武者修行をしたと思う
「やったぞシャリテ! 今日の昼飯だ!」
俺はデカい魚を両手で抱え上げて、本能のままに叫んだ。
こいつはきっと湖の主だ。昨日から狙っていたが、図体に似合わぬ素早い動きに翻弄されてしまった。
少しずつ追い込み、やっとのことで無力化し、捕まえることができた。
「食べ放題!」
シャリテも飛び跳ねて喜んでいる。
彼女は水しぶきを上げ、髪の毛まで濡らしていた。
下着姿で冷たい水に膝上まで浸かり、いったい俺たちが何をしているのかというと、それは食料の確保だ。森の中で見つけた湖で魚を捕り、タンパク質を確保している。
自給自足の生活にも慣れていたもので、今ではこういった大物を狙えるまで余裕ができていた。
そう、武者修行といえば山籠もり。
俺たちは今、充実した毎日を過ごしている。
「……ん? なんか違うよな」
俺は急に冷静になり、空を見上げた。
照りつける陽の光は暑いぐらいで、湖の冷たさが心地いい。
「本当に、どうしてこうなった……」
魚類特有の匂いが鼻に入る。
俺はなぜこんなことをしているのだろうか……
思い返せば、完全なる遭難だった。
方向音痴を極めたふたりが何も考えずテキトーに行動した結果、次の街に辿り着くどころか、迷い込んだ森の中から抜け出せなくなった。
途中で状況を打開すべくシャリテに担いでもらい移動したが、それが逆効果で、気がつけばこの世界特有の巨大な木々に囲まれ、自給自足のサバイバルをしていた。
食料が尽き、シャリテの腹の音がこだまする森の中で、俺は計画を切り替えた。
ここで勇者を死なせるわけにはいかない。
何とかお腹いっぱいのご飯をシャリテに食べさせてあげたい。
俺は時間を忘れるほど頑張った。
木の実を取り、野草を摘み、魚を捕まえた。
シャリテと簡易的な住処を建て終えた時には、俺でさえ達成感を感じ、彼女とハイタッチをして喜びを分かち合った。
だが、今だから言える。
「何してたんだ、俺」
とりあえず、この魚を食べてから考えよう。
俺は湖の畔に作った拠点へと戻る。
そこには石を積み上げてできた炊事場があった。
俺は服を着た後、とりあえず、そこら辺に落ちていた鋭利な石を使い魚の鱗を取った。
そして粗雑にではあるが内臓を取り除き、シャリテに火を頼む。
火加減を確認し、俺は魚を焼き始める。
内臓を取り除いた部分に、これまたそこら辺に生えていた野草を入れた。多少は味付けになってくれるだろう。
「普通にうまそうだな」
俺は大きく平たい石の上で焼かれる魚を見て言った。
タンパク質が焼ける匂いに雑味はない。湖の水が綺麗なおかげで、魚も大した下処理をせずに食べられそうだ。
魚をひっくり返したりして、中までしっかり火を通す。変な寄生虫とかは勘弁だ。
肉が硬くなる直前、そこを見極めるために魚を凝視する。これが意外と楽しい。
「よし、食べごろだ。待たせたなシャリテ、食べようか」
目を輝かせながら俺の調理風景を見ていたシャリテに、俺は木を削って作ったフォークを渡す。
「「いただきます」」
食材への感謝を込め、食事が始まった。
「うん、うまい」
「美味しい。ウラは達人」
「そうか? まあ、やっと核心を掴んできた感じがするな。これが、成長か……」
俺は我ながらに完璧な焼き加減に頷く。
「ウラ、良かった……」
シャリテが俺に向かって微笑んでいた。
最近の彼女は笑うことが増えた気がする。以前は、そういえば、彼女の笑顔など見たことがなかった。
感情は大切だ。
それが力となり、勇者を高みへと導く。
俺はさっき、何か考えていた気がするが、まあいいか。
穏やかな雰囲気で食事は進み、魚が骨だけになるころには午後の良い時間になっていた。
時の進みとは早いもので、生きるための行動だけで一日の大半は終わってしまう。
今日の俺たちは、森で食べられそうなキノコを採ることにした。
キノコについては、今までスルーしていた。毒が怖かったのだ。
しかし、俺たちは進まないといけない。新たなことへの挑戦が未来を切り開く、そう信じて。
「これ、大丈夫だと思うか?」
俺は倒木に生えた赤色のキノコを指差し、シャリテに聞いた。
「確認する」
シャリテはそう言って、そのキノコを食べてしまった。
俺はその光景を見て固まってしまう。
「これはダメ、美味しくない。多分毒入り」
「そうか……キノコはやめておこう」
シャリテなら大丈夫だ、という謎の確信はあるが、危険に対して自分から向かっていくこともない。
こんなことなら、魔法学園の図書館で、もっと調べておけばよかったな。
俺はため息をつき、空を見上げ、みあげ?
