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裏ボスは家出した  作者: Seabird(シエドリ)
第一章 裏ボスは家出した
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学園を出る

 俺は欠伸(あくび)をしながら、現実逃避をするように窓の外を見た。いい天気だ。


「ウラは本当に普通なんだ」

「なにをいまさら」


 彼女の言う通り、俺は普通だ。

 魔法も使えないし、武芸の達人というわけでもない。特別な知識を持っているわけでもないし、跳び抜けたカリスマ性があるわけでもない。当然、ドア越しの気配を感じ取ることなどできない。

 そもそも裏ボスという存在は、人間の尺度では測れないのだ。


「嘘つきウラ。私は『明日から武者修行に出る』と言った」

「まさかですが、日付が変わってからずっと、ここで待っていました?」


 俺の問いかけには、小さな頷きが返される。


「ノックでもしてくれればよかったのに」


 俺は思わず笑ってしまう。

 自由人という印象のシャリテだったが、意外な一面を見ることができた。


「いつか気づいてくれると思った……」


 シャリテは頬を膨らまし、顔を膝に埋める。少し恥ずかしいのだろう。


「待たせてしまって申し訳ないです。でも、なんで俺の自室(ここ)が分かったのですか?」


 学長が教えたのかな、とも思ったが、ちょっとした喧嘩別れの後だ、強情なシャリテが聞きに行ったとは考えにくい。

 だとすれば、彼女はいったいどんな魔法を使ったんだ?

 

 俺は裏ボスだが、それ以前に空想(ファンタジー)好きの異世界人だ。

 魔王城に居た時は、画面越しでしか魔法を見れなかった。

 魔法学園には期待したが、この平和な箱庭で魔法が飛び交うことなどありえなかった。日常系を除いて、演習所以外での魔法の発動は禁止されているのだ。

 結局、自分が使えないという事実も(あい)まって、俺の魔法に対する関心は上がり続けた。


 千里眼か? 第三の目か? シャリテほどの勇者なら、それくらいは持っているはず。

 ワクワクする気持ちを隠し、俺は種明かしを待つ。


 シャリテは顔を上げないまま、そんな俺の背後を指さした。


 俺は頭に疑問符を浮かべながらも、背中に手を当てる。

 いつも着ている何の変哲(へんてつ)もない白のシャツ、その肌触りに違和感がある。


「なんだ、これ……」


 俺はいつの間にか張り付いていた小さな布をはがし、手のひらにのせて確認した。

 魔法陣が描かれた正方形の布だった。


「それは発信機」


 シャリテがボソッと呟いた。


 発信機か……普通だな。

 俺は目線を上げ、窓の外を見る。空が綺麗だ。


 この勇者の存在は、裏ボスの尺度では測れないらしい。



 ……



 寮では結局、シャリテが浄化の魔法で俺を綺麗にしてくれた。

 汚れを取る原理が謎過ぎて色々と実験してみたくなったが、無言の圧力に負け、出発の準備を急いで済ませた。


 逃げるように学園を出て、今は街へと向かう馬車に乗っている。

 この展開を読まれていたかのように、学園の外で馬車が待機していた。


 俺は馬車の小窓から外を見る。

 小さくなっていく魔法学園の建物が、日常の終わりを告げている。

 ちなみに魔法学園の名前は”魔法学園”だ。世界中探しても、魔法学園は一つらしい。

 

