学園を出る
俺は欠伸をしながら、現実逃避をするように窓の外を見た。いい天気だ。
「ウラは本当に普通なんだ」
「なにをいまさら」
彼女の言う通り、俺は普通だ。
魔法も使えないし、武芸の達人というわけでもない。特別な知識を持っているわけでもないし、跳び抜けたカリスマ性があるわけでもない。当然、ドア越しの気配を感じ取ることなどできない。
そもそも裏ボスという存在は、人間の尺度では測れないのだ。
「嘘つきウラ。私は『明日から武者修行に出る』と言った」
「まさかですが、日付が変わってからずっと、ここで待っていました?」
俺の問いかけには、小さな頷きが返される。
「ノックでもしてくれればよかったのに」
俺は思わず笑ってしまう。
自由人という印象のシャリテだったが、意外な一面を見ることができた。
「いつか気づいてくれると思った……」
シャリテは頬を膨らまし、顔を膝に埋める。少し恥ずかしいのだろう。
「待たせてしまって申し訳ないです。でも、なんで俺の自室が分かったのですか?」
学長が教えたのかな、とも思ったが、ちょっとした喧嘩別れの後だ、強情なシャリテが聞きに行ったとは考えにくい。
だとすれば、彼女はいったいどんな魔法を使ったんだ?
俺は裏ボスだが、それ以前に空想好きの異世界人だ。
魔王城に居た時は、画面越しでしか魔法を見れなかった。
魔法学園には期待したが、この平和な箱庭で魔法が飛び交うことなどありえなかった。日常系を除いて、演習所以外での魔法の発動は禁止されているのだ。
結局、自分が使えないという事実も相まって、俺の魔法に対する関心は上がり続けた。
千里眼か? 第三の目か? シャリテほどの勇者なら、それくらいは持っているはず。
ワクワクする気持ちを隠し、俺は種明かしを待つ。
シャリテは顔を上げないまま、そんな俺の背後を指さした。
俺は頭に疑問符を浮かべながらも、背中に手を当てる。
いつも着ている何の変哲もない白のシャツ、その肌触りに違和感がある。
「なんだ、これ……」
俺はいつの間にか張り付いていた小さな布をはがし、手のひらにのせて確認した。
魔法陣が描かれた正方形の布だった。
「それは発信機」
シャリテがボソッと呟いた。
発信機か……普通だな。
俺は目線を上げ、窓の外を見る。空が綺麗だ。
この勇者の存在は、裏ボスの尺度では測れないらしい。
……
寮では結局、シャリテが浄化の魔法で俺を綺麗にしてくれた。
汚れを取る原理が謎過ぎて色々と実験してみたくなったが、無言の圧力に負け、出発の準備を急いで済ませた。
逃げるように学園を出て、今は街へと向かう馬車に乗っている。
この展開を読まれていたかのように、学園の外で馬車が待機していた。
俺は馬車の小窓から外を見る。
小さくなっていく魔法学園の建物が、日常の終わりを告げている。
ちなみに魔法学園の名前は”魔法学園”だ。世界中探しても、魔法学園は一つらしい。
目的地も知らされぬまま馬車に揺られる。
近くの街へ行くだけなら馬車を準備する必要などない。それに街とは逆方向の草原を進んでいた。
「シャリテ様……」
「様はいらなない。堅苦しいのは無し」
「そうか。ならシャリテ、俺たちはどこへ向かっているんだ?」
すぐに口調を変えた俺に、シャリテは少し驚いた顔をした。
別に俺は、話し方にこだわりがあるわけでもない。相手が望むなら、適当に合わせるだけだ。
「わ、私にも、分か、分からな、い……」
噛み噛みの返答が帰ってきた。何を動揺しているのだろうか。
「分からないか……そうか、分からないか……ん?」
俺は急いで、御者に聞くために前方の小窓を開けた。
一人の若い男性が、手綱を握って馬を走らせている。
「すみません。この馬車って、どこに向かっているのですか?」
「何をおっしゃってるんですか。あなた様の屋敷ですよ」
御者は前を向きながら、当然のように答えた。
「屋敷、ですか。シャリテのかな……」
「シャリテ? またまた御冗談を」
ここで初めて、御者が俺の方を向く。
