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エピソード11 モンスターの氾濫と二人の治癒者

辺境の村、ノイシュタルト。普段は穏やかなその村に、不穏な空気が満ちていた。遠くの森からは、獣の咆哮がひっきりなしに聞こえ、空には黒い煙が立ち上っている。村の周囲に築かれた粗末な防壁は、今にも崩れ落ちそうなほどに揺れていた。土埃が舞い上がり、焦げ付くような匂いが風に乗って運ばれてくる。それは、モンスターの氾濫が間近に迫っていることを告げていた。


その防壁の上で、健太は双眼鏡を覗き込んでいた。彼の隣には、村長グスタフと、屈強な戦士マックスが立っている。マックスの顔には、かすかな緊張が走っていた。彼もまた、この異常事態に危機感を抱いているようだった。


「村長、モンスターの活動がさらに活発化していますね。大型の魔物まで現れ始めたと聞きました」

健太の声には、隠しきれない不安が滲んでいた。医療の知識はあっても、戦いの経験など皆無に等しい。こんな状況に直面するのは、異世界に来て初めてのことだった。彼の心臓は、不規則なリズムで脈打っていた。医者として、目の前の危機に何もできない無力感が、彼を苛んでいた。


「うむ、ケンタ殿。村人たちの不安も頂点に達しておる。辺境伯からの援軍を待ちわびるばかりだ」グスタフ村長は顔を曇らせた。


その時、地を揺るがすような轟音と共に、村の防壁の一部が大きく崩れ落ちた。土煙が舞い上がり、視界を遮る。モンスターの群れが、ついに村に侵入してきたのだ。


「来たぞ! モンスターだ!」

マックスの叫び声が、土煙の向こうから響き渡った。彼の声には、戦士としての覚悟と、迫りくる脅威への緊張が混じり合っていた。


土煙が晴れると、そこにはおぞましい光景が広がっていた。無数のモンスターが、まるで濁流のように村へと押し寄せてくる。鋭い牙を剥き出しにしたゴブリンの群れ、巨大な体躯で地響きを立てる猪型の魔物、そして空を覆うように飛来する、醜悪な翼を持つハーピー。村人たちの悲鳴が響き渡り、混乱が村を包み込む。それは、まさに悪夢のような光景だった。


「兵士たちよ、突撃!」

その混乱の中、辺境伯の軍隊が到着した。指揮官の凛とした声が響き渡り、鎧をまとった兵士たちが一斉にモンスターへと突撃していく。剣と盾がぶつかり合う甲高い音、魔法の閃光が闇を切り裂き、そして魔物の咆哮が入り混じり、戦場は地獄絵図と化した。血と土埃の匂いが、鼻腔を刺激する。


健太は村人たちの避難誘導を手伝いながら、戦いの様子を注視していた。兵士たちは勇敢に戦っていたが、モンスターの数は圧倒的で、次々と負傷者が出ていく。腕を斬りつけられ、血を流す者。腹を貫かれ、苦悶の声を上げる者。意識を失い、地面に倒れ伏す者。その光景は、健太の心を締め付けた。医者としての本能が、彼を突き動かした。目の前の命を救いたい、その一心だった。


「くそっ、このままじゃ……。俺にできることは……」

健太は歯噛みした。この状況でできることは限られている。現代の医療器具があれば、もっと多くの命を救えるのに、と彼は心の中で叫んだ。彼の無力感が、胸を締め付けた。医者として、これほどまでに無力だと感じたことはなかった。


その時、健太は驚くべき光景を目にした。負傷した兵士たちが、小さな瓶に入った赤い液体を飲むと、瞬く間に傷が癒えていくのだ。深い傷口が塞がり、折れた骨が元に戻るかのように見える。その光景は、まるで魔法のようだった。現実世界では、決してありえない光景だ。


「あれは……ポーション?まさか、本当に存在するのか!」

健太は思わず呟いた。ネット小説やゲームでしか見たことのない「ポーション」が、この世界に実在することに驚愕した。その回復効果は、現代医療の常識をはるかに超えるものだった。これは、医療の概念を覆すものだ、と健太は思った。


「すげぇ……これがあれば、俺の医療ももっと捗るのに。いや、待てよ?これって、どういう原理なんだ?細胞の再生を促進してるのか?それとも、魔力的な何かで傷を修復してるのか?うーん、気になる……」

