回想 俺が巻き込まれたようだ
主人公の座を他の人に譲り、俺は新たなる決意を元に一歩踏み出そうとしたが、それは無駄だった。
女王が手に持つ”設計書”と書かれた分厚い書類。
彼女はそのうち1枚を魔法使いに見せている。そして少し怒っている。
「このアルゴリズムだと、勇者の選定に”男女で1人ずつ”という条件は発生しないはずだ」
アルゴ……リズム? プログラミングかな?
『あれ~? そうですかね。へへへ……』と媚びた声を出しながら、冷や汗をかいている魔法使い。
最近の学生はプログラミングを習わせられるが、異世界でもそうなのかもしれない。
冗談はさておき、これはなぜか理解できる言語関係の、翻訳の問題だ、気にしないでおこう。
「お前、さてはまた下請けにやらせたな? 王国は貴様ら”魔術院”に業務委託したはずだ」
女王の怒りは空間を震わせ、誰一人と声を出すことができない。
魔法使いも同じで、反論をすることはなかった。
「言い訳を述べよ」
魔法使いが『終わった……』という絶望の顔を浮かべ、死んだ目で説明を始める。
「はい。この”勇者召喚プロジェクト”ですが、納期があまりにも短く、規模も想定より大きくなりましたので……」
最初はしょぼんとした声だった魔法使いだが、途中からそれに怒りが混ざり始める。
「女王様のせいですよ! 女王様が急に『2人召喚する』って言うから手戻りが発生したんです! 私は知りません!」
プンプンと頬を赤く膨らませる魔法使いに、女王も負けていない。
「だったら相談してくれればよかったじゃないか!?」
「だって女王様、いつも忙しそうじゃないですか!?」
あーだ、こーだと言い争いが再燃した。
周りに居る臣下であろう大人たちは、巻き込まれないようにと存在を薄くしている。
俺は思った。途中何を言っているのか分からなかったが、しみじみと感じた。
これはきっと、すれ違いだ。
女王はもっと、魔法使いと話したかったのだ。仕事の相談という大義名分を使い、ただ一緒にいたかっただけなのだ。
だけど魔法使いはそれに気づかず、女王に迷惑をかけまいと努力した。その結果……
なにこれ?
「あの、最初の場面から何も進んでないのですが……巻き込まれた人を探すのも、振り出しに戻ったということでいいですよね?」
俺の質問にも、ついには呆れが混じっていた。
正直に言って、この際俺が勇者でいいから、さっさと魔王討伐の旅路へ進みたいのだ。
身体の中心から漲るドス黒い魔力が、俺を魔王という存在へ導いている。
俺ってここまで好戦的だったか、とも思ったが、これは召喚特典で貰ったチート能力なのだろう。
「ごほん。すまなかった。私としたことが、召喚者が想定より1人増えたぐらいで動揺していた。予期せぬバグなど、いつものことだ」
女王はジトーっと魔法使いを見ながら話を進める。
魔法使いはというと、プイッとそっぽを向いていた。よほど仲が良さそうだ。
「話を戻そう……なあ勇者たちよ、今までのくだり、なかったことにしていいか?」
女王は急に真顔になった。
意図が分からないが、俺に拒否権などない。
他のふたりも、一国の主である女王の威厳を前に、しずかに頷いていた。
全員の空気感が戻ったことで、女王が立ち上がり、宣言する。
「よく来た、勇者たちよ! 魔王を倒すた……」
「あ、普通に能力を見せて貰えばいいじゃん」
魔法使いが何かに気づいたように、拳で手のひらをポンと叩き、発言をした。
流れを遮られたにも関わらず、女王も納得ししている。軽い、軽すぎる。
「確かにそうだな。すっかり忘れていた」
「いや~、簡単なことだったんですよ。勇者の素質がある人だったら、召喚時に能力を得られているはずですからね」
「うむ。と、いうわけで勇者たちよ、魔王を倒すための力を見せてくれ」
良い感じに繋がったが、話は進んでいない。
なにもかもがテキトーで、この国この世界が本気で心配になってきた。
だが、それでも能力と聞いて心が躍らないわけがない。
「まずは金髪の勇者。そなたの力はなんだ?」
「うまい具合に自分の内側にある力を解放してくださーい」
女王がお嬢様に問いかけ、魔法使いが簡単な補足をする。
お嬢様は手に持っていた刀を見せつけた。彼女は無意識の内に能力を使っていたようだ。
刀といっても短く、鍔が付かない一振りだ。よく見たら、任侠映画に出て来るような武骨なデザインをしている。勇者が使えば、これも聖剣となるのかもしれない。
「私はこれですわ。刀を生み出せますの」
