未来を見る
ラルはあくまでも本気だったようで、話が進まないまま今日は解散となった。
俺はクラブ室からの帰り道でひとり悩んでいる。
「クビになるよな、俺」
学長の家に侵入するなど、普通に懲戒解雇案件だ。
だが、ラルはその方法しかないと主張を崩さなかった。
どうしたものか。
達観している自分と共に、学長の秘密と俺の秘密を繋げようとしている自分もいる。
今思い返してみれば、学長は最初から怪しかった。
「まあ、人間ではないよな」
彼女はエルフだ。
だが、俺は彼女以外のエルフを見たことがない。
そしてエルフという単語自体、ここ人間界には存在していなかった。
──エルフとはなんだ?
元の意味で考えると、それは精霊となるだろう。
──学長は精霊なのか?
違う。人間界に精霊という種族はいない。
──そもそも人間界とはなんだ?
知らない。この国についても最近知ったぐらいだ。
──この国以外についてはどうだ?
知っているのは、エペという勇者から得た情報だけだ。
──この国の人間が他国について話しているのを聞いたことは?
ない。鎖国をしているとはいえ、噂話すらないのは確かにおかしい。
──ならなぜエペは他国の情報を知っていた?
彼は精神系の魔法を使っていた。それが関係しているはずだ。
俺は自問自答を繰り返し、脳内の情報を整理する。
点と点が繋がる。
ぼやけていた思考が、急にハッキリとし始めた。
そして最終的に、ひとつの疑問が残った。
──俺はなぜ、ここにいる?
「主観的事実に基づいた仮説、か……」
考え事をしている内に、校舎の外に出ていたらしい。
俺は空を見上げる。雲一つない晴天だ。
色々考えていた気がするが、まあいいか。
俺は中庭へと戻り、雑草を抜く。
そういえば昼食を食べていなかったことを思い出す。
「腹が減った……で、いいんだよな」
俺は中腰だった姿勢から立ち上がり、職員用の食堂に向かおうとした。
その時、背後から声をかけられた。
「ウラ、ご飯」
「まだ食べてなか……」
振り向いた先には、先ほど解散したはずの三人が居た。
「足音ぐらい立ててくれ、さすがに驚く」
「あの後、皆で考えたっす。もっと仲を深めたいという結論に至ったっすので、これから遅めの昼食っす。ウラさんもど、どうっすか?」
「なんで震え声なんだ……」
アルは誰かに脅されているような様子で、俺に笑みを向けていた。
犯人はシャリテだろうが、だとしたら直接俺を捕まえればいい。
「なにか企んでいるな?」
「知らない。私はただご飯が食べたいだけ」
「目が泳いでいるぞ」
「泳いでない」
「ならいいが。それで、どこで食べるんだ?」
「いつもの所」
「食べ物は……あるみたいだな」
シャリテの後ろで、手に大きな籠を持ってニコニコしているラルが居た。
人の苦労を楽しんでいる彼女は、学長とそっくりだ。
俺は諦め、散った土を軽く掃いて中庭を綺麗にする。
今日はもう、帰ってこれない気がした。
学園端に移動し、森の中でサンドイッチを食べる。
目の前に水の玉が浮いているのは、見慣れた光景だ。
「おしどり夫婦ってやつですー」
ラルが今度はニヤニヤしながら言った。
「まあ、随分と長い間ふたりで生活したからな」
俺はあえて相手のペースには乗らず、淡々と事実を返した。
この娘のノリはまだ分からない。
「ドキドキとかしなかったんですか? 湖の畔でふたりきりですよ! ラル、憧れますー!」
「あれは武者修行だ、雑念などない」
「へえ……先輩は?」
ラルは反応の薄い俺に飽きたのか、矛先をシャリテに変えた。
「ラル、調子に乗ってる?」
「いえいえ、私は先輩を応援したいだけですよー!」
「もういい」
シャリテが急に立ち上がり、座っている俺の目の前に立った。
「どうした、足りなかったのか?」
シャリテの顔が少しずつ赤くなっていく。
感情が分からない。怒っているのか、それとも恥ずかしいのか……
「これでいいなら、食うか?」
シャリテが食いしん坊なのは知っている。
俺は左手に持っていた残り半分のサンドイッチをシャリテに差し出した。
瞬間、サンドイッチが消えた。
シャリテが口をモグモグさせていた。
そして、空いた俺の左手薬指に、指輪がはめられた。
意味が分からない。
「状況が読めないのだが」
俺は近くに座っていたラルとアルを見る。
「ラルに構わず、続けてくださーい」
ラルは相変わらずこの状況を楽しんでいる。
「すごいっす……すごいっす……」
アルは年相応の少女になっていた。
俺はため息を吐き、シャリテに聞く。
「これの意味を知っているのか?」
「結婚」
「知っているのか……」
知っていたようだ。
これで、何かの勘違いという線が消えた。
「だとすると、他のふたりは立会人ってところか。だが、急にどうしたんだ?」
俺の問いには少しの間があいた。
その間も、シャリテは俺の目をじっと見ていた。
「さっき恋バナをした」
「あれは尋問っす……」
「なに?」
「な、なんでもないっす!」
「そこで、私は色々教えてもらった。私が今感じているものは、恋というらしい」
「そうか……」
俺は恋というものを知らない。
知る前に、それを感じ取れる感性を失ってしまった。
だからこそ、こういう時にどんな対応をすればいいのか分からなかった。
「その感情に関して、俺は何も言えない」
肯定しても否定しても、無責任になってしまう。
俺はそもそも、人間ではないのだから。
「だが、シャリテに変なことを教えたのは誰だ?」
俺は呆れ顔で聞いた。
「こ、こいつっす! 俺は悪くないっす!」
「そうだよー! ラル、人の恋路を応援するのが大好き!」
ラルは最後に小さな声で『あと、普通に面白そうだったから』と付け加えた。
不思議なことに、俺はこの状況を不快に感じていなかった。
楽しさや嬉しさといった肯定的な感情が、ほんのわずかにだが帰ってきた気分だ。
だからかもしれないが、俺はシャリテに対して、自然な笑みを浮かべることができた。
「まあ、ありがとな。これは受け取っておく」
「だったら、これで夫婦?」
「魔王を倒したら、答えを返すよ」
俺は薬指から指輪を外し、ポーチにしまった。
今の俺には答えを作れない。いつか来るその日まで、保留にさせてもらおう。
シャリテは俺の心を読み取ったかのように、微笑みを浮かべてくれる。とても優しい笑みだ。
本当の俺を見た時、彼女は何を思うのだろうか。
俺は少し、怖気づいてしまった。