 目的地も知らされぬまま馬車に揺られる。

 近くの街へ行くだけなら馬車を準備する必要などない。それに街とは逆方向の草原を進んでいた。


「シャリテ様……」

「様はいらなない。堅苦しいのは無し」

「そうか。ならシャリテ、俺たちはどこへ向かっているんだ?」


 すぐに口調を変えた俺に、シャリテは少し驚いた顔をした。

 別に俺は、話し方にこだわりがあるわけでもない。相手が望むなら、適当に合わせるだけだ。


「わ、私にも、分か、分からな、い……」


 噛み噛みの返答が帰ってきた。何を動揺しているのだろうか。


「分からないか……そうか、分からないか……ん?」


 俺は急いで、御者に聞くために前方の小窓を開けた。

 一人の若い男性が、手綱を握って馬を走らせている。


「すみません。この馬車って、どこに向かっているのですか?」

「何をおっしゃってるんですか。あなた様の屋敷ですよ」


 御者は前を向きながら、当然のように答えた。


「屋敷、ですか。シャリテのかな……」

「シャリテ? またまた御冗談を」


 ここで初めて、御者が俺の方を向く。

 顔と顔が向かい合い、沈黙が流れた。


「誰です?」


 御者が『へへへ』と笑いながら俺に聞く。


 どうやらお互い、盛大な勘違いをしていたようだ。




「本当にいいんですか? 魔法学園に戻らなくて」


 草原の真ん中で、俺たちを降ろした御者が心配そうに聞いてくる。


「大丈夫ですよ。他の馬車に拾っていただきますので」

「そうですか……本当に申し訳ございません。それでは」


 馬車が離れていく。

 その様子を見送りながら『がんばれー』と他人事のように応援する。

 これから起こるであろうトラブルに、俺は巻き込まれたくない。


 学園の門の外に停まっていた馬車に、何も考えずに乗ったシャリテと俺。

 そして、誰が乗ったのか確認もせずに出発した御者の男。


「世の中、案外テキトーだな」


 せっかくの門出がグダグダだ。

 俺はため息をつき、歩き始めた。


 陽が本格的に上がり、じんわりと汗をかき始める。

 俺の少し後ろで、シャリテがついてきていた。


 草原を横切るように作られた石畳の一本道は、地平線の先まで伸びている。

 この道を歩いて行けば、どこかには辿り着くだろう。


「シャリテ、なぜ後ろを歩く。これからの計画はどうなっているんだ?」

「……考えてなかった」

「だと思ったよ。勢いで決めてしまったんだろ。まあ、気持ちは分からないこともない」


 初めの一歩なんて、流れと勢いでテキトーに、だ。

 俺はシャリテを過去の自分と重ねている。

 仕方がない、裏ボス直々に導いてあげよう。


「うん、俺も外の世界を知らなかったわ」


 冷静に考えたら、俺は魔王城の待機室と魔法学園内でしか生きていなかった。

 暇なときに図書館でこの世界のことを学んだりしたが、それでも無知であることに変わりはない。


「どうしたものか……」


 雲一つない晴天の空は、俺たちの巣立ちを祝福している。

 なんとかなるか。

 俺は考えるのが面倒になり、とりあえず先へと進むことにした。



 お互いが無言のまま、しばらく歩いていると、後ろから馬車の音が聞こえた。

 次の街へ行くための一本道だ、そろそろ来ると思っていた。


 俺は手を大きく振り、御者に止まってもらう。


「すみません。次の街まで乗せていただけませんか?」


 とりあえず、交渉する。

 手綱を握る御者は、大きな帽子が特徴的な女性だった。

 彼女は嫌悪感を隠そうともしない顔で俺を見る。


 馬車後方の扉から数人の男女が出てきた。

 腰に剣を(たずさ)えた美青年、優しそうな表情をした筋骨隆々の獣人、弓を背に周囲を警戒する短髪褐色肌の少女、そして、お手本通りの格好をした魔法使いの御者。

 俺は一瞬で理解した。

 勇者パーティー、それもかなりの実力者たちだ。


「みなさん、魔王を倒しませんか?」

「ウラ、いきなりどうしたの」


 素晴らしい人材たちを前に、俺は無意識の内に勧誘をしてしまった。

 シャリテの声で現実に戻る。


「ははは。面白いね、君」


 馬車から降りてきた美青年が、爽やかな笑顔を浮かべている。

 素晴らしい、最近見ることができなかった王道の勇者だ。


「失礼いたしました。私、ウラディル・マキアと申します。こちらのお方、シャリテ様の雑用係を(うけたまわ)っております」


 俺は丁寧にお辞儀をし、シャリテに目配せする。

 この勇者を勧誘するためには、これからの一挙手一投足、慎重にいかなければならない。


「私がシャリテ。武者修行中」


 シャリテは興味が無さそうに、勇者パーティを見た。


 美青年が近づいてくる。


「よろしくおね……」


 俺が差し出した手は空を切る。

 美青年は俺の横を通りすぎ、後ろに居るシャリテの前で(ひざま)いた。


「私の名前はエペ・スパーダ。あなたのような美しき勇者に出会えて光栄です」


 エペと名乗った美青年は、俺に視線を合わせようともしなかった。

 しかし、シャリテには興味があるようだ。


 俺はシャリテの目を見て『笑顔』と念を送る。


 シャリテは俺の視線に気がついたようで、少し考えた後、エペの肩を叩き、彼を立ち上がらせた。


「私、雑魚には興味がないの」


 それは口角を上げ目を細めた、完璧な作り笑顔だった。


 違う、そうじゃない……

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