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裏ボスは家出した  作者: Seabird(シエドリ)
第一章 裏ボスは家出した
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他勢力は動き出す

 薄暗い路地裏で、一人の男がふらふらと歩いていた。


「ばけもの、ばけもの……」


 彼は同じ言葉を繰り返し、家屋の壁に体を寄り掛からせながら、何かから逃げるように足を前へ踏み出す。


「それ、詳しく教えて欲しいっす」


 そんな彼の背後に、褐色肌の少女が現れた。


「ひ……ああ、あああああ」


 急に現れた人影を見て、男はうめき声をあげ気絶してしまった。


「ありゃりゃ、壊れちゃってるっす。こりゃあ、消す価値もないっすね。うーん、あの普通すぎる人間が気になるっすけど、こいつに操られていたせいで、記憶がほとんどないんすよねー」


 少女は倒れている男を蹴りながら、頭を抱える。


「っと、誰かに見られてるっすね。彼らに聞いてみるっすか」


 街の中心部にある時計台を見て、少女は翼を広げた。



 ***



 街のシンボルにもなっている巨大な時計塔の頂上には、風にさらされた鐘が中央に鎮座していた。

 その近くで、数人の男女が立っている。


 一人は職人の格好をしていた。

 一人は行商人の格好をしていた。

 一人は吟遊詩人の格好をしていた。

 一般市民に紛れるために、全員が普通の格好をしていた。


 そんな中、一人だけ軍服を着た人物がいた。

 彼女の名前はラルム。ピンク色の長い髪を左右でまとめ、体中の至る所に小型の軍用ナイフを装備した、幼き見た目の少女だ。


 ラルムは特徴的な糸目から涙を流し、両手を組んで祈る。


「かつての英雄が、無様ですね」


 彼女の視線の遥か先には、ふらふらと歩くエペが居た。


「排除いたしますか?」


 後ろに立っていた一人が、ラルムに聞いた。


「放置でいいでしょう。彼はとっくの昔に脅威リストから除外されています。それよりも、我々の監視対象は弓使いアルコです。彼女については何か分かりましたか?」

「残念ながら。エペ・スパーダの魔法が強すぎるのか、彼女に不自然な点は見受けられませんでした」

「そうですか……腐っても勇者、といったところですね」

「はい。ですが、弓使いアルコは、ラルム隊長(みずか)ら出る程の人物なのでしょうか? 騎士団が軍として再編され、現在はお忙しいでしょうに……」

「理由はすぐに分かるよ」


 ラルムが指を差す。

 その先には、エペに近づく褐色の少女の姿があった。


 少女はエペに数言話しかけた後、時計塔を見て、消えた。


「皆、大丈夫。アルコさん、こんばんは」

「ラルムさん、こんばんはっす」


 ラルムの目の前で、褐色の少女が浮いていた。彼女は小さな赤色の翼を羽ばたかせ、空中で静止している。


「私の名前を知っているのですね」

「お互い様っすよ」


 少女はラルムの隣に降り立ち、大きな欠伸(あくび)をした。


「魔族が人間の前に姿を現すとは驚きです」

「今は非常事態なんすよ。俺を監視していたっすよね。なら、この街に来た時に居た、あの普通の男について教えて欲しいっす」

「それが目的ですか?」

「今はっすね。元は勇者を調べるためっす」

「では、情報の交換といきましょう。あなたたち魔族が人間界で活動しているのはなぜですか?」


 ラルムの質問に、少女は少し考えた。

 緊張は常に張りつめていて、ここに居る全員が戦闘態勢をとっている。


「別にいまさらっすね。いいっすよ、教えてあげるっす。魔王様はわざわざ勇者を野放しにしないっす。出る杭は早めに打つのが、今の魔王軍の方針っすね」

「魔王軍も変わりましたね。ありがとうございます。それで、あの男についてですよね。といっても私は直接彼を見ていません。彼は監視対象ではありませんでしたから」

「嘘つきっす! 交換って言ったっすよ!」


 少女が虚空から矢を抜き、ラルムの首元に当てた。


 場に居た他の人間が反応し、動こうとしたが、ラルムがそれを制する。


「我々も人手不足ですので、申し訳ないです。ただ、彼と共に魔法学園の制服を着た生徒が居た、という情報は得ています。おふたりとも、もうこの街にはいないようですけどね」

「分かったっす……今回は同業のよしみで許してあげるっすよ」

「ありがとうございます。では、その同業のよしみで、私の愚痴を聞いてください」


 ラルムは有無を言わさず、語り始めた。


「この国サージュは、今や他国の諜報員で溢れています。情報戦という概念を持たなかったツケが回ってきたというわけですね」

「それを俺に言うっすか……」

「ですから、我々はあなたたち魔界側と戦いたくはないのです。どうせ興味ないでしょう? 人間界なんて」


 ラルムは自嘲気味に笑みを浮かべた。

 その様子を見た少女はため息を吐き、突き付けていた矢を消した。


「だったら、なんで勇者を召喚したっすか」

「それも知られていましたか。あれはアピールですよ。他国に我々が持つ魔法技術を見せつけ、下手に手出しをさせないためですね。たぶん」

「たぶんってなんすか、たぶんって。まあ、お互い大変っすね。俺もあの勇者の仲間になったまではよかったっすけど、いつのまにか、普通に仲間してたっす。ウラ様が直接介入してくださったということは、俺にチャンスを与えてくださったってことっす。慈悲深いっす」

