物語の始まりは情報で溢れている
俺たちはお互いの存在を確かめ合い、そして、どちらからともなく語りだした。
それは誰にも言えなかった秘密で、誰かに言いたかった”裏”だった。
「そうだったのか……俺も『なんとなく裏ボス』という感じだったな」
「私もそれだけは分かった。だから待機した」
純白のなにかであるシャリテも、俺と同じだったらしい。
「さっき言ってた『魔王が倒された時、本当の自分を見せる』というのは、出番の条件として知っていたのか?」
「それは学長から聞いた。ウラがこの学園に来たとき」
「そうなのか……なんか、全部学長に仕組まれている気がしてきたな……まあ、聞くのが早いか」
「うん。学長は良い人」
「それは……そうだな。ははは」
俺は乾いた笑いを出してしまった。
この際だから、本人に聞いて白黒はっきりさせたい。
本来ならば、これから様々な調査を行い真の黒幕へと辿り着くのだろうが、パズルのピースが既に埋まっている以上、全ての過程を飛ばしても罰は当たらないだろう。
「そういえば、ラルとは知り合いだったのか?」
俺は気になっていたことを聞いた。
ラルという存在が、全てを加速させてしまったのだ。彼女が居なければ、俺はまだシャリテを勇者として導いていたはずだ。
「知り合い? 分からない。前に会ったことがあるだけ。いきなり土下座されて怖かった」
「そ、そうか……ラルも大変なんだな」
当時の状況を察してしまい、俺は同情した。
これで聞きたいことも聞けた。
次は他の証人に話してもらおう。
俺は体をウラディルに戻し、扉を生み出す。
それを開く前に、シャリテの方を向いた。
「そういえば、俺は嘘つきだったな」
「お互い様」
「そうだな。まあ、俺の名前は裏出巻だ。とっくの昔、元居た世界の名前だが、本名はそれだ」
どうでもいいことだろうが、シャリテには伝えておきたかった。
「私は……シャリテ。これが母の付けてくれた名前……」
「そうか、良い名前だ」
シャリテにも別世界の記憶があるようだが、それについては深く聞かないでおこう。
彼女はこの世界で、しっかり愛を受け取れていた。ふたりの母に守られた十数年は、待機していた数百年より価値がある。真っ白なスタートで十分だ。
俺はなんだか自分のことのように嬉しくなり、そのまま扉の奥へ足を踏み出した。
扉の先は、学長室だった。
玉座の間、シャリテの部屋、そして学長室は繋がっていたようで、それも何となくで俺は理解していた。
「どうだったかい?」
開口一番、学長が聞いてきた。
「流れだな、流れ。正直言って、俺にはついていけない。もうお手上げだ」
俺は両手を上げて降参した素振りを見せ、ソファへと座る。この学園に来て、何度も座った場所だ。
シャリテも俺の前に座り、話は続く。
「俺は、俺たちは、裏ボスとは何だ?」
「ちょっとした遊び心だよ。原理は勇者と同じさ。召喚された異世界人は、この世界で特別な力を得るだろ? 私も全てを理解していないが、それをテンプレと言うらしい」
「つまり俺たちは、かつての勇者だということか?」
「それを説明するには、この世界について知ってもらう必要があるね」
「説明……か」
「当たり前だよ、この期に及んで隠し事は無しさ」
「そうか……ふっ」
俺は思わず吹き出してしまった。
物語の始まりで情報が溢れるのは仕方がない。
「現実は厳しいようだな」
「そうだね。勇者と魔王の物語が、私は好きだったよ。だけど、人間も魔族も進化しすぎてね……ごほん、最初から話そうか」
学長はわざとらしく咳ばらいをして、この世界の実情を話し始めた。
この世界には昔、古代人と呼ばれる全知全能の種族がいた。
彼らは終わりのない人生に失望し、ある姉妹を除いて全員が、自ら消滅した。
その姉妹は面白い物語が好きなだけだった。
姉妹は人々の感情を知るため魔王を名乗り、暇を潰すために勇気ある者との対話を楽しんだ。
しかしある日、異世界から来た勇者をみたことで事態は一変する。
この世界は次元の境が不安定で、稀に別世界と繋がってしまうことが分かったのだ。
姉妹は悩み、それを管理するために二人の勇者を利用した。
「つまり、君たちのことさ」
学長は俺たちを見て笑う。
その笑みには、申し訳なさが含まれていた。
「私は勇者が召喚される仕組みを形式的に読み解いて、能力を”次元そのもの”に設定したんだ。この世界では得ることのできない力でも、異世界人の君たちには設定として適用されるみたいだったからね。ちなみにこれをチートと言うらしい」
「いや、ちょっと待ってくれ。流そうと決めていたが、さっきから異世界の言葉が多すぎないか?」
「昔、ある勇者に教えて貰ってね。とても面白いよ」
真面目な会話の中で、あたかも普通であるようにスラングを使われると、どう反応して良いのか分からなくなる。
