氷解アイオン10
あれから五日後の昼のこと。
城門の前には帰り支度を整えたオスカー様と、その隣で誇らしげに胸を張っているアイオンの姿があった。
氷結化は完治し、常同行動も二日ほど前からしなくなっていた。
「よかったね、アイオン」
そう声をかけて、そっとアイオンの身体に触れると、アイオンは「キャア!」と元気な声を上げた。
病の影はすっかり消え去り、はつらつとした表情を見せてくれるようになった。
しばらく空を飛んでいなかったため、元気が有り余っているらしく、先ほどから翼を広げてばたばたと羽ばたかせている。
「こらこら、落ち着いて」
軽く叱るオスカー様の顔にも、明るい笑顔が浮かんでいた。
彼はこちらに向き直ると、真剣な顔をして言った。
「フィルナ様やヘリアス卿、アルトリーゼ家の方々には本当にお世話になりました。このご恩はいつか必ずお返しします」
別れを寂しく思いながら、私も挨拶を返そうとした、その瞬間――
「おや、無事に氷竜を治療できたようですね」
城門の向こうから、フロリアンさんが近づいてきた。
その後ろには、彼と同じ王国安全調査団の腕章をつけた調査団員が五人いた。
ヘリアス様は、フロリアンさんを冷然と見据えて言った。
「あなた方を招いた覚えはないが」
「招待状がなくても足を運ぶのが仕事でして。それに、調査は早い方がいいでしょう」
「調査?」
フロリアンさんは探るような目で私を見た。
思わず身構える。
「フィルナ様はセイレニア教と通じているという疑惑があります。しかも、自分に疑いが向かないよう、わざと襲われたふりをして、あたかも被害者のように振る舞っている!」
彼はまるで演説をするように、私を責め立てた。
ヘリアス様の纏う空気が、一気に温度を失っていく。
私はフロリアンさんの発言よりも、ヘリアス様が剣を抜いてしまわないか、そちらが気になって仕方がなかった。
「ラドロン用の竜笛を作ったというのがその証拠です。自分はセイレニア教の一員だと、そう言っているようなものです」
すかさず、ヘリアス様が反論した。
「セイレニア教の一員だと言うのなら、なぜ自分に疑いが向く要因をわざわざ公表する」
「ラドロン用の竜笛が作れるとあえて公表することで、自分は犯罪者ではないと自身の潔白を演出しているのです。奥方を庇えば、あなたも共犯だと疑われますよ、ヘリアス様」
フロリアンさんの発言を受けて、ヘリアス様が鼻で笑った。
「顔が真っ赤じゃないか。手柄を上げたくて必死なのもわかるが、少し休んでいかれてはどうか? 頭も冷えるだろう」
「……っ!」
フロリアンさんは馬鹿にされたと思ったのか、本当に顔を真っ赤に染めて、身体を震わせた。
彼は怒りを鎮めるように深く息を吐いてから、鋭く私をにらんで言った。
「それに、フィルナ様は帝国にも情報を流している可能性があります」
「どういう意味ですか」
私が訊ねると、フロリアンさんは勢いを取り戻した様子で言った。
「あなたが我が国の国家機密を帝国に流しているということです。または、セイレニア教関連の情報を渡しているのかもしれない」
それは、オスカー様もセイレニア教と関係があると疑っているようにも聞こえる。
「貴様! 一体誰に向かって――」
抗議しようとしたマクシミリアン様をさえぎるように、オスカー様の静かな声が響いた。
「王国安全調査団殿」
フロリアンさんはオスカー様を見て、少し驚いた顔をした。
アイオンの身体に隠れて見えなかったのか、オスカー様の存在に気づいていなかったみたいだ。
「あなたは、クリスタロス侯爵家の……」
「ええ。オスカー・クリスタロスと申します。確認させていただきたいのですが、つまりあなた方は、私の恩人であるフィルナ様がセイレニア教と通じていて、帝国竜騎士である私もまたその手先であると、そう言いたいのですね」
「いえ、そういうわけでは……!」
フロリアンさんはあせった様子で、慌てて否定した。
オスカー様は、冷たい目でフロリアンさんを見つめて訊ねた。
「あなたの名を聞きましょう。ルクスリア帝国の竜騎士がセイレニア教に毒されていると、そう主張する勇者の名を。今後のインヴィディア王国との関係を見直すきっかけになるでしょうから」
要するに、「あなたが原因で戦争が起きるぞ」と脅している。
フロリアンさんの顔からさっと血の気が引いて、後ろにいた調査団員たちもどよめいた。
「た、大変失礼いたしました。どうか、お許しを……!」
「さあ、どうするかな。私が許しても、私の兄弟が許さないかもしれないね」
オスカー様がそう言うと、アイオンはフロリアンさんたちを威嚇するように低い唸り声を響かせた。
調査団員たちは怯えたように悲鳴を上げ、数歩後退りした。
「きょ、今日のところは、失礼いたします」
フロリアンさんは声をうわずらせ、さっと身をひるがして足早に去っていった。
他の調査団員たちも、慌てて逃げていく。
それを見たマクシミリアン様が、ふんっと鼻を鳴らした。
「オスカー様とフィルナ様を貶すとは、程度の低い連中め。口ほどにもないな!」
「あなたは何もしていないのでは」
とラインさんが笑いながら言った。
少しだけ空気が和やかになったところで、私はオスカー様に向き直って言った。
「オスカー様、我が国の調査団が大変失礼いたしました。助けてくださってありがとうございます」
「いえ、お気になさらず。少しでも力になれたのなら嬉しいです。なあ、アイオン」
「キャア!」
アイオンが得意げに鳴き、私たちの間に小さな笑いが広がった。
ヘリアス様がオスカー様に近づき、右手を差し出した。
「これからが大変だろうが、あなたならきっとやり遂げられる。また生きて会おう」
オスカー様は感激したように頬を染め、ヘリアス様の右手をにぎり返した。
「はい! 本当に何から何まで、お世話になりました。おふたりのご厚意は、決して無駄にはしません」
手が離れ、ふたりは敬礼をした。
敬礼を終えて、オスカー様は私に向き直った。
「インヴィディア王国まで来て本当によかった。あなたという素晴らしい竜医師に出会えたのだから。アイオンだけでなく、私たちのことも救ってくださって、本当にありがとうございました」
「こちらこそ、オスカー様たちに出会えて嬉しかったです。道中お気をつけて。必ずまた会いましょう」
「はい。約束します」
別れの挨拶を終えて、オスカー様たちがそれぞれの相棒の背に乗る。
空に飛び立つ直前、オスカー様がこちらに向かって手を振った。
「みなさん、お元気で! アイオンとともに、必ず恩を返しに来ます!」
アイオンが天を仰いで咆哮を上げ、空へと舞い上がった。
二頭の氷竜はその大きな翼を羽ばたかせて、ルクスリア帝国の方角へと飛び去っていった。
小さくなるその姿を眺めながら、私はぽつりとつぶやいていた。
「上手くいきますよね」
「ああ、必ず。竜医師フィルナが繋いだ命が、こんなところで潰えるものか」
「ヘリアス様……」
ヘリアス様の力強い言葉に胸が震えた。
私の肩を抱くヘリアス様の手に、自分の手を重ねる。
そうやって寄り添いながら、彼らの姿を見送っていると、ヘリアス様が惜しむような声で言った。
「美しい竜だな。やはり受け取っておくべきだったか」
「ふふ、ドゥルキスが嫉妬しますよ」
「それは困る」
私たちは目を合わせて、どちらからともなく笑った。
氷解アイオン 終
次回更新は2/8を予定しています。




