出番を導く
雲一つない晴天の空の下、俺は額に大粒の汗を浮かばせた。
昼時の中庭は、食堂に向かう生徒たちでにぎやかだ。
俺が居るここは、平和国家”サージュ”が設立した国立魔法学園の敷地内。
魔王城を抜け出して、ずいぶんと時が経った気がする。俺の時間感覚はまだ戻っていない。
勇者召喚に無事巻き込まれた俺は、記憶を一時的に消したかいもあり、召喚特典を貰えなかった哀れな無能力だと思われた。
それに責任を感じた女王が、この学園を平和に生きていける場所として紹介してくれた。
記憶が戻った今だから言えるが、少々申し訳ないことをした。勝手に巻き込まれて、勝手に恥をかいたのは俺だ。いや、それは忘れよう。
住居、食事、その他諸々、それら全てが安全な学園内で完結する。
結果論になるが、ここは俺の目的を達成するためにも好都合な舞台だった。
「ウラさん、これお願いしていい?」
男の声で話しかけられる。
花壇の雑草を抜いていた俺の横に、大きな籠が置かれた。
「了解です」
俺は今日一日で何度このセリフを言ったのだろう。
そう、俺は生徒としてこの学園に居るのではない。もちろん教師でもない。
俺の名はウラディル・マキア。ただの雑用係だ。
年齢でいえば生徒なのだが、ここの生徒は優秀過ぎて、無能力の俺では確実に浮く。教師なんてもってのほかで、できる役割と言えば雑用係しかなかったわけだ。
偽名を使っているが、俺が異世界人だということは学園の一部関係者に知られていて、女王の紹介ということもあり、彼らはなぜか哀れみ目を俺に向けた。
「いつもの所ですよね?」
「そうそう。助かるよ、ウラさんには心を開いているようだから」
「どうですかね……俺のことなんて眼中にないだけだと思いますよ」
籠を置いた教師の男と、俺は毎昼の会話をする。
雑用係はいわば学園の何でも屋だ。仕事内容は日によってバラバラで、依頼によって都度変わる。
それでも毎日、決まって頼まれることがあった。
俺は立ちあがり、土で汚れた手を桶に張った水で洗う。
それから、食料が大量に入った籠を持ち上げ、無駄に広い学園の敷地、その隅にある目的地へ向け歩き出した。
中庭が位置する校舎群の喧騒から離れ、葉が擦れる音が風によって運ばれるだけの静かな場所にやってきた。
四方を木々に囲まれた中でぽっかりと開いた空間、その中心に受取人が立っている。
木漏れ日の一本線が、学園の制服を着た少女を差す。
長く黒い髪を後頭部でまとめ、腰に垂らしている少女。
大きな切れ目に長いまつげ、整った顔が凛々しい表情で虚空に向いている。
俺は彼女の次の行動を察し、ある程度の距離を取って立ち止まった。
次の瞬間、突風が木々を揺らした。
大量の葉が、空から落ちる。
少女が右手の指を少し動かしたと思ったら、その全てが裁断された。
「お見事です、シャリテ様」
俺は止めていた歩を進め、お辞儀をした。
彼女の名はシャリテ・アドレット。学園一の問題児だ。
授業に一切出席することなく、学園隅の林で日々鍛錬に励んでいる。
教師たちは誰もそのことを咎めず、あまつさえ食事を届けるぐらいに優遇している、というより恐れている。
俺が籠をシャリテの足元におくと、彼女は黙ったまま俺を見た。
「では、これで」
仕事は終わった。雑草抜きの続きをしよう。
俺は中途半端になっていた業務に戻るため、踵を返して中庭に帰ろうとした。
一歩踏み出したその時、俺は首筋に金属の冷たさを感じた。
「う、うわ~!」
俺はみっともない声を出し、そのまま腰を抜かす振りをする。
体を震わせながら涙ぐみ、右手に剣を持つシャリテに顔を向けた。
「な、なにするんですか!? 危ないですよ!」
声を荒げ、抗議の意思を示す。
我ながらに素晴らしい演技だ。
「嘘つき」
シャリテはそんな俺を冷めた目で見下ろす。
俺の演技にはまだ上達の余地があるということだ。時間はいくらでもあったのに、途中で練習が面倒になったのが敗因だな。
俺は観念したように、ズボンに付いた土汚れを叩きながら立ち上がった。
「それはお互い様でしょう」
「それもそう。あなた、昼食は?」
「食べました」
「嘘つき」
俺は首根っこをつかまれ、問答無用に引きずられていった。
おかしい。
いつもなら、昼食を置いてサヨウナラ、だったはずだ。
太い木の根元で、地面に露出した根を椅子に、シャリテは座った。
とても断れる雰囲気ではなく、俺は観念したように少し距離を置いて座る。
「はい。これ食べて」
「いや~、仕事に戻らないと、怒られちゃいますよ」
「それはない」
「それも、そうですね……いただきます」
俺の仕事は、俺が居たら依頼され、俺が居なかったら他の人がやる、その程度の内容なのだ。
認めたくはないが、居ても居なくても変わらない。
俺はシャリテから渡されたサンドイッチを食べながら、木々の隙間に映る空を見上げる。
冷静に考えたら一本一本の木々が大きすぎる。学園の隅に存在して良いレベルの林ではない。
「美味しいですね。ありがとうございます」
施しを分けてもらった身だ、きちんと感謝の意を示さねば。
俺は自分の立場もあり、自然な演技で笑顔を作った。
シャリテはそんな俺を一瞥し、興味無さげに大きな籠からサンドイッチを出した。
そして、上品かつ物凄い速さで食べ始めた。一口が大きい。
口に含み、咀嚼をし、飲み込む。テンポよく一つ食べ終わったら、次を取り出す。たまに空中に生み出した水の玉を口の中に入れる。
「飲む?」
「お願いします」
俺は即答した。
魔法によって生み出された水の味というものに興味があったからだ。
俺の目の前に生み出された水の球が、ゆらゆらと口の中に入った。
それは本来の姿に戻り、液体として乾いた喉を潤してくれた。
「水、ですね。美味しいです」
魔法によって作られたから、てっきり魔法味が加わるとでも思ったが、ただの水だった。
少々拍子抜けしたが、人間の身体の大部分を占める物質だ、マズい訳がない。
それからは、二人で黙々と昼食をとった。
俺の顔の近くには常に水の玉が浮いていて、俺が飲む度に補充される。
なんか餌付けされてる気分だな、とも思ったが、彼女なりの優しさだろう。意外と過保護なのかもしれない。
そして大きな籠に入っていたサンドイッチが全て無くなったのを確認し、俺は立ちあがった。
「私が魔王を倒す」
空の籠を持ち、歩き出した俺の背に声がかけられる。
「私は母を許せない。私を勇者として頼らず、異世界人を呼んだ」
俺は口角を少しあげてしまう。
気づかれまいと、平然を装い歩く。
「だから私は証明する。魔王を倒し、自分の存在を認めさせる」
シャリテからはいつもの冷静さは消えていて、感情の昂ぶりと共鳴するかのように木々がざわめいていた。
久しぶりだ。ここ100年では、一番の人材だ。
「陰ながら応援させていただきます」
開けた空間から出る前に、俺は振り返ってお辞儀をする。
木々に隠れてしまう前に、『嘘つき異世界人、私はあなたも認めない』という声が聞こえた。
上がる口角を抑えられず、俺はとびっきりの笑顔でいることだろう。
シャリテ、君なら魔王を倒せるかもしれない。倒せる。絶対に倒せる。倒してください……
そして俺に、出番をください。




