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【2巻3/1発売】竜医師フィルナは第二の人生で幸せになります~さようなら、騎士団長様~  作者: 屋根上花火
竜聖医編

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花芽ぐむキルシュヴァッサー25


 調査団の書庫に向かうと、そこにはラウラさんがいた。

 本棚の前に立ったまま、立派な装丁の本を読んでいる。竜に関係する本のように見えた。

 彼女は私に気づくと、本を閉じて目を細めた。


「フィルナ様に、フロリアン上級調査官まで。私に何か御用ですか?」

「はい。少し、ラウラさんにお話を伺いたくて」

「もしかして、ティム上級調査官のことですか? まさかとは思いますが――」


 ラウラさんはちらりとフロリアンさんの方を見た。

 彼の険しい表情を見て、少し困ったように眉を寄せる。


「私が殺人犯だと疑われているのでしょうか? なぜそんな風に思われたのでしょう?」

「遺書についていたにおいがきっかけです」


 私がそう答えると、ラウラさんはますます困った顔をした。


「あら、私の香水のにおいが疑われているのですか?」

「いえ、香水ではなく魔物のにおいです」

「……そんなもの、どのように証明するおつもりですか?」


 ラウラさんの目に鋭さが増した。疑われたことへの怒りというより、私個人への敵意のようなものを感じた。


「何かしら後ろ暗いことをしているのは間違いないでしょう」


 フロリアンさんが、手に持っていた紙をラウラさんに見せた。


「あなたの記録を徹底的に調べさせてもらいました。裏で()()()商売をしているようですね」

「それほどでも」


 疑われているというのに、ラウラさんはにこりと微笑んだ。

 フロリアンさんの眉間に深い皺が刻まれる。


「あなたはティムとともに、押収した違法薬物を貴族に売り捌いていた。それを調査していた調査官が、魔物に襲われて死亡していますね」

「あら、災難です」


 ラウラさんの笑顔は不自然なほど崩れない。


「今回、あなたが幹部に昇進したのも、ティムの協力があったからだとか」

「ええ、彼のおかげです。恩返しができなくて悲しいですわ」


 白々しい、とフロリアンさんは小さくつぶやいてから、言葉をつづけた。

 

「あなたはラドロンの研究のためにキルシュに目をつけ、ティムと協力し、安楽死を早めようとした。しかし、フィルナ様のおかげでキルシュは目覚め、あなた方の計画は失敗した。拘束されたティムがあなたの名前を出すのは、時間の問題だった」

「だから私が彼を殺したというのですか? その証拠は?」


 私はラウラさんに、黒い液体の入った瓶を見せた。

 それを見ても、彼女は動じた様子はなかった。


「その瓶は何でしょう?」

「あなたの部屋から見つけました。ティムさんの背中に刻まれた紋章に使用されたインクだと思われます」

「あら……犯人が私の部屋に置いたのでは?」


 当然、ラウラさんは認めない。

 疑われているとわかっても表情を変えず、常に冷静だった。このままでは上手くかわされる。

 私はあえて、彼女の感情を煽るように言った。


「このインクには竜の鱗が使われています。亡くなった人の肌に使用しても問題なく発色させるために。そしてあなたは昨日、シャーロット先生から土属性の竜の鱗を受け取りましたね」

「ええ、化粧品に使うための鱗を一枚だけいただきました。抜け落ちた鱗は竜医師が管理していますから、シャーロット先生にお願いしたのです。まさか、インクに使用された鱗と私が受け取った鱗が同じ竜だからという理由で、私が疑われているのですか?」


 ラウラさんは、あきれ混じりの笑みを浮かべた。


「そんなもの、証拠になりませんよ。シャーロット先生に言えば、誰だって同じ鱗を受け取れたはずです」

「いいえ。あなたしか受け取れなかった。なぜなら、受け取った鱗は特別だったのです」

「特別?」

「あなたに渡した鱗はイネスのものです。ストレスで新しい鱗が作られなくなっていましたが、昨日、保護されて初めて鱗が一枚生え変わった」


 ラウラさんは笑みを消した。

 冷たい目で、私の次の言葉を待っている。


「本当は記念にとっておくつもりだったそうですが、あなたがどうしても質のいい鱗が欲しいと言ったため、そのままあなたに渡したそうです。時間的には、ティムさんが拘束されてすぐのことだとか」


 私はもう一度、手に持っていたインクの瓶をラウラさんに見せた。


「これから、このインクに使用された鱗を調べます」

「必要ありませんよ。あなたはにおいでわかるのでしょう」

 

 ラウラさんはくすりと笑って、本を棚に返すと、ゆっくりと窓に近づいていく。


「フィルナ様。あなたは本当に勘が鋭い人ですね。じつに、厄介です」


 ラウラさんは明確な殺意をこめて、私をにらんだ。

 ぞわりと全身に鳥肌が立ったけれど、それを気取られないように、彼女を真っ直ぐに見つめた。


「少し訂正させてください。商売をしていたのはティムだけです。それを他の調査官に告発されそうになっていたところを、私が()()()()()()()()のです」


 つまり、調査官が魔物に襲われたのは偶然ではなかったということだった。


「ティムは私に恩があった。だから、私に協力してくれたのですよ」


 フロリアンさんは彼女の動きを警戒しながら、低い声で訊ねた。


「ティムを殺したと認めるのですね?」

「ええ、そうです。これ以上は時間の無駄ですから。私がセイレニア教のスパイですよ」


 ラウラさんは余裕たっぷりに微笑んだ。とても追い詰められている人間の態度とは思えない。


(正体を明かしたということは、逃げる手筈を整えているということ……)


