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人喰い竜4


 古代竜の調査に向かう前に、あらかじめ予約してあった宿屋に向い、荷物を預かってもらうことにした。

 港から離れ、潮の香りが遠のいた頃、白い壁に赤茶色の屋根の小さな宿屋が見えてきた。

 窓辺には花が飾られ、こぢんまりとしていながらも、どこか可愛らしい雰囲気が漂っている。


「素敵なところね」

「本当ですね!」


 シーラも私も、すっかり宿屋の雰囲気に舞い上がっていた。


「いやぁ、思った以上に綺麗ですね。おや?」


 先頭を歩いていたラインさんが、唐突に足を止めた。

 宿屋の出入口を塞ぐように、五人の人物が座りこんでいた。全員が深くフードを被り、顔を隠している。


 私たちが近づくと、そのうち三人が気づき、じろりとこちらを見た。

 その時、宿屋の扉の前に立っている店主と思われる女性が、怒鳴り声を上げた。


「ちょっと、いい加減にしてよ! どうしてこんなことをするのよ!?」


 女性は腰に手を当てて胸を張り、居座る彼らを鋭くにらみつけている。

 深い茶色の髪を丸みのあるショートヘアに整えた、勝気な雰囲気の綺麗な女性だ。

 その姿を見て、彼らはけらけらと嫌な笑い声を上げる。

 声の響きからして、全員が男性のようだった。


「あのー、通らせてもらってもいいですか?」


 ラインさんがにこやかに声をかけると、彼らは一斉に振り返り、ぎろっとこちらをにらんだ。

 そして、ゆっくりと立ち上がる。


「んだよ、文句あんのかよ」


 それでもラインさんは笑顔を崩さず、


「文句ありますよ。俺たち、ここの宿を予約しているので」


 と言って、予約証明書の代わりとなる手紙が入った封筒を見せた。

 それを見た彼らは、再び悪意をにじませた笑い声を上げた。


(何だか、とても嫌な気分……)


