職務を遂行する
昨日は随分と寝た。たくさん寝るのはいいことだが、寝れば寝るほど眠くなるのはなぜだろうか。
そんなどうでもいいことを考えながら、俺は雑草を抜く。
今日からまた、魔法学園の雑用係としての仕事が始まった。
今頃、講堂では始業式が行われていることだろう。俺には関係のない話だ。
残暑が厳しい中庭で、俺はスコップで雑草の根を掘り起こす。
額に汗がにじむが、気にせず黙々と作業する。
しばらくすると、講堂の方面から大勢の生徒たちが出てきた。
時間が経つのは早いようで、もう昼時だ。
俺は中庭のベンチに座り、ぼーっと空を見上げる。
昼食を何にしようかな、などと考えながら、もう少ししたら来るであろう依頼を待つ。
午前の授業の終わりを告げる鐘の音が鳴った。
「ウラさん、ちょっといいかな?」
いつもの声がかけられる。確かポペリといった男だ。
「配達ですか?」
俺はいつも通りの流れで手に付いた汚れを落とす。
今日も昼の仕事があるようだ。
「いや、今日は別のお願いがあってね。これは私からの個人的なお願いでもあるんだ」
「それは珍しいですね」
「そうなんだよ。本来は私の仕事だったんだけど、ちょっと手が回らなくなって。おっと、最初に言うべきだったね。ウラさんにはあるクラブの顧問になって欲しいんだ」
「顧問……いえ、私、雑用係なんですけど大丈夫ですか?」
「それなら気にしないで。学長の許可も取っているよ。はい、じゃあ頼んだからね」
ポペリは書類を俺に渡し、いそいそと教室の方向へ走っていった。
忙しいのは分かるが、ずいぶん投げやりだな。
俺は嫌な予感がしながらも、書類に書いてあったクラブ室へ向かうことにした。
嫌な予感は当たっていて、クラブ室のドアを開けた瞬間、俺は閉じた。
今まで感じたことのない、最悪の空気がクラブ屋の中には漂っていた。
俺は見なかったことにして、廊下を引き返そうとする。
しかし、それは叶わぬ願いで、俺の身体は魔法の糸で巻き取られ、そのままクラブ室の中に引きずられていった。
入ってしまったものは仕方がない。とりあえず状況を把握しよう。
俺は椅子に座り、目の前に座る問題児たちに声をかける。
「シャリテ様、ラルさん……すみません、名前を教えていただいてもよろしいでしょうか?」
俺はこの褐色の少女を知っている。
彼女は、エペ・スパーダのパーティにいた弓使いだ。
「俺はアルっす! ウラさん、よろしくっす!」
「私のことは知っているのですね」
「もちろんっす! なんせ我らが、我らが? 忘れたっすけど、知ってるっす!」
それを知っていると言っていいのか。
まあ、本人がそれでいいのなら、俺があえて追及することもない。
精神を操られていた彼女は、きっと記憶を混濁させているのだろう。
「ウラ、この人たちはなに?」
「シャリテ様は何も聞いていないのですか?」
「学長が、ここでウラが待っていると言った。それだけ」
学長の意図が分からないが、俺は雑用係として、与えられた仕事をこなすしかない。
覚悟を決め、俺は持っていた書類に目を落とす。
それは『魔法学園探偵クラブ、創設の願い』という申請書だった。
申請者の名前はラル。
そしてクラブ員の欄に、アルという少女の名前が書いてあった。さらに、書き加えられたようにシャリテの名前が連なっている。
「アルさん、でいいのですよね?」
「はいっす!」
俺の呼びかけに対して、アルは元気よく手を上げた。
ラルと同じで元気な娘だ。
「えっと、アルさんも今日転校してきた、という認識で合っていますか?」
「そうっすよ! 忘れたっすけど、訳あって転校してきたっす!」
「は、はあ……分かりました。それで、なんでこのクラブに? まさかですけど学長に言われたとか……」
「ラルに誘われたっす! 同じ転校生仲間っすね!」
アルはラルを向いてウインクをした。
仲が良さそうだ。ふたりとも同じ雰囲気だし、すぐに打ち解けたのかもしれない。
だとしたら先程はなんだったのか、疑問だが。
