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裏ボスは家出した  作者: Seabird(シエドリ)
第一章 裏ボスは家出した
12/22

回想 俺が巻き込まれたようだ

 主人公の座を他の人に譲り、俺は新たなる決意を元に一歩踏み出そうとしたが、それは無駄だった。

 女王が手に持つ”設計書”と書かれた分厚い書類。

 彼女はそのうち1枚を魔法使いに見せている。そして少し怒っている。


「このアルゴリズムだと、勇者の選定に”男女で1人ずつ”という条件は発生しないはずだ」


 アルゴ……リズム? プログラミングかな?

 『あれ~? そうですかね。へへへ……』と媚びた声を出しながら、冷や汗をかいている魔法使い。

 最近の学生はプログラミングを習わせられるが、異世界でもそうなのかもしれない。

 冗談はさておき、これはなぜか理解できる言語関係の、翻訳の問題だ、気にしないでおこう。


「お前、さては()()下請けにやらせたな? 王国は貴様ら”魔術院”に業務委託したはずだ」


 女王の怒りは空間を震わせ、誰一人と声を出すことができない。

 魔法使いも同じで、反論をすることはなかった。


「言い訳を述べよ」


 魔法使いが『終わった……』という絶望の顔を浮かべ、死んだ目で説明を始める。


「はい。この”勇者召喚プロジェクト”ですが、納期があまりにも短く、規模も想定より大きくなりましたので……」


 最初はしょぼんとした声だった魔法使いだが、途中からそれに怒りが混ざり始める。


「女王様のせいですよ! 女王様が急に『2人召喚する』って言うから手戻りが発生したんです! 私は知りません!」


 プンプンと頬を赤く膨らませる魔法使いに、女王も負けていない。


「だったら相談してくれればよかったじゃないか!?」

「だって女王様、いつも忙しそうじゃないですか!?」


 あーだ、こーだと言い争いが再燃した。

 周りに居る臣下であろう大人たちは、巻き込まれないようにと存在を薄くしている。


 俺は思った。途中何を言っているのか分からなかったが、しみじみと感じた。

 これはきっと、すれ違いだ。

 女王はもっと、魔法使いと話したかったのだ。仕事の相談という大義名分を使い、ただ一緒にいたかっただけなのだ。

 だけど魔法使いはそれに気づかず、女王に迷惑をかけまいと努力した。その結果……

 なにこれ?