「ウラ様?」

「あ、やばいっす」


 少女は慌てて口を両手で覆った。


「今の話はなしっす。ど、同業のよしみで聞かなかったことにしてほし、くださいっす」


 少女の声は、ラルムを含めた人間たちに届かない。


「やっぱり私が来てよかったね。この件は私個人で担当する。指揮系統は第6に移行」


 先程までのまったりした声からは想像がつかない、堂々とした指示が、ラルムから発せられた。


「だましたっすねー! 人間は汚いっすー!」


 少女は怒り、再び取り出した矢をラルムの頭に突き刺す。

 しかし、それは甲高い金属音と共にはじかれた。


「あなた、諜報員に向いていませんよ」


 ラルムは目を見開き、大きな緋色の瞳を見せながら、両手に軍用ナイフを握っていた。

 彼女はそれらを逆手で構え、少女から距離を取り対峙する。


「新人の俺が勝てるわけないっすー! 覚えてろっすよー!」


 実力差を理解した少女は翼を羽ばたかせ、捨て台詞と共に夜空へ向けて飛んでいった。


 一瞬で豆粒ほどの大きさになった少女を見送り、ラルムは軍用ナイフをおろす。


「制服について教えてもよろしかったのですか?」

「大丈夫、あそこは世界で一番安全だよ」


 部下の心配に微笑みを返したラルムは、星々が点在する夜空を見て呟く。


「皆、彼女みたいに素直だったら、世界は平和になるのにね……」



 ***



 魔王城内の質素な会議室で、一人の女性と一体の骸骨が話していた。


「いやー、アルから連絡が入って、灯台下暗しとはこのことですねー。ははは」


 骸骨がへらへらと喋っているだけで、返答はない。


「アルのやつ、だいぶしくじったみたいで、めっちゃ落ち込んでますよ。でも新人なんて、失敗してなんぼですよねー」


 女性は資料を読んでいるだけで、骸骨に目を向けさえしなかった。


「魔王様、さすがに泣いちゃいますよ、俺……」


 骸骨が悲しそうな声を出したことで、女性はやっと資料を読む手を止めた。


「それで、ウラ様は?」

「いやあ、全然皆目もつかないですねー。それ以上に日々の業務が忙しすぎて、骨になっちゃいましたよー。あ、これは元からか。ははは」

「興味ないわね」

「ですよねー。真面目な話、あのエルフが面倒であまり動けないんですよ。情報も不自然に統制されていますし。あ、俺の記憶も改変されてると思うんで、色々と真に受けないでくださいね!」


 骸骨は自分の頭を右拳でお茶目に叩いた。

 コーンと綺麗な音が会議室に響く。


「ごほん。そういえば、魔王様にお届け物がありますよー」


 わざとらしい咳払いの後、骸骨が小さな家を召喚し、テーブルの上に置いた。

 その家のドアから、黒色の人形が出てくる。


「ミニボス様じゃない!?」

「そういう名前なんすねー」

「今勝手につけたわ。でも、これはお手柄よ!」


 女性は手のひらに小さな人形を乗せ、頬ずりをしながら恍惚(こうこつ)とした表情を見せる。


「魔法学園の近くで膝を抱えているところを、アルが見つけたようですねー。『待機中』って地面に書いてたらしいですよー。って聞いてませんか……」


 骸骨は説明を諦め、女性の邪魔をしないように静かにした。


 しばらくして、女性が落ち着いたことを確認し、骸骨は聞く。


「もう、魔王様自ら行ったらいいじゃないですかー。この際、人間滅ぼしちゃいます? ウラ様も出てきますよ、きっと」

「人間をまとめて相手にするのは危険よ。魔界も一枚岩ではないことぐらい知ってるわよね」

「それには同意です。ただ、あっち側で生きてみて分かったんですけど、人間なんて俺たちが相手にしなくてもいずれ滅びますね。気長に待ちましょー」

「そうよ。今まで通り、魔界と人間界との境界は守りなさい」

「了解です。でも俺、てっきり魔王様なら、ウラ様が消えた瞬間、探しに飛び出ると思ってましたよ」

「私だってそうしたかったわ。でも、ウラ様が帰ってくる家を守るのも、私の務めなのよ」


 女性は人形を小さな家へと帰し、優しいまなざしを向けた。


 女性もとい、魔界を統べる魔王は信じていた。

 家出は一時的なもので、裏ボスはきっと帰ってくると。


 しかし、彼の悩み、その種を()いているのも彼女であった──

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