「シャリテ様、私はこのクラブの顧問になりました。顧問として、クラブ活動を強制する気はありません」
「大丈夫。私は私の意思でここに居る」
シャリテは覚悟の決まった表情を見せる。
セリフはカッコいいが、学園のクラブ活動ぐらい気楽に考えて欲しい。
俺が『やれやれ』と思っていると、ラルが真剣な声音で話しかけてきた。
「ウラさん、お願いがあるのですが」
「いいですよ、私にできることなら」
「ありがとうございます。では、素のウラさんで接してくださいませんか。正直に言って、話しにくいかもです……」
「俺もそう思うっす! もっと友達みたいで大丈夫っす!」
アルも手をあげて同意してしまった。
これは少し困った。
学園内では、あくまでも俺は雑用係。仕事としての自分でいるつもりだった。
だが、これも依頼だと考えれば、受けないわけにはいかない。
俺は少し考え、頷く。
「そうか。だったら、これからは普通にさせてもらう。話をクラブ活動に戻そう」
俺は愛想笑いを止め、書類の内容を進めることにした。
三人は満足そうにしているし、問題はないようだ。
「このクラブの目的は、目的は……魔法学園七不思議の一つである学長の秘密を探ること、か……よく許可されたな」
「ラルの交渉術、すごいでしょー」
「ああ、すごい。だが、この目的をどうやって達成する?」
「それはねー……」
ラルが溜めを作った。
場に緊張が張りつめる、こともなく、皆が呆れた顔で彼女を見ていた。
「学長の家に侵入しま……」
「ダメだ」
俺は即座に却下した。
あまりにも短絡的な考えに、ため息がでる。
「だいじょーぶだよー、みんなー」
誰も何も言葉を返さない。
「ちょっと無視しないでー。ラル、泣いちゃうよー」
ラルは泣く振りまでしているが、もちろんスルーされる。
所詮は少女たちのおままごとだ。
俺は気に留めることもなく、ただ職務を遂行することにした。
******
これは裏ボスがクラブ室に入る少し前。
そこでは、ふたりの少女が殺気を飛ばし合っていた。
「ラルム、お前のこと”は”覚えてるっす。なぜこの学園に来たっす? しかも、こんなところに俺を呼び出して、どういうつもりっす?」
褐色肌の少女が怒気を含んだ声で言った。
「アルコさん、ご無沙汰しています。私はただ、職務を遂行しに来ただけですよ」
ピンク髪の少女は左手に軍用ナイフを握りながら、淡々と返した。
「この学園に来て、俺の記憶は曖昧っす。お前が何かしたっす」
「いえいえ、それも全部、学長の秘密が明かされれば分かることです」
「お前、あのエルフについて何を知ってるっす……」
褐色肌の少女が矢を取り出し、構える。
今にも戦闘が始まりそうな雰囲気だ。
その時、ドアが開いた。
「気配を感じなかったっす」「私が気配を感じ取れなかったとはね」
ふたりが驚いた顔を向けた先には、ポニーテールの少女が居た。
「続けて」
ポニーテールの少女は、感情のない顔で言った。
場の空気が一瞬で彼女に支配される。
「やめておくっす。どうせこいつには勝てないっす」
「学園内での戦闘は禁止されているからね。やめておこう」
「そうした方がいい」
三人はそれぞれ椅子に座り、互いに向き合った。
「ご挨拶が遅れ申し訳ございません。現在の私は、サージュ国軍諜報部、部隊長のラルムです」
「そうなんだ」
「姿がお変わりになり、気づくことができませんでした。不徳の致すところです。しかし、女王様に近づき、あなたは何を考えておられるのですか?」
ポニーテールの少女は答えを返さず、殺気だけを質問者にぶつける。
「エルフに聞け、ということですね」
ピンク髪の少女は両手に持った軍用ナイフを握り締めた。
「こ、怖いっす……いったい何者なんすか……」
褐色肌の少女は今にも気絶しそうで、身体を震わせていた。
「ウラが来た」
急に発せられた嬉しそうな声。
ポニーテールの少女はドアを向き、初めて表情というものを見せた。




