祝福のエレスチャル17
「奥様!」
網を持ったシーラが、少し緊張した面持ちでこちらに声をかけた。
「結晶を取るのは、こんな感じで大丈夫ですか?」
そう訊ねながら、湯の中に浮いている結晶をすくい上げる。
「ええ、上手よ」
「やったぁ!」
ほっとしたように微笑むシーラにつられて、私も微笑む。
私は浴槽を囲む人々の顔を見回して言った。
「無理に身体の結晶を剥がす必要はありません。自然に剥がれて浮いてきたもの、または沈んでいる結晶を取り除いてください」
「了解!」
補助竜医師たちは声をそろえて返事をすると、手に持った網で次々と結晶を取り除いていく。
私は足元に置いてあるカゴの中から青い実をひとつ手に取り、ヘリアス様に向き直って言った。
「青い実は万能の実です。じつは、脊髄の治療にもこの実の種を使用します」
「そうだったのか。日常生活で目にするこの果実が、それほど万能の力を宿していたとは思わなかった」
「だが」と、ヘリアス様は眉を寄せた。
「思ったより数を確保できなかったな」
「そうですね……」
私は、大きなカゴに半分ほどしか入っていない青い実を見下ろした。
私の考えでは、まず青い実を使った治療薬を作り、注射で体内に入れて吸収させる。
血液に乗って全身に効果が行き渡ったところで、薬湯によって皮膚や結晶そのものに、薬の成分を直接作用させる。内と外を同時に、なるべく負担がないように――そんな治療法だった。
だけど、体内に薬を入れて吸収させる方法には、問題があった。
二度目の投与で、毒が薬剤耐性をつけることが判明した。
そのため、薬湯のみでじっくりと治療することになった。
エレスチャルを薬湯だけで治療するとなると、青い実が約千個……それ以上必要になるかもしれない。
「実際に集まったのは、約三百個でしたね」
「ああ。今も様々な方法で呼びかけている。きっとすぐに集まる」
「はい」
ヘリアス様は商人だけでなく、国民に対して青い実の買い取りを広く喧伝した。そのおかげで、少しずつ実は集まってきている。
それでも、手放そうとしない者は一定数いる。
青い実は幸福をもたらす――そう信じられているから。
「でも、意外でしたね」
シーラが桶に結晶を入れながら、少しがっかりした様子で言った。
「竜が大変なことになってるって言えば、もっと一気に、ぱーっと集まるものかと思っていました。実際はみんな非協力的ですし、薄情ですよね。ちょっとした幸福くらい、譲ってくれてもいいじゃないですか!」
「その人たちにとってその幸福は、心の支えになるものかもしれない。それに、エレスチャルの苦しみは人々からは見えないから、深刻さが伝わらないのかもしれないわね」
エレスチャルが頭の上に青い実を乗せて遊んでいたと思ったら、口に含んだ湯をマシーシャさんの顔に向かって噴き出した。
「ぎゃー!?」という悲鳴と、ラインさんの笑い声が響き渡る。
その微笑ましい光景を眺めながら、私も網で結晶をすくった。
シーラは不満そうに口を尖らせる。
「竜は大切な存在なのに……」
「そうね。でも、人々の心の中にも竜を助けたいという気持ちはあると思う」
「そうなんでしょうか?」
首を傾げるシーラに、私は少しだけ黙って思考をめぐらせる。
「人々は公爵家を信頼しているし、『エレスチャルのために青い実が必要だ』という話を疑っているわけではない。シセラ様の件で、エレスチャルに同情する気持ちもある」
「はい」
「ただ、光竜というのは戦闘用の竜ではないし、火の竜などと違って自分たちの生活に直結しない。しかも、貴族のための観賞用の竜だと思っている人たちも多いの」
竜品評会に出場する貴族たちの竜は、ほとんどが美しい光竜だ。
そのため、光竜を主に必要としているのは裕福な貴族となる。
「平民の私たちには関係ない」と考える人たちがいても、おかしくはない。
「だから、自分たちが見つけた小さな幸福を手放してまで、助ける気が起きない」
「そんな……」
「奥様の言っていることは、なんとなく理解できる気がします」
シーラの隣で結晶をすくっていたフェリシアが言った。
「私たちはこうやって、つらい思いをしているエレスチャルを知っているから、絶対に助けたいと思います。ですが、この状態を知らず、見えない人たちからすれば、そこまで積極的に行動できないかもしれませんね」
「うう~」
しょんぼりと肩を落とすシーラの背中を、私はそっとなでた。
青い実を集めるための方法がないわけではない。ただ……問題がひとつある。
(私がものすごく緊張する!)
まだやると決まったわけではないのに、ぶるりと身体が震えた。
その時、ひとりの竜騎士がヘリアス様に駆け寄り、何かを報告した。
ヘリアス様はかすかに渋い顔をして、竜騎士を下がらせる。
「フィルナ。結晶化を発症した野生の竜が三頭見つかった。現地の竜医師からあなたへ治療の要請が入っている。自分では手に負えないと」
「わかりました、こちらで預かりましょう。輸送の際は必ず眠らせてください。こちらに向かってくる際に、豊穣の実の木に近づけば暴れる可能性が高いので」
「わかった、そう指示しよう。しかし、新たに三頭か。青い実が足りないな」
悩んでいるヘリアス様に、私は頭に浮かんでいる考えを伝えようと口を開きかけた。
その時、エレスチャルが心配そうに私を見上げていることに気がついた。
丸い瞳が、ほんの少し潤んで見える。
深刻な雰囲気を察して、申し訳なく思っているのかもしれない。
私はその場に屈みこみ、「大丈夫だよ」と微笑んでエレスチャルの頭をなでた。
この子に不安を感じさせたくない。
「ヘリアス様」
「何だ?」
「青い実をたくさん集める方法があります」
そう言うと、ヘリアス様は目を見張った。
「教えてくれ。その方法とは何だ?」
ヘリアス様だけでなく、その場にいた全員の興味津々といった様子の視線が、一斉に集中した。
彼らの表情を見て、先ほど感じた緊張がよみがえる。
きっとヘリアス様がやる方がいいけれど、提案したからには私がやらないと……。そう覚悟を決める。
「とても単純な方法です。ですが、その時にあるものを使おうと思います」
「あるもの?」
「私が、天青の神殿に向かう前から用意していたものです」
そう言って小さく笑うと、ヘリアス様はラインさんに視線を向けた。けれど、彼は「わかりません」と首を横に振る。
シーラとフェリシアも、不思議そうに顔を見合わせていた。




