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人喰い竜7


 フィルナたちを宿に残し、私たちは定期船を通じて、ここから一番近い島へ連絡を取ろうとしていた。

 だが、次第に霧が濃くなってきたせいで、定期船は欠航となり、しばらく運航の目途が立たないそうだ。


「目立ってもいい。竜を呼ぶしかない」


 私の提案に、ラインも深刻な顔をしてうなずいた。


「大型ラドロンが何体もいたら、さすがに竜なしでは厳しいですからね」


 私たちは鉱石を使用した光信号で、近くの島に待機させているブランと連絡を取ることにした。

 「今すぐ竜を飛ばす」と返事がくるかと思いきや、「アルトリーゼ家が使用している竜舎の申請書に不備が見つかった」などと言いがかりをつけられ、そもそも竜舎から出られない状況だという。


 どうやら、ラベゼリンの仕業らしい。

 「あなたに忘れられていないか心配でね」と笑う不快な声と、あのきつい香水を思い出して、眉間に皺が寄る。

 無性に腹が立ってきた。


「親が内務卿であったとしても、島の竜舎は管轄外だろうが。金でもにぎらせたか」

「なるほど、書類の不備で我々の竜を閉じこめましたか。無理に出そうとすれば、安全保障を理由に強く妨害されますよ」


 途中からは光が届かなくなり、連絡は途絶えてしまった。

 思わずため息がこぼれる。 


「わざわざ離れた島までやって来て、やることが私の妨害とはな。暇か?」

「俺たちがどこに行って何をしているのか……そこまでは把握していないようですね。ですが、どうします?」

「ベルンハルト様に話を通してもらう。それが確実だ。何としてでも、ドゥルキスとエアルを呼び寄せる」

「火の竜だけじゃなくて、俺のヴェルトも忘れないで」

「忘れていない」


 うなずいて、港に係留された船に視線を向ける。

 ずらりと並んだ大小様々な漁船が、小さな波に揺れていた。

 すると、一人乗り用と思われる小型船に乗った、日に焼けた六十代くらいの男がこちらに気づき、手を振った。


「フレデリックの旦那とヴィクトル兄ちゃん! 困りごとかい?」


 そう声をかけてきたのは、定期船に乗り合わせていた島民のひとりだ。

 彼はライアンと名乗った。

 ラインは彼に近づき、困ったような顔で言った。


「じつは急ぎの用がありまして。向こうの島にいる商人仲間と連絡を取りたいんですよ」

「そういうことかい。だったら、俺が伝えてきてやろうか?」

「え、いいんですか?」

「おう。あっちの島に用事ができたから、今から向かうところだったんだよ」

「今から? この霧の中を、その小さな船で?」

「おう、かっけぇだろ! 鉱石動力船ってやつだ! 霧が出た時は、規則で漁船や定期船は出せねぇんだが、それ以外の船は緩いからな」


 彼が乗っている船は、鉱石を動力にした一人乗り用の小型船のようだ。これなら、あっという間に近くの島に着くだろう。

 普段は竜ばかりに乗っているせいで、「こういうものがあるのか」と素直に感心する。


「鉱石動力船は免許が必要だが、あんたら持ってるかい?」

「いや、持っていない」

「じゃあ、貸してはやれねぇな」

「魔物に対して無防備だが、対策はあるのか?」

「はは! 今まで魔物なんて遭遇したことねぇから安心しな!」


 と、ライアン殿は明るく笑った。

 魔物の脅威をまったく感じていないとは、何だか不思議な感覚だ。


「とはいえ、この霧の状態だと、帰ってくるのは明日の早朝になるかもしれねぇ」

「いや、助かる。頼めるか」


 私はラインから紙とペンを受け取り、ベルンハルト様宛の手紙を用意した。

 それをチップとともに手渡す。

 手紙を受け取ったライアン殿は、「ほお」と物珍しそうに眺めた。


「綺麗な字だなぁ。紙も高級品っぽいし、あんたら、相当いいとこの商家だなぁ」

「いえいえ、こんな最新式の洒落た船を持ってるライアンさんほどじゃないですよ」

「またまた!」


 彼はラインに褒められ、照れたように頭をかいた。素直な人だ。


「よし、帰ってきたら、あんたらを俺の漁船に乗っけてやるよ! その時は釣りを教えてやるからな!」


