回想 召喚した勇者、1人多くね?
闇夜の中、木の幹に体を預けて空を見る。
「どうしたものか……」
俺は自分の無計画さを恥じていた。
場の雰囲気に身を任せ、シャリテと共に街を離れてしまった。
開けた道を歩けば、いつかは次の街へ着くだろうと思っていたが、現実は甘くない。
整備された道は途中でなくなり、テキトーに真っすぐ進んだ結果、俺たちは迷った。
俺とシャリテには、共通した弱点があった。
それは、方向音痴だということだ。
夜が明け、朝がきて、また夜になる。
それを3回繰り返し、現在は森の中。
幸運にも食料は十分にあり、なんとか生きているが……
「明日の俺が、なんとかするか」
俺の隣で体を丸め、スヤスヤと寝息をたてて寝ているシャリテを見ると、どうでもよくなった。
俺も目を閉じ、身体を休める。念のため、完全には寝ない。
睡眠と覚醒の狭間で、俺の脳裏に懐かしい記憶が流れた。
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「召喚した勇者、1人多くね?」
女王が発した一言が、全ての始まりだった。
ここはファンタジーでよくある玉座の間。
麗しき女王の前に、3人の転移者、つまり元地球人が立っている。
そして、そのうちの1人が俺だ。
急転した空間、玉座に座る偉そうな人、中世ヨーロッパな空気感、そして勇者という単語。
使い古された展開は、親の顔より見たかもしれない。
これは……異世界召喚だな。
玉座に駆け寄り女王に説明を始める魔法使いを横目に、俺は『ふう~』と息を吐いた。
実際に起きてみると、不思議と受け入れられる。それは俺が空想好きで、心のどこかでは退屈な現実から抜け出したいと思っていたからかもしれない。
俺の名前は裏出巻。コンビニからの帰宅途中、気がついたら異世界に転移していた普通の高校生だ。
今日この時から、俺が求めていた非日常が始ま……
「だから! お前のミスじゃないのか!?」
「違います! 私の術式に問題はありません! そもそも、不安症の女王様が『バックアップが欲しい』とか言ったから、こんなことになったんですよ!」
「だが、3人とは言っておらん!」
「それは私も知りませんって!」
俺の新たな門出を邪魔するのは、女王と魔法使いの言い争いだ。
王冠を付けているから女王だと思ったのだが、だとしたら一国の主と口答えをしえいる彼女は誰なんだろうか。
俺が事態の把握に努めていると、隣から語尾の消え入りそうな声が聞こえた。
「どうしましょぅ。どうしましょぅ……」
声の出口は、黒いゴスロリ服に身を包んだ少女だった。
両手で抱えた継ぎ接ぎだらけのクマのぬいぐるみを不安そうに抱えている。
当たり前だ、普通はそういった反応をする。
声でもかけてやるかと思い、俺はクールな表情を作る。
「だいじょ……」
「僕が術式に干渉しちゃったからだ。僕の黒魔術のせいだ」
関わったらいけないタイプの人だった。
俺は正面に向き直り、聞かなかったことにした。
さて、今考えるべきは俺の次の言動だ。
やはり主人公として、召喚には巻き込まれていたい。
かますしかないか、それっぽいセリフを……
「やれや……」
「私のせいですわ。私が責任を取って、腹を切りましょう」
もうひとりの転移者が前へと進み、服を脱ぎ、どこかから短刀を取り出す。
大切なところはサラシで隠されているが、あまりにも堂々とした態度には、美しさと”漢”を感じた。
「金髪縦ロールで、サムライかよ……」
俺は思わず声を漏らしてしまった。
見た目と行動が何一つ合っていない、そんな少女だった。
「ちょっと待て! 早まるな!」
俺は急いで駆け寄り、彼女の手から短刀を取り上げる。
演技ではなく、本当に切腹しようとしていた。
「情けは無用ですわ! 誉れ高く死なせてくださいまし!」
「落ち着け! そもそも、誰が巻き込まれたのかすら分かってないじゃねーか!? って、さっきから喧嘩してないで、話を進めてください!」
俺は玉座に向けて叫んだ。
周囲に居た衛兵や偉いであろう人たちは、いつものことだと目を逸らしている。
なんとなく、この国の現状が分かった気がした。
「ごほん。よく来た、勇者たちよ!」
女王が咳ばらいをして、威厳のある声を俺たちに向けた。
まるでこの数分間をなかったことにしたような、綺麗な切り替えようだ。
しかし、俺は騙されない。
「いや、開口一番『1人多くね』って言ってましたよね? どういう意味なのか説明してください」
「流石は勇者だ! 小さな違和感に気がつくとは!」
