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人喰い竜12

 島全体が夜の暗闇に沈んでいる。

 街灯が少ないうえに、霧のせいで視界はさらに悪い。

 私たちは夜光石を使った照明器具で辺りを照らしながら、海岸を目指した。

 肌に触れる細かな水滴の感触が、心の奥にある恐怖を増幅させる。


 ラインさんの案内で海岸に到着すると、すでに人だかりができていた。

 私たちはその人だかりをかき分け、前に進む。

 人々が手にした照明器具に照らされ、「それ」は無残な姿をさらしていた。


「これは……」


 つぶやいた声が震える。

 砂浜には、あちこち食いちぎられたかのような、小型船の残骸が転がっていた。

 損壊が激しく、最早どんな形をしていたのかもわからない。

 かろうじて船首と思われる部分が残っていて、そこにゆっくりと照明を当てると、所々に血痕が散っているのが見えて、はっと息を飲んだ。


「出発してすぐに襲われた可能性があるな」


 血痕の状態を確認していたヘリアス様が言った。

 それを聞いた島民のひとりがつぶやいた。


「もしかして、サメに襲われたんじゃないか?」

「それ以外考えられないだろ」

「たまにサメの被害はあるからな。可哀想に……」


 島民たちは、サメの脅威に怯えるようにささやき合う。


「違う」


 ヘリアス様がすかさず否定すると、その場がしんと静まり返った。


「それよりも、もっと凶暴なものだ」


 ヘリアス様が暗い海の方へ視線を向けたその瞬間、水飛沫を上げながら、海面から何かが飛び出してきた。

 大人ひとり分はあると思われる細長い顎。風船のように大きく膨らんだ胴体。鋭く長い背鰭。

 その姿は間違いなく……。


(魚竜種! テンペスター!)


 サメにも似た海の怪物は、大きく口を開き、無数に並んだその刃のような歯でヘリアス様に襲いかかろうとする。

 だけど、テンペスターはそのままヘリアス様の頭上を通り過ぎて、激しく砂を巻き上げながら転がった。

 身体は綺麗に真っ二つに裂かれていて、そこから血が噴きこぼれる。


 ヘリアス様を見ると、彼の手にはいつの間にか剣がにぎられていた。

 人々は目の前に転がるそれが怪物の死体であると認識すると、遅れて悲鳴を上げた。蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。


