あなたの選択だ
「それにこの子、竜ばかり構っているから、ちょっと変わっていますの。本当に恥ずかしいわ。これから私ができうる限り、この子を再教育いたしましょう。いいわね、フィルナ、ヘリアス様に恥をかかせないように努力なさい。こんな素晴らしい結婚、二度とないのだからね!」
「そうだぞ、フィルナ。私はな、こんな出戻り娘がいることが恥ずかしくて、恥ずかしくてたまらなかったのだ。ヘリアス様には感謝してもしきれない!」
そう言って、ふたりは楽しげに声を上げて笑った。
あまりにも恥ずかしくて、私はうつむき加減になって、膝の上に置いた拳を強くにぎった。
自尊心を踏みにじられても、私はこうやって耐えてきた。
けれど、ここにはヘリアス様がいる。
こんな両親を見られることも、黙って耐えつづけている情けない私を見られることも、すべてが恥ずかしい。
先ほどから無言を貫くヘリアス様の態度をどう捉えたのか、お父様ははっと何かに気づいた様子で、おもねるような声を上げた。
「そうだ、ヘリアス様。些少ではございますが、ご謝礼を――」
「あなた方はなぜ実の娘を貶すのだ?」
さえぎるようにしてヘリアス様が発言した。
お父様もお母様も、きょとんとした目をする。私も驚いて、ヘリアス様を見上げた。
「こちらが聞いてもいないのに、よくもまあ、そこまで娘のことを悪く言えるものだな。私にはとても真似できない」
ヘリアス様は皮肉っぽく笑った。その口元には、明らかな冷笑が刻まれている。
非難めいた言葉に、お父様もお母様も慌てた様子で、崩れかけた笑いを浮かべながら言った。
「それは家族だからですよ! 家族だからこそ正直にすべてを伝えているのです!」
「そうですわ! リスティーは褒めて育つ子でしたが、この子は貶すことで育つ変わった子なのですよ! 嫌ですわぁ、これではまるで私たちが悪者みたいじゃないの、ねえ? ホホホ!」
お母様が頬を引きつらせながら、鋭く私をにらみつけた。
「ねえ、フィルナ? 私たちはね、あなたのために言ってるの。理解しているわよね? 私たちが日頃良い行いをしているから、あなたはヘリアス様と結婚ができるのよ? そうでしょう?」
「はい……」
脅しのような言葉に、私は逆らえなかった。
幼い頃から、両親には歯向かえないように徹底的に躾けられてきたから、どれだけ理不尽な目に遭っても、このふたりには逆らえない。胸の奥で、虐げられてきた幼い頃の私が泣いている。
その時、両親の言い分を黙って聞いていたヘリアス様が、ふっと笑う気配がした。
「なるほど。優秀なあなたがやたらと暗い目をしているのは、こんな腐った環境に置かれていたからか」
「くさ……腐ったぁ!?」
お父様とお母様がぎょっとして、悲鳴のように甲高い声を上げた。
それでも、さすがにヘリアス様に言い返す勇気はないのか、顔中に汗をかいて笑っている。
こんなに動揺するお父様とお母様は初めて見た。
「腐った環境だなんて、そんなひどいことをおっしゃらないでくださいよぉ」
お父様はヘリアス様の機嫌をとるようにへらへらと笑っている。ヘリアス様はゆるゆると首を横に振る。
「アルトリーゼ家の教育と大差ないひどさだ。教育の甲斐あって、私は教育者の父を討ち取ることになったわけだが」
お父様とお母様は顔を真っ青にして絶句した。
ヘリアス様が私に視線を向ける。
「しかし、環境のせいにして、あなたも同じように腐る必要はないだろう」
落陽がエメラルド色の瞳に乱反射して、虹色の輝きを放っている。神秘的な光の中に閉じこめられた怒りが、私に訴えかけている。
「挑め」とささやかれた気がして、胸の奥で消えかけていた炎が息を吹き返した。
絶望と屈辱を味わった、悲しみの夜がよみがえる。あの日の怒りは、まだ忘れてはいない。
「あなたは何を望む」
真っ直ぐにヘリアス様を見つめ返す。私の望みは……。
「こんな場所から早く抜け出して、ヘリアス様との結婚を望みます」
ヘリアス様は口元に笑みを浮かべて、満足そうにうなずいた。
「そうだ。それはあなたが決めたこと。あなたの選択だ」
ヘリアス様の言葉が、すっと心に染み渡る。
ウィル様との結婚は、両親と王が決めたことだった。
でもヘリアス様との結婚は、他に選択肢がなかったとしても、初めて私が選んだことだ。
「彼女は私を選び、私は彼女を選んだ。此度の結婚に関して、あなた方の功績は何ひとつ存在しない」
ヘリアス様はぴしゃりと言った。お父様もお母様も、屈辱を上回る恐怖に全身を震わせていた。
(私は娘失格なのかも)
なぜなら今、ものすごく胸が高鳴っている。
両親への初めての反抗。積み重ねられた呪縛から解き放たれて、こんなにも心が軽い。
ヘリアス様は、今回の契約は私自身が選択したのだと教えてくれた。わざわざそんなことを言う必要なんてなかったはずなのに、私の意思を確認してくれた。
(今度は私が、竜医師としてこの人の力になりたい)
凛々しい横顔を見つめながら、私は密かに決意した。




