驚く
魔王を倒させるために勇者を導いていたはずだったが、今では何が正解か分からない。
衝撃の告白を聞いたあの日から、俺は今後について真剣に考えるようになった。
俺の苦悩とは裏腹に、平凡な毎日は続いた。シャリテとの関係性にも変化はない。
変わったことといえば、業務内容ぐらいだ。昼、シャリテにご飯を届けるのは当たり前で、顧問という名の子守が、それから夕方過ぎまで続く。
そう、正午から夜までずっと、俺は問題児たちの面倒を見ている。
この学園が本気で心配になってきた。
なにせ、3人も授業をサボっている生徒がいるのだ。
「君たちは学生というものを何だと思っているんだ……」
学園端の森の中、目の前で戦っているラルとアルを見て、俺は呆れた。
ラルは軍用ナイフを両手に握り、アルは矢を右手に持つ。
ふたりとも近接戦闘が得意なようで、激しい火花を散らせて戦っていた。
葉が擦れる風の音の中で、時折金属音が響く。
昼過ぎの一番熱い時間帯、高い木々が影を作ってくれるが、それでも座っているだけで汗がにじむ。
午後の授業はとっくに始まっているのに、この場には学園の生徒が居る。
「これは必要なこと」
俺の隣に座っていたシャリテが、彼女たちを擁護した。
手に負えないことに、ラルとアルを戦わせているのはシャリテなのだ。
「常識的に考えてだな、転校後すぐに授業をサボるって、相当だぞ」
「大丈夫。私も大丈夫だった」
「あのな、学生の本懐は学業だ。俺はシャリテも授業に出るべきだと思っている」
自分でも不思議なことに、俺は本当に思っていた。
少し前なら『勉強とかどうでもいいから早く魔王を倒しに行け』と考えていたはずだ。
今の俺は、彼女を勇者ではなく”シャリテ”として見ているのかもしれない。
「それはウラの願い?」
シャリテが俺の目を覗き込んでくる。
「どうだろうな、俺にも分からん……だが、なんで戦闘訓練なんかさせているんだ?」
とりあえず、話を逸らそう。
俺は本心を伝えられず、誤魔化してしまった。
「ラルはともかく、アルは弱い。学長の家に入ったら死んじゃう」
「……」
俺はあえて黙った。反応したら負けだと思った。
そんな危険な家……魔王城かな?
いつの間にか確定事項になっていた学長宅への侵入。
そもそもクラブ全員でサボりをしているような時点で、もう取り返しのつかない所まできているが、それでも気が乗らない。
どっちに転んでも、終わりが見えてしまう。
俺は木々の隙間から空を見る。癖になった行動だった。
こうやって広い世界を感じると、どうでもよくなるのだ。
「ウラ?」
シャリテが心配そうにしている。
「考え事をしていただけだ。それでだが、普通に考えて、アルがダメなら俺はもっとダメだろ」
「それは大丈夫」
「理由はなんだ?」
「ウラは強い」
「……ありがとな」
純粋無垢な視線が俺に向く。
俺はシャリテの頭を撫でてあげた。
これから、ウラディル・マキア、そして裏出巻としての最後を飾ろう。
学長の秘密がなんであれ、この業務が終わったら俺は人間界を去る。
これ以上の感情は、裏ボスには必要ない。
「おーい、そろそろいいかー?」
ずっと戦っているラルとアルに、俺は声をかけた。
彼女たちは動きを止め、こちらに近いてくる。
「作戦会議をしよう」
俺の人生で一番の出番になるかもしれない、学長の家攻略イベントについて……
地面に座り、学長の家を模した模型を使って、侵入経路を確認する。
この模型は、ラルが用意したものだ。彼女は隠密行動が得意なようで、夜にこっそり学長近くまで偵察しにいったらしい。
木で作られた模型の形は、とても質素な一軒の住宅を表していた。
実物は、この森とは反対側の学園端に存在している。これについては噂話で聞いたことがあった。
この程度なら、なんとかなるのでは?
危険な家と聞いて、とげとげしいものを想像していた俺は油断する。
「シャリテ、中の構造は分かるか?」
「中は別世界。それだけ」
「それだけか……ラル、窓とかから中を見たりはしなかったのか?」
「無理だよー。中は別世界だからー」
「さっきからなんだよ、それ……」
「実際に見た方が早いっすよ」
「アル、どういう意味だ?」
「家のことは知らないっすけど、あのエルフのことは多少知ってるっす」
「まて、今『エルフ』と言ったか?」
会話の中、俺は引っ掛かった。
人間界にエルフの概念はない。現に俺は、今の今までその単語を一度も聞いたことがなかった。
「あの学長のことっすよ。多少と言っても、昔、魔王さ……」
アルは何かを言おうとして、口を手で押えた。
隣でラルが、あちゃーと額に手を当てている。
「色々と情報が多すぎる、いったん整理させてくれ。アル、まさかだが君は、まぞ……」
「ウラ、行こう」
「シャリテ、急にどうしたんだ?」
俺は急に、シャリテに抱えられた。
「ウラなら大丈夫。ウラなら倒せる」
「誰を倒すんだ? 俺は戦わないぞ」
「違う。私は知っている。ウラは、勇者」
その言葉と共に、俺の視界が高速で移動を始めた。
森を出て、広大すぎる学園の隅をなぞるように、進んでいる。
シャリテの全速力は風を切り、少しの時間の後、俺を目的地へ導いた。
「もう何があっても驚かない。ただ、シャリテの好きなようにやってくれ」
俺は状況を飲み込むことをやめた。
どうせもう、終わりなのだから。
シャリテは小さく頷き俺を降ろし、目の前、質素な住宅の玄関に向かう。
俺も彼女に続いた。
「せんぱーい、速すぎですよー」「ちょっと待ってくださいっすー」
ラルとアルも到着したようで、俺たちの後ろを歩き始める。
玄関に辿り着き、シャリテが俺の方を向いた。
俺は小さく頷き、覚悟を示す。
俺たちは探偵クラブ。これからは謎解きの時間だ。
施錠されていないドアが開き、中の様子が明らかになる。
その時、シャリテがキリっとした声を発した。
「魔王城、攻略」
「そうだ、魔王城をこうりゃ……魔王城!?」
俺は普通に驚いてしまった。