顔と顔が向かい合い、沈黙が流れた。
「誰です?」
御者が『へへへ』と笑いながら俺に聞く。
どうやらお互い、盛大な勘違いをしていたようだ。
「本当にいいんですか? 魔法学園に戻らなくて」
草原の真ん中で、俺たちを降ろした御者が心配そうに聞いてくる。
「大丈夫ですよ。他の馬車に拾っていただきますので」
「そうですか……本当に申し訳ございません。それでは」
馬車が離れていく。
その様子を見送りながら『がんばれー』と他人事のように応援する。
これから起こるであろうトラブルに、俺は巻き込まれたくない。
学園の門の外に停まっていた馬車に、何も考えずに乗ったシャリテと俺。
そして、誰が乗ったのか確認もせずに出発した御者の男。
「世の中、案外テキトーだな」
せっかくの門出がグダグダだ。
俺はため息をつき、歩き始めた。
陽が本格的に上がり、じんわりと汗をかき始める。
俺の少し後ろで、シャリテがついてきていた。
草原を横切るように作られた石畳の一本道は、地平線の先まで伸びている。
この道を歩いて行けば、どこかには辿り着くだろう。
「シャリテ、なぜ後ろを歩く。これからの計画はどうなっているんだ?」
「……考えてなかった」
「だと思ったよ。勢いで決めてしまったんだろ。まあ、気持ちは分からないこともない」
初めの一歩なんて、流れと勢いでテキトーに、だ。
俺はシャリテを過去の自分と重ねている。
仕方がない、裏ボス直々に導いてあげよう。
「うん、俺も外の世界を知らなかったわ」
冷静に考えたら、俺は魔王城の待機室と魔法学園内でしか生きていなかった。
暇なときに図書館でこの世界のことを学んだりしたが、それでも無知であることに変わりはない。
「どうしたものか……」
雲一つない晴天の空は、俺たちの巣立ちを祝福している。
なんとかなるか。
俺は考えるのが面倒になり、とりあえず先へと進むことにした。
お互いが無言のまま、しばらく歩いていると、後ろから馬車の音が聞こえた。
次の街へ行くための一本道だ、そろそろ来ると思っていた。
俺は手を大きく振り、御者に止まってもらう。
「すみません。次の街まで乗せていただけませんか?」
とりあえず、交渉する。
手綱を握る御者は、大きな帽子が特徴的な女性だった。
彼女は嫌悪感を隠そうともしない顔で俺を見る。
馬車後方の扉から数人の男女が出てきた。
腰に剣を携えた美青年、優しそうな表情をした筋骨隆々の獣人、弓を背に周囲を警戒する短髪褐色肌の少女、そして、お手本通りの格好をした魔法使いの御者。
俺は一瞬で理解した。
勇者パーティー、それもかなりの実力者たちだ。
「みなさん、魔王を倒しませんか?」
「ウラ、いきなりどうしたの」
素晴らしい人材たちを前に、俺は無意識の内に勧誘をしてしまった。
シャリテの声で現実に戻る。
「ははは。面白いね、君」
馬車から降りてきた美青年が、爽やかな笑顔を浮かべている。
素晴らしい、最近見ることができなかった王道の勇者だ。
「失礼いたしました。私、ウラディル・マキアと申します。こちらのお方、シャリテ様の雑用係を承っております」
俺は丁寧にお辞儀をし、シャリテに目配せする。
この勇者を勧誘するためには、これからの一挙手一投足、慎重にいかなければならない。
「私がシャリテ。武者修行中」
シャリテは興味が無さそうに、勇者パーティを見た。
美青年が近づいてくる。
「よろしくおね……」
俺が差し出した手は空を切る。
美青年は俺の横を通りすぎ、後ろに居るシャリテの前で跪いた。
「私の名前はエペ・スパーダ。あなたのような美しき勇者に出会えて光栄です」
エペと名乗った美青年は、俺に視線を合わせようともしなかった。
しかし、シャリテには興味があるようだ。
俺はシャリテの目を見て『笑顔』と念を送る。
シャリテは俺の視線に気がついたようで、少し考えた後、エペの肩を叩き、彼を立ち上がらせた。
「私、雑魚には興味がないの」
それは口角を上げ目を細めた、完璧な作り笑顔だった。
違う、そうじゃない……