 自然と眉が寄る。

 すると、一番近くにいた男性がラインさんに近づき、立てた親指で宿屋の看板を指した。

 木製の看板は、赤い塗料で三本線に塗り潰されており、まるで獣の爪跡のようだった。


「見えねぇのか? 俺らが先に予約してんだよ。てめぇらは野宿でもしてな!」

「後ろの姉ちゃんたちは、俺らと泊まってもいいぜ?」

「野郎ふたりは、俺らのアジトにでも来るか? ま、生きて帰れる保証はねぇけどな!」


 どっと下品な笑いが起こる。

 ラインさんはなぜか嬉しそうな声で言った。


「アジトに泊めてくれるの? ありがたいねぇ」

「は? 何言って――」

「きみたちは、こんな目をした男が善人だと思うのかい?」


 そう言うと、ラインさんは前髪を上げ、痛々しい傷痕の残る右目を見せた。

 彼らはぎょっとして後退りする。


「何とびっくり、俺は三十人殺しの指名手配犯なのさ」

「ま、まじかよ……!」


 彼らの怯えた様子を見て、ラインさんはぶはっと吹き出した。


「素直ですねぇ! こう見えて、ただの商人ですよ」


 からかわれたと悟った男性のひとりが、顔を真っ赤に染めた。


「て、てめぇ! 舐めやがって!」

「でも、あの目……」

「作り物に決まってんだろ! てめぇ、俺らにこんなふざけたことをして、どうなるかわかってんのか!?」

「どうなるんですか?」

「俺らはなぁ、あの王の剣、ヘリアス・アルトリーゼの弟子なんだよ!」

「え……?」


 ラインさんと同じく、私も唖然としてしまった。

 ヘリアス様は「ほう」と冷たい微笑みを浮かべ、それを見たシーラは「ひぇぇ!」と怯えている。


「ふ、ふふ……まさか、あの王の剣の弟子がこんなところにいるなんて!」


 ラインさんは口元を押さえ、声を震わせて言った。

 私たちが怯えているように見えたのか、彼らは勢いを取り戻した。


「どうだ、驚いたかよ!」

「ああ、驚いたな」


 笑いをこらえているラインさんに代わり、ヘリアス様が苛立った様子で訊ねる。


「王の剣は竜騎士だ。竜を良く思わない島の人間が、どういった経緯で竜騎士の弟子になる?」

「だからいいんじゃねぇか! 悪い竜を操る竜騎士ってことは、最強のワルってことだろ!」

「ワル……だと」


 ヘリアス様は絶句している。


「だから俺はヘリアス様に弟子にしてもらったんだよ! だからよぉ、この俺に刃向うってことは、ヘリアス様を怒らせるってことだぜぇ?」

「ひーっ!」


 ついにラインさんが声を上げて笑い始めた。


「何笑ってんだ!? ぶっ殺されてぇのか!」

「やってみろ」

「ち、ちくしょう! 本気で俺を怒らせやがって! ぶっ殺してやる!」


 男性が手にしたナイフが光る。

 次の瞬間、その男性の顔面にヘリアス様の右の拳が叩きこまれていた。

 その威力は凄まじく、悲鳴を上げる間もなく顔が潰れ、身体は看板を破壊しながら地面を転がった。


 リーダー格の男性が一撃で沈められ、残りの四人は浮き足立つ。

 ヘリアス様は壊れた看板を見やり、ふっと笑った。


「予約は白紙だな」

「く、くそっ! 俺らに喧嘩を売ることがどれだけ恐ろしいことか、思い知らせてやる!」


 ヘリアス様に襲いかかろうとした男性の前に、別の男性が突如割りこみ、その拳を顔面に受けた。

 鼻血が噴き出し、その男性は鼻を押さえたまま仰向けに転がった。

 どうやら、ラインさんがその男性の腕を引き、ヘリアス様の盾として利用したらしい。


「おい、卑怯だぞ!」

「おや、王の剣の弟子のくせに礼儀を重んじるとは」

「人聞きの悪い」


 ヘリアス様の口元には笑みが浮かんでいた。

 余裕の笑みを浮かべるふたりに、彼らはたじろいでいる様子だった。


「つえぇ……」

「お、おい、どうすんだよ!」


 顔を見合わせ、今にも逃げ出そうとしている。

 そんな彼らを見て、ヘリアス様は竜笛を取り出し、吹く真似をした。

 すると、これが思った以上の効果を発揮した。


「な、何だ!?」

「吹き矢じゃねぇか!? やべぇ、逃げるぞ!」


 彼らは気絶している仲間を引きずり、慌てて逃げていった。

 「吹き矢ですって!」とラインさんは、再び笑いが止まらなくなったみたいだ。


「……竜騎士の弟子を名乗るなら、竜笛くらい知っておけ」


 ヘリアス様は不満そうにつぶやいた。

 竜笛は「竜を呼ぶぞ」と脅す前提で使われることが多いけど……それが通じない場所があるなんて。

 まったく知らない国に来たかのような、そんな不思議な感覚を覚える。


「竜笛を吹き矢だと思うなんて、本当にこの島は竜に関する知識がないんですね」