人間が、落ちてきた。
「シャリテ、糸で網を作ってくれ!」
俺は急いで叫び、頼みを理解してくれたシャリテが魔法の糸を木々に張り巡らせ、空中に網を張った。
「助かったー!」
ピンク色のツインテールで、目には布を巻いている少女。
彼女は魔法で作られた網の上で弾んでいた。
シャリテが魔法を解除を解除し、少女は頭から地面に落ちる。
「あいたたー。ラル、頭打っちゃったよー。あれれ、お兄さんたちだーれ? ってそこのお姉さん! 魔法学園の先輩じゃないですか! ラルっていいます! よろしくお願いします!」
ラルと名乗った少女は立ち上がると、凄い勢いで頭を下げた。
確かに彼女は魔法学園の制服を着ている。だからこそなぜ、ここに居る?
「まず、見えている、でいいのですよね?」
「大丈夫です! ばっち見えてますよ!」
「ははは、元気ですねー」
俺は学園の雑用係としての自分を呼び出し、対応することにした。
「私はウラディル、魔法学園で雑用係をしています。気軽に”ウラさん”とお呼びください」
「私はシャリテ。あと、ウラは私の雑用係」
「おお! ということは、魔法学園は近いのですね。よかったー! でも急がないと、始業式に遅れちゃう! 転校初日に遅刻って、ラル、本当にドジっ子なんだから!」
ラルは自分の頭を拳で叩き、下を出して『てへぺろ』と言った。
俺は思った。
キャラが濃すぎる。胃もたれしそうだ。
「待ってください、始業式ですか?」
「そうだよ! 今日で夏休みは終わり!」
確か夏休みは20日間、つまり……
「シャリテ……俺らって、すごいな」
俺はまだ、時間感覚が戻っていない。気がついたら夜になり、気がついたら朝になっているだけで、その循環に対して長いも短いも感じられなかった。
だが、シャリテの無頓着さは、流石としか言いようがなかった。
「ウラさんたちはなぜここに? ちなみにラルは、魔法学園への近道で来たんだ。木々の上をぴょんぴょん跳んでたら、足を滑らせちゃったけど、てへ!」
「聞きたいことが色々あるのですが……」
「ウラさんはちょっと待ってください!」
そう言ったラルはシャリテに近寄り、質問を始める。
「先輩はなんで飛ばなかったのですか? 空を飛べないとしても、ほら、木のてっぺんかにいって、ぴょーんと上に跳べば、遠くの街ぐらい見れたはずですよ」
「それは、怖かった……から」
「うーん。先輩がそんな人じゃないとは、初対面のラルでも分かりますよ」
確かにそれは考えたが、シャリテが高い所が苦手だと言っていたから、俺は諦めていた。
「楽しかったですか?」
ニヤニヤしながらいう少女。
どこかで見たことのある表情だ。
シャリテは少しムッとした顔でラルを見る。
「音どころか気配すら感じなかった。ラルは何者?」
「ごめんなさい! 今は急いでいるので、続きはまたいつか! 方向はあっちですよ! じゃあ、しゅっぱーつ!」
俺とシャリテはラルの勢いに負け、彼女の後をついていくことになった。
「まあ、俺は楽しかったよ」
不機嫌になったシャリテに俺は言った。
『私も……』と小さな声が返ってきた。




