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人喰い竜16


 ジャックさんが立ち去ってから、さらに一分ほど様子を見た。

 その間にも、黒竜はじゃらじゃらと鎖を鳴らしながら竜房の隅に戻り、腹ばいになって座った……ように見えた。


「ありがとう。おかげで助かったわ」


 声をかけると、黒竜は不満そうに大きく息を吐いた気配がした。

 何だかイライラしているみたい。まだお腹が空いているのかもしれないし、この竜房に閉じこめられているストレスかもしれない。

 すると、黒竜が唸り声を上げ、それと同時にドンッと何かがぶつかる音が響いた。


「どうしたの!?」


 慌てて照明器具で照らすと、黒竜が背中を壁に叩きつけているのが見えた。

 一瞬、強いストレスによる常同行動かと思ったけれど、よく見ると、背中に何かが刺さっているのが分かった。

 それは短い槍だった。

 刺されてから時間が経っているのか、鱗についた血はすっかり乾いている。


「ひどい……!」


 怒りで声が震え、深い悲しみが胸の奥で渦巻く。

 人間が竜を傷つけたと知り、悔しくて、かすかに涙が浮かんだ。


(感情的になるな。心を落ち着けて)


 黒竜は何度も背中に視線を向け、それから背中を壁に叩きつける。鱗がめくれ、新たに血がにじみ始めた。


「だめだよ! 余計に深く食いこんじゃうから!」


 竜笛を吹いてやめさせると、今度はこちらに向かって激しく威嚇してくる。

 そして、背中をこちらに見せるようにして、勢いよく転がった。


「抜いてほしいの?」


 偶然、背中を見せただけかもしれない。

 ゆっくり近づくと、黒竜はちらりとこちらに視線を向けるだけで、咆えることはなかった。

 その代わり、「キュー、キュー……」と掠れた高い声で鳴いている。

 大切な誰かを呼んでいるのかもしれない。「痛い、助けて」と。


(……やるしかない)


 抜く時の痛みで、攻撃される可能性もある。

 でも、このまま放っておけば、この子は何度でも背中を叩きつけるだろうし、そのせいで槍が深く刺さってしまうかもしれない。


「ちょっと、痛いかもしれないけど」


 私は照明器具を咥えて黒竜の背中を照らしながら、その槍の柄を両手でつかんだ。

 ぐっと力をこめて抜こうとすると、黒竜はこちらをにらみ、威嚇するように牙を見せた。

 槍をにぎる手に汗がにじむ。


(ごめんね……少しだけ、我慢してね!)


 意を決して引き抜く。

 想像していたよりもずっと浅かったのか、すんなり抜けた。


(よかった、竜の治癒能力なら、これくらいの傷はすぐに治るはず!)


 そう喜んだ瞬間、黒竜が叫び声を上げ、尾を振り回した。

 硬い尻尾が私の身体を吹き飛ばし、背中から壁に叩きつけられる。


「ぐ、あ……!」


 息が詰まり、一瞬意識が遠くなる。

 床に倒れこんだ私は、少しでも痛みを逃がすように背を丸めながら、必死に呼吸を繰り返した。

 お腹も背中もじんじんと痛み、全身から汗が噴き出す。視界もチカチカと明滅している。


「さすがは……アヴァリーサ最強の竜ね……」


 痛いのに、つい笑ってしまう。

 これだけ元気なら、あの子は大丈夫そうだ。

 ゆっくりと目を閉じる。少しだけ休んだら、きっと大丈夫。まだ動ける。


 そうやって痛みに耐えている間に、気を失ってしまっていたらしい。

 つんつんと頭を突かれる感覚に、はっと意識が浮上した。


 まぶたを開くと、目の前に黒竜の鼻先があった。

 床に落ちた照明器具に照らされ、ちょっとまぶしそうに目を細めている。

 私が痛みに呻くと、黒竜は「大丈夫?」というように首を傾げた。その仕草に、ふふっと笑ってしまう。


「心配してくれたの?」


 その優しさが嬉しくて、不思議と全身の痛みが和らいだように感じた。


「ありがとう。大丈夫だよ。こう見えて、頑丈なの」


 ただの強がりだけれど、言葉は力を持つ。

 私は強いんだ。そう思えば、力が湧いてくる。

 ゆっくりと立ち上がり、黒竜を見上げる。


「私たち人間がひどいことをして、ごめんね。痛かったよね」


 黒竜は、じっと私を見つめている。

 先ほどまで吊り上がっていた目が、真ん丸になっている。そこに敵意は感じない。

 すんすん、と私のにおいを嗅いでいる。


(少しだけ、信用してもらえたかな?)


 ヘリアス様に知られたら絶対に怒られてしまうけれど、身体を張った甲斐はあった。

 私は照明器具を拾い、天井の穴を照らした。


「あそこから上がれるのかな?」


 シーラは逃げ切れたのか、エマさんは無事なのか……。それに、ヘリアス様やラインさんに心配をかけてしまっているかもしれない。

 私が天井を見上げていたせいなのか、黒竜が穴の真下に移動し、私を見た。

 まるで、「自分の背中を使っていいよ」とでも言うように。


「いいの?」


 黒竜は肯定するように、天井に空いた穴に鼻先を近づける。

 とてもありがたい申し出だ。だけど、この子をこんな場所に置いてはいけない。


 私は照明器具で黒竜の足元を照らした。足に鉄輪がついていて、そこから鎖が伸び、床に固定されている。

 この子も抵抗したのか、床には傷が多くあったけれど、竜房の床は頑丈で、自力では外れなかったのかもしれない。


(鎖は所々錆びているから、この鎖を切ることができれば、なんとかなるかも……!)


 私は騎兵銃に視線を落とす。

 銃弾は強化されているから鎖を破壊できそうだけれど、金属片が飛んで竜を傷つけるリスクや、銃声に怯えた黒竜が暴れる可能性が高い。


(穴から外に出て、拘束具を外すための道具を探さないと)


 私はそう決意して、黒竜の背中をよじ上った。

 穴に上がるとき、黒竜はわざわざ頭で私の身体を押し上げてくれた。


「ありがとう」


 穴を覗きこみ、感謝を伝えると、黒竜はこちらを見上げ、「キュー、キュー」と切なげに鳴いた。

 「うっ……」と胸が痛んだ。


「大丈夫! すぐ戻ってくるからね!」


 後ろ髪を引かれる思いを抱きながらも、私は宿屋の方へ戻ろうと、照明器具で周囲を照らした。


「あれ? 外じゃない……」


 目の前には、光に照らされ、真っ直ぐ伸びる広々とした廊下と、その両側に等間隔に設置された扉が見えた。

 樽や木箱が乱雑に転がっていて、かなり荒れている。


「建物の中?」


 周囲を確認しながら、ゆっくりと進む。

 長らく放置されているのか、歩くたびに埃が舞い上がった。

 恐らく階段があるであろう場所の天井は崩れていて、進めそうにない。


 何気なく壁を照らすと、そこには細かい線で描かれた地図が貼ってあった。

 各階層に何があるのか、詳細に描かれている。

 地下に竜房、その上の階……ここは竜医師たちが使用する部屋となっている。


「この建物に竜医師がいた?」


 そもそも、この建物の形は変だ。

 片方の端が、まるで船の先端のように細くなっている。

 地図の上部を照らす。そこには「アメジスト・レジーナ号」という名とともに、アヴァリーサ王国の紋章が描かれてた。


「アヴァリーサ王国所有の……大型船の中?」


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