かつての勇者は余計なことをこの世界に持ち込んだらしい。
「分かった……話を遮って悪かったな」
「大丈夫。質問はいつでもオケマルさ」
「……」
「それでその二人、ウラ様とシャリテ様には、次元そのものとして、不安定な境界を観測するための実体になってもらったのだよ」
「観測するため? 俺たちが観測するんじゃないのか?」
「違うね。ウラ様は私の妹、現魔王が、シャリテ様は私、元魔王が、ずっと見ていたよ」
「そう、なのか……」
俺が待機していたあの数百年、魔王は俺のことを認知していたみたいだ。
「それで、『裏ボスとはなんだ?』という問まで戻るけど……そうだね、それも設定さ」
学長はあっけらかんとした口調で言った。
自分の存在が単語の一つで終わってしまった。
「君たちの存在意義は待機すること。裏ボスというのは、待機してもらうための理由付け。最初は確かにそうだった……でも、どうだろう。私たちにも情が湧いてね。途中からはこう思っていたよ。君たちをこのくだらない世界から守りたい、君たちはそこにいてくれるだけで十分なんだ、と」
学長の声音が変わった。
それはとても重く、聞き手に話者の失望を伝えるには十分だった。
「今の魔界はどうだか分からないけど、人間界は失敗だったよ。技術の発展とは恐ろしいね。人々は過去を忘れようとしていた。本当に悲しいよ。勇者と魔王、そして君たちは忘れ去られてしまう。だから私は、この国”サージュ”を作り、ここを物語の防波堤としたというわけさ。私が勇者を育て、妹が魔王の存在を維持するってところだね」
学長は息を吐き、天井を見上げた。
彼女の瞳は、本当に悲しそうだった。
「物語を紡ぐっていうのは難しいね……君なら分かっているだろう? 最初の勇者である君なら」
学長が話しかけた先は、部屋のドアだった。
ドアがゆっくりと開き、見知った顔が入ってくる。
「世界がそう望むのなら、適応するのが人間というものです」
そう言ったのはラルで、いつの間にか彼女はここに来ていたらしい。
「新人の俺が聞いていいことじゃなかったっす……」
ラルの背後にはアルがいた。
その様子を見ていた学長は、笑いながら俺たち全員に提案する。
「記憶を弄ってあげようか? 私がサージュの全国民にやっているように」
「いや、それは遠慮しておこう」
俺は食い気味に断った。
やっとのことで”自分”が分かったのだ。それに、この程度の情報でうろたえる俺ではない。
「長話は疲れるからな、結論に進もう。シャリテなんてもう、うつらうつらしているぞ」
頭を上下に動かすシャリテを、俺は指さした。
どんなシリアスな内容でも、彼女の興味を引けなかったみたいだ。
「そうだね。やっぱり君たちは最高さ」
学長は嬉しそうにしている。
「俺は魔王の裏ボス、シャリテは学長の裏ボス、という設定。そこまでは理解した。だが、ならなぜ俺をシャリテに会わせた?」
俺が真実に辿り着いたのも、意図された結果だろう。
学長がこの世界でおままごとをしたいだけなら、俺を魔王の元に帰せばよかったはずだ。
「直感かな。これは面白くなるぞって。最初は偶然だったけどね」
俺は学長に冷ややかな視線を送った。
これはいつものこと、やはり学長は学長だった。
俺は顎に手を当てて考える。
しばらくして、一つの未来が思い浮かんだ。
「……そうだな、だったら一旦終わらせてみるのもいいな」
「お、なにか思いついたようだね」
「次の時代に進むのも有り、ということだ。物語には区切りが必要だからな」
俺はドア近くで立っていた二人の方を向く。
「ラル、アル、頼みがある」
「何なりとお申し付けください」
「は、はいっす!」
ラルには、かつて俺と一緒に召喚された勇者たちを、魔王へと導くよう頼んだ。
アルには、魔王への伝言を頼んだ。
「いいね、面白くなってきたよ」
学長は楽しそうに俺たちを見ている。
「これが目的だろ?」
始まりの勇者、魔族の新人、そして裏ボス。
埋まり過ぎたピースは、すべて学長の手のひらの上だ。
「はあ……ついでにもう一つ聞かせてくれ。あの黒い球のことだ。あれは俺と同じ物質だった」
「ああ、あれね。私は全知全能だよ。チートの真似事ぐらいできるさ」
「もう滅茶苦茶だな……」
「滅茶苦茶こそが世界の真実さ。そもそもこの世界は、エルダーフール、年老いた馬鹿の自己満足で出来ているからね」
俺が呆れているにもかかわらず、学長は笑顔で言った。
俺は『やれやれ』と首を振り、ほとんど寝ていたシャリテの肩を揺さぶる。
「シャリテ、起きろ」
「……ウラ、ごはん?」
寝ぼけているシャリテに俺は笑った。
「出番だ」
存在意義は与えられるものではなく、作り出すものだ。
それさえ分かっていれば、未来を導くことはできる。
俺の口角は今、上がっていることだろう──




