裏を知る
俺はツッコまない。
赤色のマントを羽織り頭に角まで生やしている学長を見ると、流れに乗ってあげることが礼儀だと思った。
だからせめて、本気の演技をお返ししよう。
「魔王! この剣に誓って、悪は許さない!」
俺は叫んだ。
学長が悪だとも、魔王が悪だとも思わないが、口上というのは場の雰囲気的に大切だ。
学長は玉座に座りながら、意味深な笑みを浮かべている。
彼女がどういった計画で、この場を用意したのかは分からないが、楽しんでいることだけは見て取れた。
学長は動かない。
これは、俺からいくべきなのか?
「ウラさん、学長が悪だと分かっていたのですね」
ラルが真剣な声音で話しかけてきた。
役にハマりきっている。すごい。
これは俺の演技力を一段階上げないといけないな。
「そうだ。思い返すと、奴はいつも、あの笑みを浮かべていた」
これは真実だ。
学長は、俺が苦労している情報を肴に酒を飲むような性格をしている。
「そうです。まさか、今になって新たな干渉をするとは思いませんでしたが、彼女はエルフ、そして、この国”サージュ”の敵、魔王です」
「ああ、許せない……いくぞ!」
俺はスコップを片手に駆け出す。
どうせ、テキトーにそれっぽい戦いを演出して、俺たちが勝って終わりだろう。
そう、思っていた……
俺が一歩踏み出した瞬間、俺の両隣を残像が通り抜けた。
直後、だだっ広い玉座の間に、無数の金属音が響き始めた。
「最初は強く当たって、後は流れで……じゃないのかよ……」
俺は唖然として立ち尽くしている。
ラルとアルが、学長とガチバトルを始めたのだ。
彼女たちの一撃一撃は相手の命を確実に奪うためのもので、学長はそれらを笑いながら防いでいる。
これは演技でも冗談でもない、と俺はすぐに理解した。
「なんで、こうなったのだろうな……」
さて、どうするべきか。
ここで普通の俺が戦ったとして、一歩間合いに入った瞬間に即死する。
だが、ここで立っているだけでは、意味がない。
仕方がない。
どうせ、今回で終わりだと薄々感じていた。
俺は作業用の手袋をはめ、両手、両脚、そして目を裏ボスに戻す。
目以外は服で隠れているから大丈夫だろう。
裏ボスであることがバレたくないと、この期に及んでも思ってしまう自分がいた。
俺は一足で跳び、学長の元に向かう。
スコップを振り、彼女の右腕を狙った。
しかしそれは、謎の黒い球体によって防がれた。
黒い球体はスコップを飲み込み、更に大きくなる。
俺はラルとアルを抱え、距離を離すため後方に飛び退いた。
「それはなんだ!? 学長、教えてくれ!」
気がつくと、俺は演技を忘れ叫んでいた。
玉座すら飲み込んだ黒い球体は、床を抉り綺麗な断面を残した。
破壊ではない、消滅だ。
「勇者ウラディル、君はなぜこれを知っているんだい? あと、私は魔王だよ」
学長はいつも通り、愉悦に溢れた顔を浮かべている。
「冗談を言っている場合ではない!」
「いや、冗談ではないが……」
彼女は白を切っているが、俺は本物の魔王を知っている。
「あくまでもお遊びのつもりか……ラル、アル、学長の身体の一部がほんの少しでも黒く染まったら、全力で退け」
「ウラさん……了解しました」
「りょ、了解っす!」
俺はふたりに指示を出し、再度駆け出す。
スコップはもう消えた。
徒手格闘の時間だ。
3対1という数的不利がありながらも、学長は余裕で対処していた。
「勇者たちよ、なぜそうも焦っているのだ」
途中で小言を挟みながらも、彼女は全ての攻撃を避ける。
「学長、俺は本気だ」
そうは言ったものの、本気など出せようもない。
ウラディルとしての俺はすでに消えていたが、それでも全身を裏ボスに戻すことはしなかった。
全てを消し去ることは容易だが、裏を返せば、俺には消し去ること”しか”できないのだ。
学長にはお世話になった。彼女はこの世界でできた俺の家族だ。たぶん。
何はともあれ、この戦いは不本意である。
「はあ……優しいね、ウラ様は」
戦闘の途中、小さな呟きが聞こえた。
その直後、学長の動きが不自然に遅くなる。
「く、魔力切れ、か……」