「ふむ。正義の力がよく込められている。そなたの刃なら魔王の心臓に届き得るだろう」
女王は満足気に頷き、続けてゴスロリ息子の方を向く。
「堕天使の勇者よ、そなたの力はなんだ?」
「僕はこの黒魔法だけど、これは元々……」
ゴスロリ息子は堕天使と呼ばれ嬉しそうな顔をしながら、手に持ったぬいぐるみを女王に掲げた。
そのぬいぐるみが話し出す。
『まったく、俺様を勇者の道具なんて思われちゃ困るぜ』
手足をバタバタと動かしながら抗議する可愛い物体。
そう、ぬいぐるみ”が”しゃべった。
……ここはあえてスルーしよう。女王ですら親指を上げて『黒魔法、いいね!』とテキトーに反応している。
「最後に普通の勇者よ。そなたの力はなんだ?」
「呼び方ひどくないですか……」
女王の呼びかけに俺は、小さく抗議の意を示しながらも期待に胸を膨らませて、自分の中にある能力に集中する。
俺はなんだ? さっき感じたドス黒い力か? でも、あれだったらゴスロリ息子と色味が被ってしまうから嫌だな。
暢気なことを考えられたのも最初のうちだった。
「あれ、ない……」
なにも、感じなかったのだ。
「いや、さっき感じたはずだ。こう、ドス黒い何かを……」
周りからの優しい視線が痛い。
惨めだ。
俺だって分かっている。恥ずかしさを隠そうとして、言い訳を並べる俺はみじめなのだ。
俺は普通の人間、召喚特典がなく魔力もない、もちろん元々武芸の達人だったわけでもない。つまり異世界では、普通の”弱い”人間。
「大変失礼いたしました。あなたが巻き込まれたみたいですわね」
「ごめん、君が巻き込まれたみたいだね」
お嬢様とゴスロリ息子が、申し訳なさそうな顔で俺の両肩に手を置いた。
さっきまであんなに固辞していた立ち位置を、急に放棄したんだが。
「大丈夫、僕も昔は君と同じだったよ」
特にゴスロリ息子、その慈愛に満ちた表情は君のキャラじゃないだろ。
足掻いても結果が変わることはなく、俺が巻き込まれた哀れな一般人ということで決着がついた。
「あー、うん。どうする? 勇者として活動してもいいが……」
女王は気を使ってくれたのだろうが、今の俺は魔王どころかチュートリアルで即死する自信がある。
切り替えるしかない。今はこの異世界で生き残る術を見つけよう。
よくよく考えたら、現代日本で培った俺の知識がどこかで役に立つはず。物語のジャンルを変えればいい、それだけの話だ。
「それは厳しいです」
「そうか、賢明だな」
「えっと、家には帰れないので?」
「それは、たぶん、魔王を倒したら?」
「そうですかー。あはは……」
乾いた笑いの後、沈黙が流れる。
女王よ、なんとか言ってくれ。
進展がない話に嫌気がさし、俺は渋々と提案をした。
「えーっと、とりあえず、衣服と食事と住居をお願いしたいのですが」
「うむ。こちらに非がある分、手配しよう」
「ありがとうございます。では、これで……」
穴があったら入りたい。あとは勝手に、本当の勇者召喚イベントを行ってくれ。
とりあえず帰ったら一生分の惰眠を貪ろう。これはきっと、夢なのだ。
俺は考えることをやめ、肩を落としながら玉座の間を出ようとする。
風邪を引いたらどうすればいいのだろうか? それに何も分からない俺は、悪い人間に騙されるかもしれない。
やめたはずの思考にも、不安だけは残る。
お嬢様が何か言おうと俺に手を伸ばしたが、ゴスロリ息子が首を横に振って彼女を止めている。
そうだ、敗者は潔く去るのみだ。
それを分かっているのに、玉座の間の入口、大きく白い扉に手をかけた時、俺は思ってしまった。
助けて、と──
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黒は常に俺と共にある。それは歴史に対してさえ平等だ。
黒く塗りつぶして隠してしまいたい、と願うのは、文字通り黒歴史だからだろう。
人間界での生活が安定する、というあやふやな条件が満たされたある日、俺は俺が裏ボスだということを思い出した。
若かった、たったそれだけのことだが、精神の未熟は残酷な恥を生んだ。
「そういえば、昔の俺はこんな感じだったな」
裏ボスとしての記憶を消すことで再び現れた、人間としての自分。
嬉しくもあり、少し寂しくもある。
だが俺は裏ボス、この世界に組み込まれた存在。
だからこそ、自分の責務を全うしたい。
つまるところ……
「出番が欲しい」
目を開け、夜空に向けて発した言葉は、闇と共に消えていった。




