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【2巻3/1発売】竜医師フィルナは第二の人生で幸せになります~さようなら、騎士団長様~  作者: 屋根上花火
竜聖医編

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祝福のエレスチャル7

 窓の外は紺色に染まっていた。

 ヘリアス様の部屋の窓際には夜光石の照明が置かれていて、その深い青空と鮮やかなレモンイエローの輝きの対比が美しかった。


「殺しておけばよかった」


 絵画のような夜景を背景にして、ぽつりと物騒な言葉が発せられて、私は目を丸くする。

 「あのふたりとの間に何があった」と問い詰められ、すべてを告白した瞬間のヘリアス様の発言だ。


「だめですよ! ヘリアス様が罪を背負う必要はありません!」


 私は椅子から少し身を乗り出して言った。


「だが、あなたを傷つけた男だ。あなたも我慢する必要はないだろう」


 向かいに座ったヘリアス様の目に、稲妻のような光が閃く。

 自分のことのように腹を立てるその姿に、思わず笑みがこぼれる。

 私の反応に、ヘリアス様は戸惑うように私を見た。


「なぜ笑う?」

「ヘリアス様が私の代わりに怒ってくださるから、嬉しくて。それに、ヘリアス様がエルヴィア様を殴った時、とてもスカッとしましたから!」


 そう伝えると、ヘリアス様は少し照れくさそうな、困ったような複雑な笑みを浮かべた。


「少しでもあなたの心が晴れたのなら嬉しい。だが、あいつは許さん。あなたを貶めたシセラもな」


 とはいえ、三年前のシセラ様の件については証拠がない。「嘘をつかれた」という私の証言だけでは罪を立証するのは難しい。

 だけど、ヘリアス様だけは私の話を信じてくれた。

 それだけで、三年前の孤独だった私が報われた気がした。


「そもそも、女性に手を上げるなど考えられん。あんな男が竜騎士を名乗っている上に副団長とはな。親は相当、教会に寄進したらしい」


 ヘリアス様は「コネで得た地位だろうと」とあきれた表情でつぶやいた。

 私も同じことを考えていた。じゃないと副団長でありながら、浄化施設を知らないなんてあり得ない気がする。

 ふと、ヘリアス様が無言でこちらを見つめていることに気がついた。


「ヘリアス様? どうされましたか?」

「そんなことを言える立場ではないと思った。私はあなたをひどく傷つけてしまった。あの時は、本当にすまなかった」


 「あの時」とは、記憶喪失になった直後のことだろう。

 懺悔するような声に、彼がずっとあの時のことを気にしていたのだとわかって、胸がきゅうっと甘く締めつけられた。


「あれは傷つけたうちに入りませんよ」

「あまり私を甘やかさないでくれ。あなたを傷つけた自覚はある。気が済むまで殴っていいぞ」

「殴る!?」

「難しいなら、ラインに頼んで百発は殴っていい」

「絶対にだめです! ヘリアス様に傷なんてつけたくありませんし、そんなこと、私は望んでいません!」

「そ、そうか……」

「そうです。その謝罪だけでじゅうぶんですから」


 それでもまだ納得していない様子に、愛しさがこみ上げる。

 だって本当に、悲しい過去ですらない。

 本気で相手を傷つけようとしてくる人の言動や行動は、誰よりも理解しているつもりだ。


「もうひとつ、謝罪させてほしい」

「何でしょうか?」

「あなたを愛せないと言ったのは嘘だ」

「え?」

「受け取ってくれるか」


 そう言って、ヘリアス様は赤い小箱をテーブルの上に置いた。


「何でしょう? 中を見ても?」

「もちろんだ」


 私は小箱を手に取り、そっと蓋を開いた。

 中には、桃色の石で作られたひとつのイヤリングが収められていた。

 ティロが飛び立つ瞬間に、ヘリアス様に残した愛の石だ。


「綺麗……」


 この石に、ティロとヘリアス様の心が宿っている気がして、じわりと胸が温かくなる。

 もうここにはいない愛しい竜の鳴き声を思い出し、自然と口元が綻び、ほんの少し涙がにじんだ。


「あなたが好きだ」


 一瞬呼吸が止まり、まばたきさえ忘れてしまった。

 心臓がバクバクと跳ねまわり、頬が火照ったように熱くなる。

 「好きだ」という一言が、何度もぐるぐると頭の中を駆けめぐった。


「私ともう一度、恋をしてくれないか」


 熱を宿した真剣な眼差し。その瞳に映った私の表情が、ひどく驚いているのがわかる。

 私はようやく呼吸を思い出し、ゆっくりと身体の機能を取り戻した。


 記憶がなくたって関係ない。彼は間違いなく、私の愛したヘリアス様だ。

 高揚感に包まれ、世界で一番幸せだと言い触らしたい気分!