結構な大声で言っていたのですが……
そこは気にしないでおこう。話が停滞中だ。
「それで、誰が巻き込まれたのですか?」
俺は単刀直入に聞いた。
そして、この問いの答えは分かっている。
──俺だ。
「そこの金髪じゃね、知らんけど」
え、俺じゃないの? それより口調軽すぎだろ……
女王がやる気のなさそうに指さした先には、腹を切ろうとしたお嬢様武士が居る。
「やはり私が……かくなる上は!」
「ストーップ! すぐに腹を切ろうとしないでください!」
「止めないでくださいまし!」
再度腹を切ろうとしたお嬢様を、俺は必死に止める。
彼女の背後から腕を回し、抱き着く形だ。素肌の温もりと柔らかさが伝わってくるが、それどころではない。
「なぜ……なぜそう思ったのぉ……」
もう一人の非召喚者、ゴスロリ服を着た少女が消え入りそうな声で女王に問いかけた。
「その質問には、私こと、天才魔法使いが答えましょう。この召喚魔法は私が作ったもので、条件は……」
女王の隣に居た魔法使いがが胸を張って話し出した。まるで自分のおもちゃを友達に自慢するように、喜々として設定を語っている……が、長い。長すぎる。女王なんて、欠伸をしているぞ。
「それで、言語的制約上、日本という国から素質のある者を選ぶようにできているのです。つまり、身体的特徴が大きく外れている金髪の方が、何らかの理由で召喚に巻き込まれてしまったというわけですね」
魔法使いは『うんうん』と自分で頷きながら、説明を終えた。
理由は分かった。
結論、俺は主人公じゃなかったというわけだ。
「皆さま、外国の方々でしたの?」
お嬢様が不思議そうな顔で俺とゴスロリ娘を見た。
確かに海外からしたら、日本が外国だ。
「ああ、そうなるな」
俺はやっとのこと落ち着いたお嬢様を放し、凛々しい顔をした。
今日から俺は、勇者なのだ。
「てっきり同郷の方々だと思っていましたわ。日本語がお上手でありますわね」
「ああ、そうだろ……う? 日本語?」
「どちらのお国からいらっしゃったのでして?」
「いや、俺は日本から……」
「僕もだよぅ」
俺は顎に手を置いて首を傾げた。
お嬢様も、ゴスロリ娘も、同じく首を傾げている。
「え、つまり、全員日本人?」
俺の問いに、ふたりは頷いた。
「だ、そうです!」
俺は手を上げて、女王と魔法使いに報告する。
これで振り出しに戻った。
「うーん。それなら、あなたですね」
魔法使いが指さしたのは、俺だ。
「やれやれ……やっぱりそうか」
知っていたことだ。顎に置いていた手を額に移し、俺は首を振る。
これでやっと、俺の求めていた非日常が……
「それは、なんでですかぁ」「納得がいきませんわ」
ゴスロリ娘とお嬢様は食い下がる。
巻き込まれたことにしたい気持ちは分かるが、主人公は俺だ。
「同性の2人を召喚したからね。必須条件ではなかったけど、考えられるとしたら、これかな」
女が2人に男である俺が1人。性別が違う俺が巻き込まれたというわけだ。
「僕に性別はありません!」
訂正しよう。男女が1人ずつ、そして無性別が1人だ。
「ちょっと待って。どういうこと?」
俺の一瞬流そうとした思考を止める。
ゴスロリ娘の宣言には、初めて聞く力強さがあった。
「僕は天使ですよ。とっくに墜ちてしまっていますがね。ふふふ……」
自称天使は不気味な笑いを漏らす。周囲から冷めた目線が飛ぶが、彼女はそれを気にしていない。
皆が引き気味の中、お嬢様が笑うゴスロリ娘に近づいた。
「ごめんあそばせ」
そして、手を彼女の下半身に当てる。
「ひゃっ!? な、なにをするんですかぁ」
驚いて飛び退くゴスロリ娘をよそに、お嬢様は勝ち誇った表情で宣言した。
「私が、巻き込まれたのですわ!」
まるで魔王を打ち取った勇者の如く、彼女は拳を天に掲げていた。
「彼女、いえ、彼は男の子ですわ。ついていましたの」
「え、なにが?」
俺は反射的に聞いた。
「ナニが、ですわ」
お嬢様の回答は予想通りだった。
「僕に性別なんてありませんよぅ……」
ゴスロリ娘改めゴスロリ息子は、顔を真っ赤にして抗議をしている。
……俺は急に冷静になった。
巻き込まれたからって、なんだというんだ。
人類皆主人公、この精神が大切だ。
俺は勇者として、自分の物語を紡ごう──
「いや、性別は関係ないぞ」
と思ったが、俺の脳裏に浮かんだ未来の映像は、女王の冷静な声にかき消された。
勇者召喚、それは情報溢れる物語の始まり。
俺はまだ、自分の存在意義を知らない。




