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無事でよかった


 カリスの振り回される尻尾に注意を払いながら、咳きこみつづけるカリスの鼻先にボウルを近づける。

 獣の本能か、カリスは苦しみながらも鼻先をひくりと動かし、口を開いた。


(今ならいける!)


 私はすかさずカリスの口を開いて、ボウルの中身を喉の奥へ流しこんだ。ごくんと喉が動く。

 次の瞬間、カリスは目をカッと見開いて、噴水のように激しく嘔吐した。床に吐き出された嘔吐物は、ほとんどが胃液と流しこんだ薬だった。その中に真っ赤な色の何かが浮いている。

 胃の中のものを吐き切ったカリスは、先ほどの苦しみが嘘だったかのようにけろりとして、スンスンと自分の吐瀉物を嗅いでいる。


「よかった、ちゃんと吐けたね」


 「食べちゃだめだよ」と鼻先に手を当てて押し返しながら、私は嘔吐物を着ていたコートで包み、竜房の外へ出た。

 ブランさんや補助竜医師たちが慌てて駆け寄ってくる。


「フィルナ様、ご無事ですか!? 何て無茶を!」

「私なら大丈夫です。それよりこれを」

「それよりって……それは?」


 ブランさんが私の顔と手元を交互に見ながら訊ねた。コートの中から赤い実が覗いている。


「ハイマの実です。甘い香りがするので、竜も食用と勘違いして食べちゃうんですけど、少量でも先ほどのように中毒症状が出ます」

「こんな実、食べさせた覚えはありませんが……」

「おそらく、鳥の糞で運ばれた種が放牧場の一部に育っているのでしょう。散歩している間に食べてしまったんだと思います」

「そういうことだったんですね……」


 ブランさんが顔を上げてカリスの方を見た。

 補助竜医師たちが、餌桶の中に液状にした野菜を入れて、カリスに与えている。中には治療薬が入っているはずだ。

 カリスはおやつの時間だと思ったのか、目を輝かせてベロベロと餌桶を舐めている。素直で助かった。


「実は全部吐かせましたし、大丈夫だとは思いますが、念のため、夜にもう一度薬を与えて様子を見ましょう」

「わ、わかりました」


 ブランさんは素直にうなずいた。そして、よろよろと竜房に近づいて格子を両手でつかむと、「はぁ~~」と肺の中の空気をすべて押し出すような、深いため息をついた。


「カリス……心臓が止まるかと思ったよ」


 その声は安堵と、喪失への恐怖に震えていた。

 主人の異変に気づいたカリスが、のしのしとブランさんに近づいて、その顔に鼻先を近づける。

 「ごめんね」と言いたげに甘えた目をするカリスに、ブランさんは困ったように眉を垂れて笑う。


「お前が無事で、本当によかった」


 お互いを労わるように見つめ合う竜騎士と竜の姿に、じわりと胸が熱くなる。

 人と竜の絆を垣間見るたびに、彼らを繋ぐこの仕事をしていて本当によかったと思う。

 私はコートを処理してから、竜舎を出た。心だけじゃなくて、顔までほんわりとあったかい。


「フィルナ様! どこへ向かわれるのですか!?」


 ブランさんが追いかけてくる。その顔には、先ほどまでの敵意は見受けられない。というより、どこかあせっている。こちらに駆け寄ってきた補助竜医師たちも悲痛な顔をしていた。

 どうしたのだろう? 私は首を傾げた。


「えっと、放牧場に行って、ハイマの実が生えている場所を見つけようと思いまして……」

「それどころじゃないでしょう!?」

「そうですよ奥様、早く医者に診てもらわなければ!」

「お、お顔が大変なことに!」


 お顔と言われて「あ」と声が漏れる。

 恐る恐る左頬に指を這わせると、ズキンッと顔全体が痛んだ。皮膚が熱く、ぽってりと腫れている。左まぶたも腫れているらしい。


「そうか、だから視界が悪いのね」

「納得してる場合じゃありませんから! 早く手当てしないと!」

「そ、そうですよね。すみません」


 補助竜医師のひとりが「先に医者を呼んできます!」と言って、急いで城の方へ駆けていった。

 それをぼんやりと見送っていると、ブランさんが私に左腕を差し出した。


「つかまってください。城まで案内します」

「すみません、ありがとうございます」


 私はブランさんと腕を組んで、城に向かってゆっくりと歩き始める。


(私のせいで大事になってしまった……。それに、せっかくヘリアス様と昼食の約束をしていたのに、こんな顔を見せたら気分を悪くさせてしまう……)


 悄然とうなだれていると、頭上からブランさんの静かな声が降ってきた。


「なぜ鎮静薬を撒かなかったんですか?」


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