「やはり、魔物だな」

「どうして、こんなところに魔物が……」


 それも、普通の魚竜種よりも凶暴な種類だ。

 目の前のテンペスターはまだ小型だけど、大型となると、その体長は大型船にも匹敵するほどだ。


 すると、逃げていた島民のうち、数人が好奇心からか戻ってきた。 

 魔物の死体を見下ろして、驚きと興味の声を上げている。


「こ、これが魔物? 初めて見たぞ!」

「あり得ないだろ! だってこの島はアネシドラー様に守られているんだぞ?」

「だが、実際にここにいる」


 ヘリアス様はそう言って、海に近づいた。それから島民たちに「離れていろ」と声をかけると同時に、飛び出してきた二体のテンペスターを薙ぎ払った。

 刀身に宿した火の竜の鱗が反応し、砂浜に転がった二体のテンペスターの死体が激しく燃え上がった。


 島民たちは悲鳴を上げて尻餅をついた。

 私はその人たちの手を取って立ち上がらせながら言った。


「みなさん、照明を消して砂浜から離れてください。あの魔物は光に反応し、突進して来ますから。海岸の近くにいる人にも、そう声をかけてください」

「わ、わかりました!」


 彼らは慌てて照明を消して、視界の悪い中、砂浜から慌てて離れていった。


「最悪の状況ですね」


 ラインさんが海の方を見てつぶやく。

 そちらにもう一度視線を向けると、海面に無数の突起が浮かんでいるのが見えた。

 すべて魔物の背鰭だ。それも、この島を囲むように大量に押し寄せてくる。

 深い霧の向こうにも、その背鰭の列がつづいていることだろう。


 恐ろしい光景に、私は言葉を失った。騎兵銃をにぎる手に力が入る。

 竜が一頭もいないこの島で、魔物の大群に囲まれるなんて……これほど絶望的な状況は初めてだった。


「一度ここから離れるぞ」


 ヘリアス様の落ち着いた声に、はっと我に返る。

 彼の表情に恐れの色はない。

 この状況でも、彼は竜騎士として冷静だった。


 私たちは照明を消し、海面からの襲撃を警戒しながらその場を離れた。

 海岸から十分に離れたことを確認して、照明をつける。


「こ、こ、怖かったです~! あの魔物の数は何なんですか!?」


 シーラが半泣きになりながら、震える声で言った。

 ヘリアス様は剣を収めると、霧の向こうに薄らと見える大量の背鰭を見て言った。


「さすがにあの数は異常だ。恐らくだが、この島にいる魔物が呼び寄せているのだろう」

「力をつけた魔物は、他の魔物を呼ぶと聞いたことがありますが……」

「その通りだ。魔物は人間を好んで食べるが、それは人間を食べることで力が増すからだ。その原理はまだよくわかっていないが」


 人間を食べることで力が増すというのなら、この島の魔物は、それほど多くの人間を食べてきたということになる。


「もしかして、エブリンさんの本当の死因は魔物? いえ、違う……」


 発想が飛躍しすぎているかもしれない。けれど、その考えが頭から離れない。

 エブリンさんの髪をバトラール様が所持していたということは、彼がエブリンさんに接触したのは間違いない。


「彼女の髪を切って、そのあとに……魔物に食わせた?」


 すべて私の想像だ。だけど、もしそれが本当だったとしたら……あまりのおぞましさに、全身に戦慄が走る。


「なるほどな。定期的に人間を食わせることで、魔物をどうにか管理していたということか。外道め」


 私のつぶやきを聞いていたヘリアス様が、軽蔑するように吐き捨てた。

 きっと、私たちが知らないだけで、何人もの人たちが犠牲になっているのかもしれない。


(この島にいる魔物が力をつけて、外から魔物を呼び寄せていることはわかったけど……今まで、どうやって魔物対策をしていたんだろう?)


 島民たちに聞けば、アネシドラー神だと口をそろえるだろう。

 まだ私たちの知らない謎が隠されている気がする。

 その時、海岸から避難していた人々が駆け寄ってきた。


「フレデリックの旦那! あんた強いんだなぁ!」

「飛んできた魔物をズバッと一撃とはな! ただの商人とは思えねぇよ!」


 ヘリアス様を称賛する気持ちはわかるし、自分のことのように嬉しいけれど、彼らの反応はどこか楽観的に見えた。

 というより、これから訪れる魔物の脅威を理解できていないのかもしれない。

 それほど、この島が平和だった証だ。


「あんたなら、あの魔物をどうにかできるのかい?」

「さすがにあの数を処理しろというのは無理だ」

「そ、そうだよなぁ……どうすればいい? こんなことは初めなんだ。領主様なら何としてくれるかな」

「魔物の知識がない相手に頼ってどうする!」

「は、はい! すみません!」


 鋭く一喝され、彼らは一斉に背筋を伸ばした。


「よく聞け。あの魔物の大群の中には水陸両用もいる。好奇心からあの海岸に近づけば、魔物を陸に引き寄せることになるぞ」


 水陸両用と聞いて、島民たちの顔から血の気が引いた。魔物の恐ろしさを、ようやく理解できたのかもしれない。


「あなた方は、誰も海岸に近づかないように注意喚起を行ってほしい。拠点はアイラ殿の宿屋にする。海岸近くに住居があって不安な者がいれば、宿屋へ誘導しろ。いいな」

「わかりました!」


 島民たちは、自分たちがどこの家に向かうかを簡単に話し合い、そして駆け出した。

 指揮系統が機能すれば、思考の迷いは消える。

 さすがヘリアス様。普段から竜騎士たちを率いているから、不測の事態への対処も慣れた様子だ。


「あの、奥様。聞いてもよろしいですか?」

「どうしたの?」

「避難場所が宿屋で大丈夫なのでしょうか?」


 シーラはヘリアス様には聞こえないように、小声で私に訊ねた。


「だ、だって、宿屋の下に魔物がいるんですよね? 山に逃げた方が安全かもしれないと思って」

「自ら巣を壊すようなことはないと思うから、ある意味、あそこが一番安全かもしれないわ」

「ああ、なるほど! それなら安心ですね! よかったぁ」


 シーラはほっとしたように笑顔を浮かべた。その魔物の姿を見たら、きっと卒倒するかもしれないけれど……。

 ヘリアス様は島民たちへの指示を終えると、ラインさんに向き直って言った。


「高台で光信号を送る。他の連絡手段として、伝書鳩が使えるか確認しろ」

「領主様しか持っていなさそうですが、了解です」


 ラインさんはそう言って、深い霧の中を躊躇いなく駆け出していった。

 ヘリアス様はこちらに視線を向けた。


「あなたたちは宿屋に戻り、アイラ殿に事情を説明してくれないか。避難民への対応も頼む」

「お任せください!」


 ヘリアス様からいただいたお役目に、私は大きくうなずいた。

 アルトリーゼ公爵夫人としての経験を活かす時だ。


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― 新着の感想 ―
大変な状況に大変な状況が重なってえらいこっちゃすぎる でもテンポよく発生した謎が解けていくのでとても爽快です、ありがとうございます あとヘリアス様が冷静でとても頼りになってさすが旦那さんってなって…
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