パーティから追放される
獣たちは俺が発する異質な雰囲気を感じ取ったのか、距離を取ったまま襲ってこない。
膠着状態が続いた。
俺はゆっくりと辺りを偵察する。
「人間界の魔物って、こんなに強いのか……大変だな」
俺が観察しているのと同時に、俺を観察している獣たち。
成人男性ぐらいの大きさで四足歩行、俺が勝手に獣と言っているように、全身は赤黒い毛で覆われていて、どの個体も頭というものが存在していない。
それでも俺は、ハッキリと視線を感じている。
こいつらは魔王城周辺に存在するレベルの魔物だ。勇者たちが金目的で倒しているとすれば、俺は今、とんでもない時代を生きているのかもしれない。
「期待が持てる、な!」
俺は握っていたスコップを投げ、しびれを切らして飛び出してきた獣の胴体部分に当てる。
それは致命傷となりえるほどに深く食い込んだ。
しかし、獣には大したダメージを与えられていないようだった。
「やっぱ不死だよな」
俺は右手で掴んでいた黒い糸を思い切り引っ張り、スコップごと獣を引き寄せる。
その持ち手には糸を巻き付けていた。シャリテから学んだ戦い方だ。
獣が空を飛び、俺へと向かってくる。
黒い網目が獣全体を固定していて、スコップの刃先が抜けることはない。
飛んでくる対象を冷静に眺めながら、俺は左手で握っているハサミを黒く染めた。
不死とはいっても、この手の奴は核を壊せば活動を停止する。そう相場が決まっている。
獣との距離が手を伸ばせば届きそうなほど近くなった瞬間、俺の目の前に巨大な口が現れた。
それは俺一人を余裕で丸呑みするぐらいに大きく、確かに実体として存在していた。
初見殺しすぎない?
『今の勇者、すごいな』などと感心しながら、俺は食べられた。
被捕食者の気持ちが少しわかった気がする……
「まあ、初見殺しは裏ボスの特権でもあるんだ。残念だったな」
俺は普通に立っていた。一歩も動いていない。
地面は綺麗な断面を残し抉れていて、少し離れた場所に獣の後半身が転がっている。
全身を消し去ったつもりだった。やはりこの獣は強い。
「他は……逃げたか」
俺の周囲からは獣を含め、一切の魔物の気配が消えていた。
またもや申し訳ないことをした。これでは魔物を探す手間を増やしてしまっただけだ。
何はともあれ、偵察は終わりだ。
問題はなかった。これでパーティは安心して魔物討伐に挑めるだろう。
俺は荒野に戻るため、森を出る。
あっけなく終わった初戦のせいだろうか、道中、僅かにではあるが、虚しさが胸中に去来した。
パーティが居る拠点に戻り、生きていることに驚かれ、そしてもう一度森へと帰ってくる。
行ったり来たりが面倒だが、本来の目的はここからだ。
「なんだ……これは」
エペが後ろ半身だけになった魔物を見て、驚いていた。
俺は彼の横に立ち、とぼけながらも説明する。
「魔物同士の共食いだと見受けられます。この魔物は結構強い、感じでしょうか?」
「強いなんてもんじゃない。このレベルの魔物、初めて見た」
今回は俺の質問にエペが答えてくれた。それほどまでに彼は動揺しているようだ。
「では、倒しに行きましょう。奥にはまだ居るはずですよ」
俺は笑顔で提案した。
シャリテとエペがあの獣たちとどう戦うのか、俺の成長のためにも見ておきたい。
そう思っていたのだが、エペは獣人の男に魔物の死骸を回収させ、踵を返して森から出ようとする。
「なにしてるんですか!? 魔物はまだ居ますよ!」
予想外の展開に、俺は慌ててエペに詰め寄る。
「やったぞ。俺の名声がまた一つ増えた……」
俺の声は届いていない。エペの目は完全に焦点を見失っている。
俺はその光景を見て、興味を完全に失った。
「つまらんな」
木々の隙間から見える暗い夜空を見上げ、自嘲気味に笑う。
すると、後ろからシャリテが声をかけてきた。
