへ送る。カインツは眉をひそめながらも、その兵士に治癒魔法をかける。光が兵士の体を包み込み、みるみるうちに骨が結合していく。その光景は、何度見ても驚きだった。


「まったく、こんな奴と組むことになるとはな……」カインツは悪態をつきながらも、健太の的確な処置に目を細めた。健太が止血した患者は、魔法の治癒効果が格段に上がっているように見えた。彼の医療技術は、確かに魔法を補っていた。


「あなたも、なかなかやるじゃないですか。魔法で出血性ショックを回復するとは、まるでゲームの回復魔法みたいだ」健太もまた、カインツの強力な魔法に感嘆していた。彼のオタク気質が、こんな状況でも顔を出す。しかし、その言葉には、偽りのない尊敬の念が込められていた。


いがみ合いながらも、二人の共同戦線が始まった。健太は次々と負傷者の応急処置を行い、カインツは健太が処置した患者に魔法をかけ、あるいはモンスターを足止めする。互いの能力を認めざるを得ない状況が、彼らの間に奇妙な信頼関係を築き始めていた。それは、戦場という極限状況が生んだ、特別な絆だった。


「おい、そこの医者! この傷は……」


カインツが、片腕を失った兵士を指差す。健太は顔色を変えた。その傷は、あまりにも痛々しかった。


「これは……。くそっ、この世界に義手や義足の技術はない。どうする……」


 健太は絶望的な状況に、思わず顔を歪ませた。その時、カインツが静かに言った。


「……俺の魔法で腕を再生することはできる。が、今はその時間も魔力も十分ではない。今は止血を優先する。」カインツは静かに言った。


カインツの言葉に、健太はハッとした。そうだ、再生とかはあとで魔法的な奇跡でなんとかしてもらおう。今はあくまで応急処置だ。健太はすぐに止血処置を施した。彼の動きに、迷いはなかった。


二人の間に、言葉ではない理解が生まれた瞬間だった。この戦いが終われば、彼らの関係は大きく変わるだろう。しかし、その変化が、彼らにとって良いものとなるのか、それとも……。それは、誰にも分からない未来だった。

ライバルとの協力関係っていいですね。


ここまで読んでいただきありがとうございます!

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