健太は、医療オタクとしての探究心が刺激され、戦場の真っただ中にもかかわらず、ポーションの原理について考え始めていた。彼の頭の中では、科学的な分析と、異世界ならではの神秘が入り混じっていた。その思考は、もはや医者のそれではなく、研究者のそれに近かった。


戦場はさらに激しさを増していく。そんな中、健太の目に、一人の人物が飛び込んできた。彼は兵士たちの間を縫うように駆け回り、傷ついた者たちに手をかざしていた。すると、その手から放たれる淡い光が、兵士たちの傷を鮮やかに癒していくのだ。まるで、時間が巻き戻るかのように、傷が消えていく。それは、まさに奇跡のような光景だった。


「魔法……治癒術師か!ポーションとはまた違う、これは純粋な魔法による治癒……」

健太は目を見開いた。その人物の動きは淀みなく、まるで舞を踊るかのように優雅だった。その姿に、健太は目を奪われた。


その人物は、辺境伯に仕える治癒術師、カインツと名乗った。彼は金色の髪をなびかせ、端正な顔立ちをしていた。その瞳には、自信と誇りが宿っている。その立ち振る舞いには、貴族のような気品があった。


「私はカインツ・フォン・シュヴァルツ。辺境伯の命により、負傷者の治療にあたっている」カインツは冷静な声で言った。


カインツの魔法は、ポーションとは異なる、より根本的な治癒を施しているように見えた。健太は、この異世界で初めて、自分以外の「治癒者」と出会ったことに、医者としての探究心を刺激された。しかし、同時に、彼の魔法が自分の医療知識では到底及ばない領域にあることに、わずかな焦りも感じていた。現代医療の限界を、改めて突きつけられた気がした。


「くそ、俺の医療知識じゃ、あんな鮮やかな治癒は無理だ。でも、ポーションと魔法、この二つが組み合わされば、もっと多くの命を救えるはず……いや、待てよ?ポーションと魔法、どっちも面白そうだ。死者は蘇るのか?失われた四肢を再生できるのか?」

健太の頭の中では、新たな疑問が次々と湧き上がっていた。この戦いが終わったら、カインツに話を聞いてみたい。そして、この世界の医療の真髄を、もっと深く知りたい。そんな思いが、健太の胸に強く芽生えていた。それは、医者としての純粋な探究心だった。


戦いが一時落ち着いたとき、健太は、すぐさまオットーに連絡を取った。彼の顔は、興奮と決意に満ちていた。医療への情熱が、彼を突き動かしていた。


「オットーさん、今すぐポーションを、あるだけ全て買い占めてください! 金ならいくらでも出します!」


健太の言葉に、オットーは目を丸くした。普段は堅実な商売を心がける健太が、これほどまでに前のめりになるのは初めてだった。


「ケンタ殿、それは一体……」オットーは戸惑いながら尋ねた。


「いいから、早く!この村の、いや、この世界の未来がかかっているんです!」


健太の剣幕に、オットーはただならぬ事態を察した。彼は健太の言葉を信じ、すぐに手持ちのポーションを全て健太に売り渡した。


「ココにも連絡を!グライフブルクの他の商会にも、ポーションを優先的に回してもらうよう手配してください!」

健太は矢継ぎ早に指示を出す。その姿は、まるで戦場の指揮官のようだった。彼の瞳には、医療への揺るぎない情熱が宿っていた。この状況を打開するため、彼は全力を尽くそうとしていた。


オットーは、健太の底知れない財力と、医療への情熱に驚愕し、そして深い尊敬の念を抱いた。この男は、ただの医者ではない。何か、とてつもない可能性を秘めている、とオットーは直感した。


「ケンタ殿……あんたは、本当にすごいお方だ……」


オットーは、震える声で呟いた。ポーション一本が労働者の五日分の日当に相当するこの世界で、健太が惜しみなく莫大な資産を投じる姿は、金儲けのためではなく、純粋に人々を救うために行動している証だった。彼の目には、健太の姿が神々しく映っていた。健太の行動は、オットーの商売人としての価値観をも揺さぶるものだった。彼は、この男についていこう、と心に決めた。


カインツはイケメンまじめ系男子。


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