「そのようだ。それにしても、ワルとはなんだ。ずいぶんと格下げされた気分だ」


 ヘリアス様はまだむすっとしている。ちょっと気にしているみたいだ。

 私はそんな彼を見てくすっと笑いながら、内心ほっとしていた。


 おふたりの強さは知っているから、まったく心配していなかったけれど、心配していたのは私とシーラのこと。

 もし男性たちがこちらに向かってきたら騎兵銃で戦おう! と必要以上に気合を入れていたせいで、背中はびっしょりと汗をかいている。


「それにしても、ひどいですね」


 シーラが宿屋の状態を見て、悲しそうにつぶやいた。

 土が掘り返されて荒らされた庭。赤い塗料で汚された壁。壊れた看板……は、さっきの戦闘の事故だけど。


「お客様、お怪我はありませんか!?」


 その時、宿屋の店主らしき女性が駆け寄ってきた。

 ヘリアス様は軽く衣服の砂埃を払う仕草をして、彼女に向き直った。


「問題ない。こちらこそ、看板を壊してすまなかったな」

「そんな、気になさらないでください。それより、大切なお客様に、彼らを追い払ってもらうなんて……本当に申し訳ありません。私がもっと強かったらよかったのに」


 と彼女はしょんぼりと肩を落とした。

 女性ひとりで、あの人数に立ち向かうのは危険すぎる。


「一体何があったのですか?」


 私が問いかけると、彼女はゆっくりと顔を上げ、言いづらそうに口を開いた。


「それが……三日ほど前から、突然嫌がらせが始まったんです。理由もわからないし、お客様に迷惑がかかるし、本当に困っているんです」

「たしかに、こんな状態じゃ営業もできませんよね」

「そうなんです。ですので、こちらから別の宿泊施設に掛け合いますので、そちらに泊まっていただいた方が……」


 女性は悲しそうに微笑んだ。

 私はヘリアス様に視線を向ける。彼は小さく微笑んだ。


「泊まりたいんだろう?」

「はい」

「構わない。それに私たちがいれば、やつらも手出しできないはずだ」

「ありがとうございます!」


 ヘリアス様の了承を得た私は、くるりと女性に向き直る。

 彼女は驚いたように目を丸くして、それからあせったように言った。


「お気持ちは嬉しいですが、宿はこんな状態ですし、せっかくのご旅行が台無しになりますよ?」

「そんなことはありません。せっかく素敵な宿屋なんですから、片付けや掃除など、できることを手伝わせてください」

「そ、そんな、お客様にご迷惑はかけられませんよぉ!」


 彼女は困った表情を浮かべながらも、嬉しそうに目元を染めている。

 とても素直で、可愛らしい方だった。

 すると、ラインさんも「困った時はお互い様でしょう」と後押ししてくれた。

 女性は目を潤ませて、「ありがとうございます!」と嬉しそうに微笑んだ。


 その時、宿屋の扉の隙間から、じっとこちらを見つめる小さな人影が見えた。

 かろうじてわかるのは、茶髪だということ。前髪が長く、さらにフードを被っているため、表情はよく見えない。


「ああ、申し遅れました。私はこの宿屋の店主のアイラです。扉の隙間からこちらを見ているのは、友人の娘です。挨拶して、エマ」


 エマと呼ばれた少女は、「エマです」とだけ言って、黙りこんでしまった。


「あはは、すみません、人見知りな子なので! ではでは、中へご案内します。荷物をお運びしますよ」

「いえ、お構いなく」


 私たちは自分の荷物を持って宿屋の中へ足を踏み入れた。

 柔らかな照明の光と、爽やかな花の香りが優しく出迎えてくれる。

 年季は感じられるけれど、とても綺麗な宿屋だった。

 右手には食堂と酒場があり、二階に宿泊用の部屋があるみたい。

 ふと、扉の内側に見たことのないお守りが飾ってあることに気づいた。


「これは、もしかして……」

「それは、アネシドラー様ですよ。この島では、アネシドラー様のお守りを魔除けとして飾っているんです」


 アイラさんがそう説明してくれた。

 アネシドラー様は、上半身が人間で、下半身は蛇のように長い神様だった。

 獣のような顔をしており、頭には角のようにも、耳のようにも見えるものが生えている。


「この方が、人喰い竜を退治したというアネシドラー様なんですね」

「ええ。でも、本当は人喰い竜なんて――」

「え?」


 アイラさんははっとして、慌てて笑顔を浮かべて言った。


「何でもありません! さあ、お部屋にご案内します」

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