 そう言って、ライアン殿は鉱石動力船を発進させ、深い霧の海に身を埋めていった。


「この霧の中を移動するなんて、怖くないんですかねぇ」

「竜騎士と船乗りでは感覚が違うのかもしれない」

「俺は遠慮しますよ。霧の中に魔物が潜んでいたらと思うとゾッとします」


 「それにしても」と、ラインがふっと表情を緩めた。


「船に乗って釣りというのもいいですねぇ。あなた、昔憧れていたでしょう?」

「何のことだ」

「竜騎士以外の人生に、ですよ」


 そんなことを言っただろうか。思い返してみても、父親への憎しみに燃えていた過去ばかりがよみがえってくる。

 過去の憧れがどうであれ、今の私の答えは決まっている。


「竜騎士としての人生があったから、フィルナに出会えた」

「それはそうですねぇ」

「そろそろ調査に向かうぞ」


 話を切り上げ、私たちは調査予定だった森へ向かった。

 だが、陸に流れこんだ霧のせいで視界は悪い。

 竜ほど大きな生き物の痕跡なら判別できそうだが、もしセイレニア教と戦闘になった時を考えると、これ以上の調査は危険だ。


「調査はここまでにして、夜になる前に戻りましょう」

「わかっている。宿屋に残したフィルナたちが心配だ」


 その時、近くで話し声が聞こえた。

 私はラインに目配せをし、茂みの中に隠れながら、声と気配のする方へ近づいていく。

 霧の向こうに、薄らと人影が四つ。そして、そのそばにはラドロンが五体待機していた。大型ではないが、強化されたラドロンのようだ。


(セイレニア教か。ここにも潜んでいたか)


 声からして、全員男だ。


「本当にあいつは死んだのか?」


 男のひとりが、声をうわずらせながら訊ねる。


「ここに現れないというのは、どうやらそうらしい。我々だけでも捜索をつづけなければ」

「しかし、古代竜は本当にここにいるのか?」


 私とラインは顔を見合わせた。


(やはり、狙いは古代竜か)


 私たちは息を潜め、耳を澄ませる。


「ああ、必ずここに古代竜がいる。いいか、我々の狙いは古代竜と『例のモノ』の確保だ」


 例のモノ? やつらは古代竜だけを狙っているわけではないようだ。

 できれば、その例のモノが何を指しているのか、知っておきたい。


 その時、退屈そうに欠伸をしていたラドロンたちが、何かに気づいたようにばっと顔を上げ、周囲を警戒し始めた。

 すると、突然地面が激しく揺れ始める。


「ヘリアス様!」

「近いぞ」


 私たちはとっさにその場に伏せる。

 手の平の下で、地面が生きているかのようにうねっている……そんな感覚がした。

 砂埃が舞い上がり、男たちの悲鳴とラドロンの悲鳴が響き渡る。

 そして、次第に揺れの波が遠ざかり、いつの間にか彼らの悲鳴も消えていた。


(何が起きた?)


 警戒しながら、ゆっくりと立ち上がる。

 そこで私は、思わず目を見張った。

 男たちとラドロンがいた場所に、巨大な穴が空いている。

 私たちは周囲を見渡しつつ、ゆっくりとその穴に近づき、中を覗いた。


「……どうやら、全員落ちたようですね」

「竜がそのまま入れそうなほど巨大な穴だ。落ちたら自力ではのぼってこれないだろうな」

「さっきの地震のせいですかね。立っている場所に穴が空くなんて、想像もつかなかったでしょう」


 すると、底の見えない暗闇の向こうから、オォォォォ……という獣の咆哮のような音が聞こえてきた。

 ラインが目を丸くして、私の顔を見た。


「……人の声?」

「獣の声に聞こえたが」

「彼らの断末魔とか?」


 再び、その声のような音が聞こえてくる。先ほどよりも大きい。

 穴の向こうに何かがいるような……そんな気配がする。

 ラインは弾かれたように立ち上がり、慌てて穴から離れた。


「ここから離れましょう。危険です。何かいますって」

「それがよさそうだ」


 私は剣の柄に手を添え、暗い穴を視界に捉えながら、後ろへ下がった。

 その巨大な穴は、まるで人を喰らう巨大な口のようにも見えた。

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