お受けします
愛は不要で、結婚は契約と割り切る潔さ。必要とされているのは竜医師の腕であり、竜を優先する妻。
上辺だけの好意を告げられるよりも、はっきりと契約関係だと断言された方がよっぽど信用できる。
ウィル様の家で補助竜医師となるか、キントバージェ家で奴隷のように扱われて一生を終えるか。絶望しか待ち受けていなかった未来に、新たな選択肢が加わった。
(だったら私は、ここで新たに竜騎士の妻として、竜医師として生きてみたい)
そして、またエアルと会える可能性があるならば、私はこの人を利用する。
私はエメラルド色の瞳を見つめ返して言った。
「ヘリアス様、その契約をお受けします」
「そうか、感謝する」
「こ、こちらこそ。よろしくお願いします」
緊張する私と違って、ヘリアス様にそういった感情の変化は見受けられない。一応、表向きは選択肢を提示する形をとっていたけれど、私が結婚以外を選ぶはずがないとわかっていたんだと思う。
「では、最初に言っておく。私はあなたを愛せない。信頼するのは竜だけだ。だから、あまり結婚生活に期待しないでほしい」
妻を愛さない、などと言われたら、以前の私なら衝撃を受けただろうけど、多少なりとも現実を知った私はむしろ安堵した。
「わかりました」と素直にうなずく。
すると、ヘリアス様は厳しい目をして「もうひとつ」と次の約束事を告げる。
「私の父の名前、その話題を出さないこと」
ヘリアス様の両眼に、ちかっと稲妻が走ったように見えた。
殺意にも似た輝きを向けられて、全身に戦慄が走った。ヘリアス様の怒りを垣間見た私は、ろくに声を発することもできずに、こくりとうなずいた。
私の様子に、ヘリアス様はまばたきして、気まずそうな顔をした。
「すまない、脅すような真似をしてしまった」
「い、いえ、お気になさらずに」
五年前の件に触れるべきではない。私は強く心に刻んだ。
余計なことは言わないでおこう、と静かにしていると、ヘリアス様は思い出したように言った。
「リスティーとの婚約破棄から日が浅いというのに、あなたとの結婚を決めたとなれば、ギオン卿は我々の結婚に慎重になる可能性がある、か?」
「そうでしょうか? あの父なら喜びそう――」
「今から挨拶に向かうとしよう」
「今からですか!?」
ヘリオス様は驚く私に、「何か問題か?」と眉を顰めた。
私が危惧したのは、あの両親を見られることだった。やたらと愛想はいいけど、竜優先思考のヘリアス様とは正反対の人たちだ。
とはいえ、ヘリアス様は一度両親に会っている。そこまで不安に思う必要はないかもしれないけど……。
「いえ、何でもありません」
私はその不安を飲みこみ、何とか笑みを浮かべた。
ヘリアス様はじっと探るような目で私を見た。
「両親のことで何か言いたいことでも?」
「いいえ、何もありません。どうかお忘れください」
「なるほど。あなたも私と同じか」
「え?」
どういう意味だろう。それを問う前に、ヘリアス様はすっくと立ち上がり、置物のように後ろに控えていたラインさんに視線を向けた。
「今日はフィアートで出る。ついてこい」
フィアートとは、竜舎にいた風属性の竜の名前だろう。
ラインさんは、にこっと左目を細めた。
「出陣、いえ、『ご挨拶』ですね。かしこまりました」
と颯爽と去っていく。
なぜだろう。挨拶に行くだけなのに、何だか不穏な雰囲気だ。
(ヘリアス様は何かに怒っている?)
ヘリアス様の横顔は陶磁器の人形のように美しかったけれど、恐ろしく冷たい表情をしていた。
◇◇◇
私の両親は、突然現れたヘリアス様にたじろいでいたけれど、出向いた理由が私との結婚と聞いて、ふたりして抱き合って歓喜していた。
「いやぁ、アルトリーゼ公爵との関係が修復されるとは思ってもみなかった! よしよし、よくやったぞフィルナ!」
お父様は有頂天になって顔を上気させ、恥ずかしげもなく笑っていた。
そんな父の様子を、向かいのソファーに座ったヘリアス様が無感情に眺めている。ヘリアス様の隣に座っている私は、その温度差に腕をさすった。
すると、お父様の隣に座っていたお母様が、ねっとりと甘えるようにヘリアス様に言った。
「それにしても、まさかフィルナを選んでくださるとは思っていませんでしたわ。何せこの子、地味でしょう? リ……私に似ていれば、もっと華やかで愛らしく生まれたはずなのに」
お母様は喉元まで出かかったリスティーの名を飲みこみながら、くすくすと笑った。リスティーとよく似た青い瞳が、じろりと私を見る。




