未来を見つける
学長は心ここにあらずといった様子で、自分を納得させるように話し出す。
「仕方がない、外出を許可するか。ちょうど夏休みだしな。外の世界を見るというのも悪くない。女王様も……彼女は私がなんとかするか。うんうん、始業式には戻って来るんだぞ!」
「なぜそれを俺に言うんですか……」
『後は頼んだ』と親指を立てられたわけだが、俺が同行するというのは決定事項なのだろうか。
「シャリテ様の面倒を見てやってくれ。私は学園から離れられないのだ」
「いや、俺も離れられないっすけど。死んじゃいますよ、俺」
勇者が魔王を倒すまでこの魔法学園で保護されている無力な一般人、というのが俺の設定であり、公式的な位置づけだ。
まあ、普通の勇者に魔王討伐は無理だと思うが。
「君なら大丈夫」
「それは……」
「大丈夫」
学長が俺を真っ直ぐな視線で見つめてくる。
全てを見透かしたような目に、裏ボスとしての俺が警報を鳴らした。
「理由を聞かせてください」
もし、俺の正体の一部分でもバレる様なことがあれば、相応の対応をしなければならない。
”俺”は、この世界の秘密なのだ。
学長は少し考えた後、優しい表情を浮かべた。
「それは、似ているからかな」
「どういう意味ですか?」
「言葉の通りさ。そうだね、少し、昔話をしよう……」
学長は口から語られたのは、二人の母と一人の娘の物語。
昔々、とある国の女王が、戦禍の中で一人の女の子を助けました。女王はその子を我が子同様に育てました。しかし、世は戦争に染まっていて、女王は戦いから遠ざけるため、親しい友人に子を託しました。女王の友人は、自分が作った学園で子を育てました。友人もその子を、我が子の様に愛しました。
「シャリテ様は、今まで外に出たいなど言わなかったのだけど……君に出会って少し変わったようだね」
「そうですか……それでも、疑問があります」
「構わないよ」
「外の世界には多くの危険が潜んでいることは分かります。ですが、ここは平和国家”サージュ”。俺ならまだしも、シャリテ様の身に何かが起こるなど考えられません」
シャリテの実力は、裏ボスである俺のお墨付きだ。歴代勇者たちの中でも、強い部類に入る。
「そうだね。サージュはここ十数年で平和国家と呼ばれるまで安定した。それはこの国に、女王様を初めとした実力者が多数いたおかげで……」
学長の説明が止まる。
彼女は何か、言い淀んでいる様子だった。
「ウラディル君にならいいか。君はもう、私の息子みたいなものだからね」
子供判定が軽すぎないか?
いや、この世界でエルフの母親ができた、というは一旦置いておこう。
学長の真剣な顔は、これから話されるもう一つの隠された真実への布石だ。
「結論を言うと、彼ら彼女ら実力者たちは女王と敵対してしまったんだ」
「なる……ほど」
言い淀んだのも頷ける。
絶対的な支持を得ている女王にとって、かつての仲間たちが敵対しているなどという情報は、できるだけ隠しておきたいはずだ。
なにより、その実力者たちはシャリテの存在を知っているはず。女王の弱みである彼女を狙わないわけがない。
「それに、世界情勢も厳しくなってきているからね。君たち異世界人を呼んだのも、女王様が焦っている証拠なんだよ」
「そうなんですか……しかし、シャリテ様でしたらこの国でも最強格だと思うのですが、それでも危険なのですか?」
「ウラディル君が知らないのも無理はないね。結構いるものだよ、シャリテ様以上の実力者は」
俺は驚いた。
シャリテ……以上?
半径20メートル、空から不規則に落ちる葉を指一本動かしただけで裁断する、あのシャリテ以上……だと。
「どうした? すごい顔をしているが……」
学長が心配そうに声をかけてきた。
どうやら俺は、上がりかけた口角を抑えようとしたあまり、引きつった変な顔になっていたらしい。
「すみません。強い者には憧れてしまうもので」
「そうか……ちなみに、私はもっと強いぞ」
得意げに胸を張り、自慢するように宣言する学長。
そんな彼女に俺は提案をした。
「学長、いえお母様、勇者になっていただけませんか?」
「なぜそうなる……」
世の中には、まだまだ勇者がいる。その事実が俺にやる気を与えてくれる。
やることはただ一つ。
──俺より強い奴を探しに行こう。
「おーい。なにか決心を固めているようだが、シャリテ様のことを頼んだぞー」
立ち上がり、拳を握る俺には、未来が見えていた。
なぜ魔王を討伐しに来なかった? という疑問は、後で考えよう。
それから俺は、学長と今後の予定を確認し、寮の自室に戻った。
学長からの依頼は2点。
シャリテの身の回りの世話をすることと、彼女を夏休み明けまでに学園に連れ帰ることだ。
前者はなんとかなる。問題は後者で、はたして彼女が俺の言うことを聞くのだろうか……
夏休みの開始はまだ先だが、学校の都合など関係ないシャリテは明日から出発するらしい。
「なんとかなる、はず」
魔法の鞄に、俺は食堂から譲ってもらった大量の食料を詰めていく。
この鞄はかなり高価な魔法のアイテムらしく、空間魔法やら何やらで、物理法則を完全に無視して物を入れることができる。
学長が発明したアイテムだというが、大昔の勇者も同じものを持っていた記憶がある。彼女はいったい何歳なのだろうか……
「洗剤とかは……いらないか、シャリテが何とかしてくれる。水筒とかも……シャリテが何とかしてくれるか」
魔法とは便利なもので、浄化だったり水だったり、生活に必要な機能のほぼ全てを代替してくれる。
俺には使えないが、シャリテが何とかしてくれるだろう。
「結論、食い物さえあれば何とかなるか」
長旅などしたことがなく、考えるのが面倒になった俺は、食料だけを詰め込んで準備を終えた。
ベッドで大の字になり、俺は今後の計画を今一度考える
色々と疲れた一日だった。
明日からはもっと疲れるだろう。
俺はシャリテを勇者として導く。この予定に変更はない。
勇者に必要なのは強さだけではない、物語だ。その密度が濃ければ濃いほど、裏ボスである俺の役割は高くなる。
睡眠には飽きたはずなのに、瞼が重くなるのを感じた。
シャリテをメインに、サブとして他の勇者を探す、か……
小鳥のさえずりが聞こえる。
俺は目を開け、身体を起こした。どうやら寝てしまっていたらしい。
「よく寝れたな、俺」
半日以上寝ていた自分に感心しつつ、顔でも洗おうと自室のドアを開けた。
俺が住んでいるのは教職員用の古い寮で、水回りは階ごとに共用だ。といっても、この階には俺一人しか住んでいないが。
廊下に一歩踏み出し、俺は一応聞く。
「これは、驚いたほうがいいですか?」
開いたドアの横で膝を抱えて座っているのは、見知った人物だった。
「ずっと待機していた」
廊下を挟んだ対面の窓から差す朝日は、不貞腐れている様子のシャリテを照らしていた。




