出番を求める
目が覚めた時、俺は魔王の裏に居た。
正確に言うならば、魔王城内の隠し部屋に俺は存在していた。
一通りの家具だけが設置されている質素な部屋だ。窓はなく、扉もない。
俺はこの世界の人間ではなく──今の身体を見れば、人間ですらないのだろうが──別の世界からの転生者だ。
「暇だ」
ベッドではなく床で横になり、天井を見上げる。ため息が自然と漏れた。
魔法による光が、俺の視線の先で浮かんでいる。
「本当に暇だな」
この部屋に意識を持ったまま生まれ、俺はずっと待機している。100年、200年、300年、途中から年数を数えるのは止めていた。
前世の記憶があることから、これが異世界転生だと理解した。しかし、時の流れと共にその実感は薄れていく。
前の俺がどうだったかなど、今更覚えていない。それでも、この引きこもり生活にすっかり順応している自分を見て、前世も似たような生活をしていたことだけは容易に想像できた。
暇だ暇だと言いながら、俺は瞳を閉じて思考する。
そもそも俺に”瞳”というものはないのだが……
俺は俗に言う裏ボスだ。
魔王討伐に浮かれる勇者に対して、絶望を与える存在。この世界においての隠し要素。それだけはなぜか、生まれながらにハッキリと分かっていた。
それはいい、それはいいのだ。裏ボスなんて役割、光栄ですらある。
ただ、俺の異世界生活には悩みがあった。
待てど暮らせど出番が回ってこないのだ。
魔王と勇者が戦う城内の決戦の間、その裏にある部屋で待機すること幾百年。
今では魔王に辿り着くことさえ稀になった勇者たちに、悪態をつく毎日だった。
魔王城周辺で戦闘が始まると、『そろそろ出番ですよー』と言わんばかりに、俺の部屋にその様子が魔法で映し出されるようになっている。
転生生活初期は、その度にドキドキしながら戦いを見守っていた。
あの頃は毎日ボスっぽいセリフを考えていた。ただのボスではない、”裏”ボスとして無駄に黒幕感を出す練習を鏡の前でしていた。
もちろん勇者に倒される気などなく、自分の能力の確認を怠らず、戦いのシミュレーションも繰り返した。
そんなこんなで心躍る裏ボスとしての活動が始まって数十年、俺はある事実に気がつく。
──勇者が、弱すぎる。
元も子もない現実だ。
勇者の面目を立てるために言うと、あの魔王が強すぎるのも悪い。今まで彼女に傷を負わせた勇者は片手で数えられるほどしかいないのだ。
それでも、いつかは倒されるだろうと思って待機する俺。
年々弱くなっていく勇者に、正直やる気もなくなっていた。一生分以上の惰眠を貪り、戦闘が映し出されたら期待せず眺めるだけだ。
前回の、確か10年前の勇者は、魔王城の外で門番に倒されていた。
「そもそも、俺の存在意義ってなんだ……?」
誰もいない部屋の中では、不思議と声が出てしまう。
あまりにも無意味な日々を思い出し、自分自身が分からなくなる。
「俺から行くか」
思い立ったように、俺は立ちあがった。
もう面倒だから、勇者を導いてあげよう。そもそも俺は監禁されているわけではない。裏ボスとしての使命感で、あくまでも”待機”していたのだ。
しかし、俺が急に勇者に近づいたとして、それはそれで怪しまれるだけだ。
人間も馬鹿ではない。勇者に近づく者の身辺調査ぐらいするはずだ。
ならばどうするか? 答えは簡単、俺が勇者になってしまえばいい。
と、いうのは半分冗談で、正確に言えば、異世界人として人間界に入り込めばいい、だ。
この世界の勇者は、大きく2パターンに分けられる。
強いから勇者になったのか、勇者になったから強いのか。
そして後者には、召喚魔法で異世界から呼ばれた者が当てはまった。
最近、次元の境界が不安定になっているのを俺は感じていた。勇者召喚の儀が行われる前兆だ。
それに干渉し、巻き込まれた異世界人という感じで振舞う。俺も元々は異世界人、大丈夫だろう。
そうと決まれば、やる事は決まっている。
善は急げと俺は鏡の前に立ち、自分の姿を確認した。
俺という存在を一文字で言い表すと”黒”になるだろう。身体は光さえ吸収してしまう程の闇に覆われ、辛うじて人型をしているだけで、顔すらも存在しない。
”漆黒のなにか”が俺であり、この世界の裏ボスの正体だった。