「あの、最初の場面から何も進んでないのですが……巻き込まれた人を探すのも、振り出しに戻ったということでいいですよね?」


 俺の質問にも、ついには呆れが混じっていた。

 正直に言って、この際俺が勇者でいいから、さっさと魔王討伐の旅路へ進みたいのだ。

 身体の中心から(みなぎ)るドス黒い魔力が、俺を魔王という存在へ導いている。

 俺ってここまで好戦的だったか、とも思ったが、これは召喚特典で貰ったチート能力なのだろう。


「ごほん。すまなかった。私としたことが、召喚者が想定より1人増えたぐらいで動揺していた。予期せぬバグなど、いつものことだ」


 女王はジトーっと魔法使いを見ながら話を進める。

 魔法使いはというと、プイッとそっぽを向いていた。よほど仲が良さそうだ。


「話を戻そう……なあ勇者たちよ、今までのくだり、なかったことにしていいか?」


 女王は急に真顔になった。

 意図が分からないが、俺に拒否権などない。

 他のふたりも、一国の主である女王の威厳を前に、しずかに頷いていた。


 全員の空気感が戻ったことで、女王が立ち上がり、宣言する。


「よく来た、勇者たちよ! 魔王を倒すた……」

「あ、普通に能力を見せて貰えばいいじゃん」


 魔法使いが何かに気づいたように、拳で手のひらをポンと叩き、発言をした。

 流れを遮られたにも関わらず、女王も納得ししている。軽い、軽すぎる。


「確かにそうだな。すっかり忘れていた」

「いや~、簡単なことだったんですよ。勇者の素質がある人だったら、召喚時に能力を得られているはずですからね」

「うむ。と、いうわけで勇者たちよ、魔王を倒すための力を見せてくれ」


 良い感じに繋がったが、話は進んでいない。

 なにもかもがテキトーで、この国この世界が本気で心配になってきた。

 だが、それでも能力と聞いて心が躍らないわけがない。


「まずは金髪の勇者。そなたの力はなんだ?」

「うまい具合に自分の内側にある力を解放してくださーい」


 女王がお嬢様に問いかけ、魔法使いが簡単な補足をする。


 お嬢様は手に持っていた刀を見せつけた。彼女は無意識の内に能力を使っていたようだ。

 刀といっても短く、(つば)が付かない一振りだ。よく見たら、任侠映画に出て来るような武骨なデザインをしている。勇者が使えば、これも聖剣となるのかもしれない。


「私はこれですわ。刀を生み出せますの」

「ふむ。正義の力がよく込められている。そなたの刃なら魔王の心臓に届き得るだろう」


 女王は満足気に頷き、続けてゴスロリ息子の方を向く。


「堕天使の勇者よ、そなたの力はなんだ?」

「僕はこの黒魔法だけど、これは元々……」


 ゴスロリ息子は堕天使と呼ばれ嬉しそうな顔をしながら、手に持ったぬいぐるみを女王に掲げた。

 そのぬいぐるみが話し出す。


『まったく、俺様を勇者の道具なんて思われちゃ困るぜ』


 手足をバタバタと動かしながら抗議する可愛い物体。

 そう、ぬいぐるみ”が”しゃべった。

 ……ここはあえてスルーしよう。女王ですら親指を上げて『黒魔法、いいね!』とテキトーに反応している。


「最後に普通の勇者よ。そなたの力はなんだ?」

「呼び方ひどくないですか……」


 女王の呼びかけに俺は、小さく抗議の意を示しながらも期待に胸を膨らませて、自分の中にある能力に集中する。

 俺はなんだ? さっき感じたドス黒い力か? でも、あれだったらゴスロリ息子と色味が被ってしまうから嫌だな。

 暢気なことを考えられたのも最初のうちだった。


「あれ、ない……」


 なにも、感じなかったのだ。


「いや、さっき感じたはずだ。こう、ドス黒い何かを……」


 周りからの優しい視線が痛い。

 惨めだ。

 俺だって分かっている。恥ずかしさを隠そうとして、言い訳を並べる俺はみじめなのだ。

 俺は普通の人間、召喚特典がなく魔力もない、もちろん元々武芸の達人だったわけでもない。つまり異世界では、普通の”弱い”人間。

 

「大変失礼いたしました。あなたが巻き込まれたみたいですわね」

「ごめん、君が巻き込まれたみたいだね」


 お嬢様とゴスロリ息子が、申し訳なさそうな顔で俺の両肩に手を置いた。

 さっきまであんなに固辞していた立ち位置を、急に放棄したんだが。


「大丈夫、僕も昔は君と同じだったよ」


 特にゴスロリ息子、その慈愛に満ちた表情は君のキャラじゃないだろ。


 足掻(あが)いても結果が変わることはなく、俺が巻き込まれた哀れな一般人ということで決着がついた。


「あー、うん。どうする? 勇者として活動してもいいが……」


 女王は気を使ってくれたのだろうが、今の俺は魔王(ラスボス)どころかチュートリアルで即死する自信がある。

 切り替えるしかない。今はこの異世界で生き残る術を見つけよう。

 よくよく考えたら、現代日本で培った俺の知識がどこかで役に立つはず。物語のジャンルを変えればいい、それだけの話だ。


「それは厳しいです」

「そうか、賢明だな」

「えっと、家には帰れないので?」

「それは、たぶん、魔王を倒したら?」

「そうですかー。あはは……」


 乾いた笑いの後、沈黙が流れる。

 女王よ、なんとか言ってくれ。


 進展がない話に嫌気がさし、俺は渋々と提案をした。


「えーっと、とりあえず、衣服と食事と住居をお願いしたいのですが」

「うむ。こちらに非がある分、手配しよう」

「ありがとうございます。では、これで……」


 穴があったら入りたい。あとは勝手に、本当の勇者召喚イベントを行ってくれ。

 とりあえず帰ったら一生分の惰眠を貪ろう。これはきっと、夢なのだ。


 俺は考えることをやめ、肩を落としながら玉座の間を出ようとする。

 風邪を引いたらどうすればいいのだろうか? それに何も分からない俺は、悪い人間に騙されるかもしれない。

 やめたはずの思考にも、不安だけは残る。


 お嬢様が何か言おうと俺に手を伸ばしたが、ゴスロリ息子が首を横に振って彼女を止めている。


 そうだ、敗者は潔く去るのみだ。

 それを分かっているのに、玉座の間の入口、大きく白い扉に手をかけた時、俺は思ってしまった。

 助けて、と──



 ------



 黒は常に俺と共にある。それは歴史に対してさえ平等だ。

 黒く塗りつぶして隠してしまいたい、と願うのは、文字通り黒歴史だからだろう。


 人間界での生活が安定する、というあやふやな条件が満たされたある日、俺は俺が裏ボスだということを思い出した。

 若かった、たったそれだけのことだが、精神の未熟は残酷な恥を生んだ。


「そういえば、昔の俺はこんな感じだったな」


 裏ボスとしての記憶を消すことで再び現れた、人間としての自分。

 嬉しくもあり、少し寂しくもある。


 だが俺は裏ボス、この世界に組み込まれた存在。

 だからこそ、自分の責務を全うしたい。

 つまるところ……


「出番が欲しい」


 目を開け、夜空に向けて発した言葉は、闇と共に消えていった。

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