考える
ドアの奥には、物理法則を無視した空間が広がっていた。
天井には大きなシャンデリアが吊り下げられていて、正面には弧を描き二又に分かれた階段がある。
どこかの豪邸のエントランスホール、創作物でしか見たことがないような場所がそこにはあった。
学長が規格外の実力者であることを考えたら、これぐらいは許容範囲内だ。
「魔王城ではないのか……」
俺は胸をなでおろし、シャリテの後に続いて家の中に入る。
室内を覆う人間的で明るい色調は、魔界のどんよりとした空気に似合わない。この事実から、ここが魔王城ではないことが分かった。
「ここは魔王城。勇者のウラが頑張る」
そう言って、シャリテは俺の後ろに下がった。
ラルとアルは、その更に後ろに居る。
「そういう設定か?」
俺は『やれやれ』と首を振り、特に理由を聞くこともなく歩き出す。
学長の家に勝手にお邪魔するだけで飽き足らず、勇者ごっこがしたいらしい。だとしたら、俺に主人公の座を譲るとは、何とも優しいことだ。
とりあえず、右の廊下を進もう。学長の秘密とやらがどこに隠されているのかは分からないが、それっぽい部屋ぐらいはあるはず。
最初こそは何も警戒していなかったが、俺はすぐに歩くのを止めた。
目の前、エントランスの中央に、岩の人形が現れたのだ。
あまりにも急だった。
元からそこにいたかのように、それは立っている。
だが、格好の敵である俺を、人形は攻撃しない。
ただじっと、そこで待機していた。
「シャリテ……教えてくれ」
あまりにも不自然な光景に、俺は状況の判断ができない。
これはただの飾りなのか、はたまた家の防衛システム的な何かなのか。
豪華絢爛で丸みを帯びた家の内装とは対照的に、岩の人形は武骨だった。
「これは最初の敵、一番弱い」
「いや、なぜ家の中に魔物がいるのか、それを教えてくれ」
「それは……それは?」
首を傾げ、考え込むシャリテ。
「分からないのか?」
俺はそんな様子の彼女に聞いた。
「魔王城?」
「ここは魔王城ではないな」
「魔王城じゃない?」
「そうだが……大丈夫か?」
「魔王に辿り着くには、敵を倒す。そのはず」
「いや、確かにそうだが、わざわざ城内でやる必要もないだろ。そこまできたら、魔王が相手をした方が早い」
「確かに」
「はあ……頼むよ」
シャリテはこの会話で何か納得がいってくれたようだ。
俺は急に馬鹿馬鹿しくなり、人形を無視して廊下へ進むことにする。
おおよそこれは、シャリテのごっこ遊びに付き合うために、学長が用意した飾りだろう。
「なんなんすか、これ……」
アルの呆れた声が聞こえた。
それは俺が聞きたい。
結局人形は動くことがなく、俺は家の中を安全に探索した。
ひとつ分かったのは、この家の構造がおかしいことだ。
廊下を進むとエントランスのような開けた空間があり、その奥にさらに廊下があり、そして空間があり、をずっと繰り返している。
家と言うには不自然で、迷路のような構造は、誰かが意図して作った迷宮のようだった。
また一つ、開けた空間に出た。
俺がその中央に近づくと、魔物が現れる。
「今度は、ドラゴンか……」
俺は無視して、隣を通り過ぎた。
先程は漆黒の鎧を纏いし骸骨騎士だった。
徐々に強そうな見た目に魔物がなっている気がするが、気にしたら負けだ。
俺は淡々と先へ進み、部屋を探す。
廊下の途中で、ドアを見つけた。
ドアを開けると、宝箱が置いてあった。
「今度は、ポーションか……」
その中を確認し、俺は蓋を閉じる。
このように、開けた空間の先の廊下には、宝箱”だけ”が置いてある部屋があった。
単調すぎる演出は、探索のやる気を削いでいく。
俺は早足になり、終わらせることだけを考え始めていた。
先へ先へと進み、ついには重厚な両開きの扉が現れた。
もうこの家の構造など分かりようもない。2階があったはずだが、それは飛ばしてもよかったのだろうか。
「ウラ、ついに辿り着いた」
「ソウダナ、ガンバルゾー」
両拳を握り気合を入れるシャリテに、俺は棒読みで返した。
そして扉を開ける前に、後ろのふたりを確認する。
「筋書き通り、というわけですね……」
ラルは軍用ナイフを取り出し、戦闘態勢を整えていた。
「噂は本当だった、っす……」
アルは顔面を蒼白にしながらも、右手は矢を握っていた。
俺は彼女らの演技を見て、感心した。
ごっこ遊びにこれだけ付き合ってくれるとは、シャリテも良い友を持つことができたようだ。
だとしたら、空気は読むべきだろう。
ここで場を白けさせるほど、俺のノリは悪くない。
「皆、安心しろ。俺たちの絆は、無敵だ」
自分でも『決まった』と思いながら、俺は扉を開ける。
俺の背丈の倍以上はあるその扉は、軽く押しただけで、自動的にゆっくりと動いた。
扉の先が、見えた。
奥の玉座に座っているのは、見知った顔だ。
俺は勇者らしく、勇気に満ち溢れた顔で、聖剣に見立てたスコップを構える。
その切っ先は玉座に向けられていて、これから最終決戦が始まることを告げていた。
「よくぞ来た勇者よ。世界の半分を貴様にやろう」
威厳のある声が発せられた。
学長、セリフが滅茶苦茶ですよ……