俺たちの攻撃を躱し、距離を取った学長が言った。
彼女は膝をつき、息を切らしている。嘘くさい演技だ。
「あなたはまだ、魔法を使っていません」
ラルが軍用ナイフを学長に投げる。
その攻撃は簡単に防がれると思われた……
「なぜですか?」
攻撃した本人であるラルが驚いている。
学長の腹に、深々とナイフが刺さっていたのだ。
「ここは一応、学園内でね。未来ある子供たちの学び場を壊したくないのだよ。だから、そろそろ彼女には満足してもらおうかな」
学長の身体、その胸の部分が淡く光る。
「くっ、今急所に攻撃を受けると、私は倒されてしまう」
「……はあ……あとで、聞かせてもらいますからね」
俺はため息をつき、学長に近づいた。
そして、左手に握った裁定用のハサミを彼女の胸に刺す。
避けることも防がれることもされず、それは深々と奥へ進んだ。
「勇者よ、ありがとう……楽しかった、よ……」
学長は倒され、闇の粒子となって消えていった。
最後のセリフはしっとり系で、嫌な余韻が玉座の間に流れる。
最後の最後にラスボスが善人を演じると、倒した側の後味は最悪だ……
おおよそ、どこかに転移しただけなのだろうが、これでは話を聞けない。
学長の家からは何も言わずに、俺は人間界を去る予定だったが、一旦彼女を探す予定が生まれてしまった。
「逃げましたか……それにしても、エルフの考えていることは分かりませんね」
「流石は魔王様のお姉様っす」
ラルとアルはまだ消化不良なようで、演技を続けていた。
いや、あの黒い球体を見た後だ、俺でもこれが演技ではないことぐらい理解できる。
「ラル、アル、君たちの知っていることを教えてくれ」
俺は彼女たちに向き、真剣な表情で問う。
「それでしたら、ウラさんの秘密も教えてくださると嬉しいです」
そう言って、ラルは彼女の目を覆っていた布を取った。
綺麗な緋色の瞳が露になる。
エルフに向けられていた以上の、本気の殺気が俺にぶつけられた。
「自己紹介が遅れました。私はサージュ国軍諜報部、部隊長のラルムです。あなたを調査するために、この学園にきました」
「ラル、なにしてるっすか!? ウラさんにそんなことを言っても……」
「はあ……精神操作の魔法ですよ。本当に諜報員向いてませんね」
「なにを言ってるっす……」
唖然としているアルに、ラルは近づく。
そして、彼女の首元に両手を当てた。
「な、なにを、する、っす……」
首を絞められ、アルは苦しそうにもがいた。
だが、しばらくしてラルの手は離され、アルの首元には布が巻き付けられていた。それは、先程までラルが目元に巻いていたものだった。
「少々強引にいきました。これで世界が鮮明に見えるでしょう」
「よくも! よく、も……」
アルは最初こそは怒ったが、俺の方を見て、すぐに言葉を失った。
玉座の間は静寂に包まれる。
「ウラ様……」
やっとのことで発せられたアルの声は、大きな拍手の音でかき消された。
「残念、戦いはこれから」
間の奥から出てきたのは、シャリテだった。
いつの間にか姿が見えなくなっていたが、まさか演出のために隠れていたとは……
俺の中でのシリアスな雰囲気が台無しになる。
いかにも『黒幕です』と言っているような彼女の姿を見ると、すべてが馬鹿馬鹿しくなった。
「シャリテ、君は裏ボスかい?」
俺はいつもの声で聞いた。
「私は裏ボス」
「だったら、それではダメだ。そんな可愛い姿を現したとしても、魔王を倒して安心している勇者に絶望は与えられない」
俺は『やれやれ』と首を横に振る。
何百年も温めていた裏ボス論が、自然に出てしまった。
シャリテは顔を赤くして、俯いてしまう。少し恥ずかしかったのだろう。
「か、可愛い……?」
「そうだ」
「そう……」
「理解してくれたか? だったら、もう一回やろう」
「うん」
シャリテは頷き、玉座の間の奥、柱の陰に隠れる。
俺は待つ。
”俺”を演じるのなら、完璧にやって欲しい。
しばらくして、拍手の音が再度反響し始めた。
「残念、戦いはこれから」
シャリテが出てきた……
違う。
”漆黒のなにか”が出てきた──
「え……」
俺の思考は完全に停止した。