「これでは目立つよな……」
この世界の人間の見た目は、勇者パーティーからしっかりと学んでいる。
人間の中でも種族があるようで、稀に耳の長い人や獣っぽい人はいたが、目があり口があるのは基本だった。
俺は再度、考える。
勇者が弱い理由を探るため、人間界に潜入する。そのためには目立たないことが必須条件だろう。
平均だ、平均値を見つけろ……
鏡に映る俺の顔が、変化を始めた。
今まで見た人間の情報を総動員する。全てをまとめ、そして割る。
それだけでは足りない。あえて近寄りがたい印象を加えよう。
中途半端な長さの黒髪はあえてぼさぼさに、目元にはクマをつけて疲れている感じに……
「まあ、これでいいか」
俺は頷く。
鏡には、パッとしない普通の青年が立っている。記憶内にあった人間、性別関係なく全ての平均をベースにしたことで、中性的になってしまった。
ここは少年っぽい見た目の勇者が背丈以上の大剣を振るう世界だ、問題はない。
なにより、俺はこの顔が妙にしっくりきていた。毎日見ていたような、馴染み深い顔だ。
俺が満足すると、顔に合わせて身体も変化していった。元々中肉中背だったこともあり、これに関しては色の調整するだけで終わった。
これで俺は一般人。能力も殆どが制御されている。
この世界には魔法などの超常的な力があるのだろうが、俺が裏ボスだと感知されることはないと断言できる。
「じゃあな、俺の家」
俺は生み出した黒色の扉を開ける。ちょうど召喚魔法が行われる時間だ。
ここから先には、刺激ある毎日が俺を待っているだろう。
不思議なことにやる気は満ち溢れていて、なぜ今までやらなかったのか疑問に思ってしまった。
今までタイミングは何度もあった。だが結局、こういった転機は流れと勢いでテキトーに、なのかもしれない。
扉の奥に一歩踏み出す直前、俺は自分の裏ボスとしての記憶を消す。これは保険だ。俺の常識は異世界人のそれとはかけ離れてしまっている。人間界での生活が安定するまでは”普通”でいよう。
俺の身体が記憶と共に扉へと完全に吸い込まれる。
また一つ考えてしまった。
魔王に挨拶でもするべきだったか……まあ、彼女は俺のことを知らないか──
***
裏ボスが魔王城の隠し部屋から抜け出した後、少しの時間が経って……
魔王城内の会議室で、ひとりの女性が空中に映像を出力していた。
「今日のウラ様は、っと……」
長い白髪が嬉しそうに揺れ、頬は青い肌に負けぬぐらい紅潮している。
頭に生える二つの角さえ、心なしか踊っていた。
和やかな雰囲気が訪れるかと思われた直後、魔王城が揺れた。
魔王城だけではない。魔界全域が揺れた。
「ついに、ですか……」
女性の後ろに立っていたメイド服を着る魔族が、同情の目を映像に向ける。
「ついにって、なに?」
怒気を含んだ声で部屋に緊張が走った。
「苦節374年、巣立ちの時がついに来た、というわけです。一介のメイドである私も喜びを隠せま……」
「これは家出よ。い、え、で。あのね、ウラ様は純潔でなければならないの。このくだらない世界に汚染されてはいけないのよ」
セリフとは裏腹に無表情を崩さないメイド。
彼女のセリフは遮られ、怒り、焦り、悲しみを混ぜたような女性の語りが始まる。
「衣服は? 食事は? 住居は?」
「ウラ様には必要ありませんね」
「風邪を引いたら誰が面倒を見るの? 悪い人間に騙されたらどうするの?」
「どちらもあり得ないですね」
「ああ、きっと今頃、寒空の下で私の顔を思い浮かべながら泣いているわ」
「それはないと思いますね」
「私はウラ様を眺めることだけが楽しみだったのに、これでは生きてる意味がないじゃない。どうしよう、どうしよう……」
「それが本音ですね」
女性はメイドの言葉に耳を貸さず、頭を抱えて悩みこむ。
しばらくブツブツと喋っていたが、意を決したように立ち上がった。
そして、血走った眼に似合わぬ凛とした声で宣言する。
「四天王を招集しなさい! ウラ様が助けを待っているわ!」
女性の宣言にメイドは『最悪手、ですね……』と死んだ目を浮かべた。
やっとのことで家出をする決心がついた裏ボスは、”助け”という名の追手が迫っていることを知らない。
彼はただ、出番が欲しいだけなのだ──