 自然と緊張感が高まった。

 私と背後にいたシーラが騎兵銃を構える。

 相手はあのセイレニア教のスパイ。何をしてきても不思議ではない。

 武器を向けられても、ラウラさんは口元に微笑を浮かべていた。


「ところでフィルナ様。あなたは『グリフィンの門』について、どこまでご存じなのでしょう」

「グリフィンの門?」

「あら、ご存じない?」


 ラウラさんは意外そうに首を傾げた。

 聞き覚えのない言葉だった。

 フロリアンさんに視線を向けると、彼も知らないらしく、首を横に振った。


「……そうでしたか。では、私と手を組みませんか? あなただって、ルイスが危険な存在であると薄々気づいておられるのでしょう?」


 ラウラさんは、ルイス様を危険な存在だと言った。

 彼女はイーリス教を敵視するセイレニア教のスパイだから、現在のイーリス教の最高指導者とも言えるルイス様を警戒するのはわかるけれど……。

 ルイス様の目的を、どこまで知っているのだろう。

 

「お断りします。それに、ルイス様とそのグリフィンの門がどう関係するのですか?」

「ルイスはグリフィンの門を使用して、この世界を破壊しようとしているのです。あの男は殺さなければなりません」


 ラウラさんの表情が憎悪にゆがむ。

 セイレニア教のためにというより、明らかに私怨が混じっているように思えた。


「グリフィンの門を使用して世界を破壊しようとしている、と言いましたが、何らかの兵器ですか?」

「おそらくは。私もまだ詳しいことはわかりません。ただ、古代竜とともにいる子供が鍵であることは間違いないでしょう」


 エマさんが!? 思わずその名を発しそうになって、慌てて飲みこむ。

 ここにはフロリアンさんや他の調査官もいる。これ以上、情報を漏らせない。


(それにしても、世界を破壊する兵器だなんて、本当のことなのかしら?)


 隣にいるフロリアンさんは、半信半疑といった表情を浮かべていた。

 普通に考えれば、セイレニア教の妄言だ。とはいえ、調査官という立場上、すべてを嘘だと切り捨てることはできないのだろう。

 

 その時、ラウラさんが窓のそばにある椅子に向かって歩き始めた。

 その椅子には何かが置かれているらしく、大きな布が被せられていた。

 武器かもしれない。フロリアンさんが鋭く声を上げた。


「動くな! 抵抗は無駄だぞ!」

「そんなに怖がらないで。これはあなた方が考えるような武器ではありません」

「どう信じろというんだ」

「では、聞いてみましょうか。あなたのお名前は? 言わなければ信じてもらえないそうですよ」


 彼女が優しげに声をかけると、布の向こうから男性の呻き声が聞こえてきた。

 驚く私たちを見て、ラウラさんは悪戯っぽく微笑み、布を取り外した。


 布の下から現れたのは、ウルリッヒ様だった。


「ウルリッヒ様!?」

「ウルリッヒ団長!」


 彼は口も身体も縄で縛られていた。ひどい暴行を受けたらしく、顔は青紫に腫れ上がり、荒々しい呼吸を繰り返していた。

 

「動かないでください」


 ラウラさんが短銃をウルリッヒ様の頭に向けた。


「外に調査官を配置していますね。今すぐ撤退させてください」


 従わなければ撃つぞと言うように、銃口をウルリッヒ様の頭に押しつける。

 傷が痛むのか、ウルリッヒ様が小さく呻いた。

 彼はこちらに向かってゆっくりと首を横に振って、「彼女を逃がすな」と訴えていた。

 殺されてもいいと、強い眼差しで私たちを見つめている。


(逃がすことの危険性はわかる……。でも、ウルリッヒ様を見殺しになんてできない!)


 同じことを考えたのだろう。フロリアンさんは額に汗をにじませながら、後ろにいた調査官に、外にいる調査官たちを撤退させるよう命じた。

 それを確認し、ラウラさんは勝ち誇ったように微笑んだ。


「さあ、フィルナ様たちも銃を捨ててください。主導権は私にあるのですよ!」

「くっ!」


 フロリアンさんは悔しげに顔をゆがめた。

 シーラはウルリッヒ様が殺されると思い、震えながら騎兵銃を床に置いた。

 私はゆっくりと騎兵銃を下ろしながらも、まだ手放してはいなかった。


 ラウラさんは場を支配できた余裕からか、不敵な笑みを浮かべて言った。


「では、フィルナ様。あなたが持っている短剣で、そこのふたりを刺してください。そうすれば、あなたの命は助けてさしあげますよ」

「なぜ?」

「なぜって」


 この状況で訊ねられると思わなかったのか、ラウラさんは面食らった顔をして、それから少し苛立った口調で言った。


「あなたは今、私の言うことを聞くしかないのです!」

「それはどうでしょうか。主導権は、私にあります」


 私は素早く騎兵銃を構えた。

 ラウラさんの目が大きく見開かれる。


(彼女が見せた一瞬の隙……絶対に逃さない!)


 発砲音が響いた。

 銃弾が短銃を弾き、宙を舞う。短銃はそのまま窓ガラスを突き破って、外に落ちていった。


「くそ……っ! フィルナ……アルトリーゼ!!」

 

 ラウラさんは激しい怒りを目に宿し、私をにらみつけていた。



次回更新は4/3です。

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