表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/229

契約上は夫婦なのだから

 「なぜ、ここにいる」と隣に立っているラインをにらむと、ラインはあきれたように笑った。


「侍従に対してその発言は理不尽すぎでしょう。俺は職務をまっとうしているだけなのに。そんなトゲトゲしていると、奥様が苦労なさいますよ」

「やかましい」


 ラインが肩をすくめる。そのまま離れようとする気配がして、私はとっさに口を開いていた。


「言えば、喜ぶか?」


 ラインはぱちぱちと目を瞬かせた。

 ラインに訊ねたのは間違いだったかもしれない。後悔が脳裏を掠めるが、正直彼以上に信頼を置く部下もいないため、仕方なくだ。

 落ち着かない気持ちで返答を待っていると、ラインはからかうわけでもなく、意外なほどあっさりとした態度で「もちろんですよ」とうなずいた。


「では、近くにいますので」


 そう言って、ラインは去っていった。私の姿が見える場所には控えているだろうが。

 私はもう一度、彼女の方へと視線を戻した。まだ私に気づいていない。


(言えばいい。契約上は夫婦なのだから、少しくらい夫婦らしくするべきだろう)

 

 思ったことを伝えるだけで、なぜこんなにも言い訳じみたことを考えるのだろう。

 妙に落ち着かない気分になりながら、私は彼女の方へ歩み寄った。

 すると、彼女の青い瞳がこちらを向いた。その瞬間、大きく見開かれる。怯えにも似たその表情に、すっと胸の奥が冷えていく。


(そうだ……忘れていた。誰もが私を恐れる)


 この人も他の令嬢と同じだ。

 私を見て、まるで化け物でも見たような顔をする。

 事実、化け物と相違ないと自覚しているため、普段は他人からの視線など気にしたことがなかった。

 だが、今日はなぜか、彼女の視線がチクリと胸を刺して、失望にも似た気持ちが湧き上がる。

 彼女が口を開く前に立ち去ってしまおう。


「すまない。邪魔をするつもりは――」

「寝ます!」

「は?」


 思わず間抜けな声が漏れた。

 彼女はあせった様子で、もう一度叫んだ。


「ちゃんと寝ます!!」

「あ、ああ……どうした突然」

「ヘリアス様が何度も休めと声をかけてくださったというのに、私が休息をとらないので怒っていらっしゃるかと……。申し訳ありません、ここでの仕事が楽しくてつい! この子の散歩を終えたら、すぐに寝ますから!」

「そうか。べつに怒ってはいない」

「そ、そうでしたか」


 そうだ、私は怒っていない。

 私の感情を誤解されるのは、何となく不快だった。

 彼女はほっと安心した顔をして、首を傾げた。 


「もしかして、他に何かご用でもありましたか?」


 その顔に恐れの色は見当たらない。生まれたばかりの無垢な竜にも似た大きな瞳が、私を真っ直ぐに見つめている。

 私は彼女の変わらない態度に、内心安堵していた。


「竪琴を……」

「あ、はい。竜たちも気に入ってくれているみたいで、散歩や竜舎の中で弾いています」

「そうか。美しい音色だった。また、聴かせてくれないか?」


 なぜだか、こんな要望ですら言葉に詰まりそうになる。この時ばかりは、口下手な己が恨めしい。

 ちらっと彼女に視線を向けると、その白い目元が淡く染まっていて、ドクンッと鼓動が高鳴った。


「ありがとうございます。ヘリアス様が望まれるなら、いつでも……」


 そう言って目を伏せる。照れているようだった。

 あまりじっと見つめるのも失礼な気がして、私は視線をそらしながら、「頼む」と短く返事をして踵を返した。


(断られなかったな)


 忙しいことを口実にして断るような人ではない。それに、私に恐怖し、脅されたようにうなずいたわけでもない。彼女の意思で承諾してくれたのは、気分が良かった。

 無意識に誰かの視線を気にして、私は思わず口元を覆い隠していた。


「彼女は、私を恐れないのか……」


 さくさく、と草を踏みしめていた足が止まる。

 頭の中で午後の予定を確認する。


「少しくらい、時間はあるな」


 再び歩き出す。

 まるで、初めて武芸試合に勝った時のような高揚感を覚え、らしくもなく笑みが浮かんでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
あっま~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ぃ。!! もう少しで砂糖が口から....。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