 私は身を乗り出し、ヘリアス様の手に触れた。


「私もヘリアス様が好きです! 何度だって恋をしましょう!」


 ヘリアス様はほっとしたように、そして嬉しそうに目を細めた。


「ありがとう、フィルナ」


 そう言って、私の手の上にヘリアス様の大きな手が重なる。

 嬉しい、嬉しい! 何度だって嬉しい! 彼と再び心を繋げられたのがこんなにも幸せだなんて……。

 

 ヘリアス様は小箱からイヤリングを取り出すと、丁寧な手つきで右耳につけてくれた。

 桃色の石は、不思議と冷たさを感じなかった。


「似合っている。とても綺麗だ」

「ありがとうございます!」


 褒め言葉を素直に受け取れた自分に「昔と変わったな」と、改めて思う。

 それに、私に向けられた彼の言葉を、ひとつだって取りこぼしたくない。


「あの、ヘリアス様。あの首飾りを貸してもらえませんか?」

「構わないが、どうするんだ?」

「私が持っているティロの石を、その首飾りにつけようと思います。また受け取ってくださいますか?」

「もちろんだ。もう一度あなたから贈られると思うと、嬉しいよ。今度こそ忘れたりするものか」


 ヘリアス様は嬉しそうに微笑んでいたけれど、記憶喪失になった自分を責めているようにも聞こえた。


「ヘリアス様。忘れていてもいいんですよ」

「……忘れられた側の気持ちはどうなる?」


 ヘリアス様は沈痛な表情で言った。

 やっぱり、この方の優しさは変わらない。大変な目に遭っているのはヘリアス様なのに。


「もちろん、同じ思い出を語り合えたら、とても素敵なことでしょう。でも、この瞬間をともに笑い合えたなら、それだけで幸せだと思います」


 この気持ちに嘘はない。ヘリアス様の存在に、過去も現在もない。それが伝わればいいな。


「ヘリアス様。私は恋人という立場だけではなく、竜医師としても、あなたをお支えしたいのです。必ずお役に立って見せます。そして、あなたに認められるように頑張ります」

「そんな宣言をせずとも、私はあなたの実力を疑わない。あなたは最も優秀で情熱的な竜医師だと断言できる」

「え!?」


 不意打ちのように真っ直ぐに信頼を示されて、再び顔が熱くなってしまった。


「真っ赤だ」

「だ、だって、嬉しくて……!」

「これを言えばもっと赤くなってしまうか?」

「え? ま、待ってください。心の準備が――」

「プロポーズの言葉も受け取ってくれるか? 私もあなたを支えたい。あなたの一番近くにいられる、その権利がほしい」


 ヘリアス様は愛を誓うように、左胸に手を当てて言った。


「あなたが傷つけられた時は、怒りを行使できる立場でありたい。悲しんでいる時は、あなたの涙を拭う立場でありたい。嬉しい時は、あなたの笑顔に触れ、ともに喜べる立場でありたい」


 私は思わず両手で顔を覆っていた。

 いつまでも見ていたいのに、涙があふれて、私の世界を曖昧にぼかしてしまう。


「私はまだ、首飾りをお渡しできてないのに、貰ってばかりなんて……」

「では、返事は首飾りとともに待っていよう。その時に、つづぎを言おう」

「す、すみません……。ありがとう、ございます」


 涙で顔はびしょびしょだし、頭もすっかり茹ってしまった。


「では、それまでは恋人同士か」


 悪戯っぽく笑うヘリアス様の声が聞こえてくる。

 嬉しさと恥ずかしさが交互に襲ってきて、「ううっ」と呻くことしかできなかった。


 その時、かたりと椅子から立ち上がる音が聞こえたかと思うと、すぐにポロロンと心地よい音色が聞こえた。

 驚いて顔を上げると、ヘリアス様の腕の中には立派な竪琴があった。彼の長い指が、弦の上で踊っている。


「竜の歌……素敵です!」


 演奏が終わり、私は興奮気味に拍手をしながら言った。

 彼は一礼し、微笑んだ。


「竪琴はいい。あなたの心をこうやって慰められるだけでなく、口下手な私でも、こうして――」


 ポロロンと軽快な音が鳴り響く。


「間を持たせられる」


 はっと息を飲んだ。その言葉は、私が彼に言った言葉だ。


『ほら、こうやって演奏していれば、間が持つ、気がします!』


 たとえ記憶を失っても、その時の強い感情や言葉そのものが、彼の心に刻まれているのかもしれない。

 忘れていてもいい。そうお伝えしたのは紛れもない本心だったけれど、憶えていてくださったことが、こんなにも嬉しい。


 また涙をポロポロとこぼす私を見て、ヘリアス様はぎょっと目を見開いた。


「すまない、何かおかしかったか?」

「いえ……とても、嬉しくて……」

「嬉しいのか?」

「はい!」


 彼を困らせたくなくて、笑顔で答える。

 それでも心配そうにしているヘリアス様が、申し訳ないけれど可愛らしく見えた。


「ヘリアス様。もっと聴かせてくださいと言ったら、怒りますか?」

「まさか。だが、あなたを泣かせたくはない」


 涙をそっと拭われ、その心地良さにほっと息をつく。

 彼の手に、私の手を重ねる。


「……その時はまた、こうして拭ってくださいますか?」


 少しわがままに、自分の気持ちに正直になって訊ねた。


「もちろんだ」


 彼はふっと優しく微笑んで、私の目元に唇を寄せた。


「私の持てるすべてで、あなたを慰めよう」



 

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