「ウラ、どうしたの?」
「こっちの話だ。シャリテは大丈夫なのか?」
「少し頭が痛い、けど大丈夫」
「そうか……偉いな」
真の勇者は常に戦っている。
シャリテの瞳の奥には、確かに光が残っていた。
俺はシャリテの頭を優しく撫でる。
彼女の洋服に潜んでいたミニボス二号機が、俺に対して親指を上げた。
……
討伐が終わったことになり、荒野で一夜を明かした後、パーティは拠点としている街へ向かった。
またもや半日近くをかけて街へと辿り着き、まずはシャリテを宿に連れていった。彼女は辛そうにしていたが、俺には応援することしかできなかった。
そして現在は、取引所と呼ばれる大きな建物の中で、ちょうど魔物の素材を売り終えたところだ。
周りからは『流石はエペさんだ』という声が聞こえる。
エペが手を振りると、黄色い歓声が周りから上がる。
誰も彼もが、一人の勇者を称えている。
俺はこの光景を見て、自分の浅はかさを反省した。
失敗の原因は、俺が勇者について知らなさ過ぎたことだ。
理解はしていたつもりだったが、強い”だけ”の勇者でも希望を見つけてしまった。きっと、焦っていたのだろう。
何が言いたいかというと、この勇者では役不足だ。
「ウラディル、君にはパーティを抜けてもらいたい」
衆人環境の中、作られた爽やかな笑みで、エペが言った。
しかし、既に彼への興味を失っている俺は、聴覚が受け取った言葉を意味として認識していない。
俺はふと思った。
この勇者を有効に活用したい、と。
「聞いてるかい?」
滅多にない機会だから、今後の分析に役立てるべきだ。
「ウラディル、驚く気持ちはわかるよ」
そうだ、俺に足りなかったのは自己分析だ。
俺が俺を客観的に分析できてないのに、勇者に裏ボスを倒してもらうなどおこがましかった。
「君のためを思って言うんだ。今後の戦いはもっと厳しくなる。私は大切な仲間が傷ついて欲しくないんだよ」
エペは自分に酔っているような演技で、大きな声を出している。思考の邪魔だ。
「なんて仲間思いなんだ」「エペ様は新人にさえ優しいのね」「あの弱そうな男が足を引っ張っているんだ」
周りからも色々と聞こえるが、そんなことはどうでもいい。
俺は天井を見上げ、ぼそりと呟く。
「自分探しの旅ってやつか。まさか異世界に来てやることになるとはな……」
もう400歳近いとうのに、いまさらか。
何度目になるか分からない自嘲気味な笑みを浮かべてしまう。
「……大丈夫かい?」
そういえば、エペが何かを言っていたな。テキトーに返しておくか。
とりあえず、いつもの返事を言っておけば何とかなるだろ。
「了解です!」
そう言った後に、俺はやっと場の空気感を察した。
もしかして、今って結構シリアスな感じですか?
……と、まあ、普通にシリアスな話題だったようで、俺はパーティを普通に追放された。
追い出されるように取引所を出て、肌寒い夜の街道を歩いている。
この後の展開は想定済みだ。エペが俺を消しにくるだろう。
背中に付いていた発信機を手のひらで遊ばせながら、俺は目的地へ向かう。
街の中心部から離れ、寂れた一角を進む。
この辺りは馬車で通ったときに見つけていた。
光が消え、人の気配すらまばらな地域で、俺は一軒の廃屋に入る。
この廃屋には地下室があるようで、俺は埃だらけの階段を降りた。
家財道具は全て回収されたのか、それとも盗まれたのか、何も無い正方形の空間がそこにはあった。
光すら無い地下室で、俺は自分の姿を変える。
体全身が黒く染まり”漆黒のなにか”になる。
世界と一体になったような、懐かしい心地がした。
しばらくすると、揺らめく光が階段を降りてきた。
俺は威厳を込めて、何度も練習したセリフを言う。
「勇者よ、貴様の戦いはこれからだ」
これは出番に入りますか?
──いや、入らない。




